第44話 いよいよ本番からの、ちょっと待てぃ!

 本日は終業式である。つまりクリスマスに一番近い登校日である。


 金町は既に付き合っているので、普通にデートで二十四日に会うから問題ない。しかし、三田先生にとっては終業式がプレゼントを渡すチャンスである。早朝の地学室では部員たちが準備してたものを先生に渡していた。


「先生、ラッピングしたトパーズです。中は飾れるタイプのルースケースに入れてあるからオシャレ感も輝きも楽しめます。あと、ミニカードは短くてもいいから手書きで書いてください。ペンも用意しました」


「先生、一緒に添えるプチブーケです。ピンクのシクラメンで花言葉は『憧れ』です。『はにかみ』もありますが気にしないでください!」


「先生、私のこないだのアドバイス忘れないでください! ここに心配している人がいるってだけでも伝えてください」


 女子達がドドッと用意した物を渡し、口々にアドバイスをする。


「俺、真奈と付き合う時も裏でこんなことあったのかな」


「女子ってバイタリティーすごいですね。さてと」


 男子達はとりあえず見守る、と思いきや杉がメガネをクイッと上げて言った。


「三田先生、実はこれから十分後にモネ先生をここに地学部一同ということで呼び出してあります。カードは素早く書いてくださいね」


 杉を除く全員が固まった。


「ちょっと待て、杉。カードの言葉とか心の準備が」


 三田先生は慌てだす。せめて三十分後とか、え? 早くない?と女子も軽くパニックになっている。


「そんなこと言ってたら永遠にチャンスが来ないですよ。三十分もしたら出勤する先生も出始めるし。カードには、そうですね。『石言葉と花言葉に全てを込めて』にしたらどうですか? ほら、あと八分です」


「う、うわ、ペンを持つ手が震えてきた」


「先生、深呼吸して。ひっ、ひっ、ふーって」


「蛍、出産じゃない」


「あと五分です。では、我々はここら辺で退きます。頑張ってください」


「皆急げ、ここには隠れ場所はない! どっかの教室に駆け込め」


「でも様子は見たい」


「蛍っ! そんな場所を定める余裕ないよ!」


「こっちです、先輩方」


 とりあえず一行は、杉の誘導で一番近い階段を上がり、踊り場の端に寄った。


「ここが、直接見えない位置ではあるけど、声くらいは聞こえるかもしれない場所です。朝は静かですからね」


「杉君、用意周到を通り越して君が怖くなってきたわ」


 花音がドン引きしている。


「シッ! あと一分です。黙ってください」


 全員が黙って息を潜め、聞き耳を立てる。遠くから足音が聞こえてきた。あとは会話のみで想像するしかない。


「おはようございます、あら、先生だけですか?」


「あ、ああ、生徒たちは何か用意するとか行って教室に行ったからすぐ戻ってくるかと」


「そうだったのですね」


(先生、相変わらず嘘が下手だな)


(私みたく壮大に嘘を付けばいいのに)


(蛍、黙ってなさい!)


「事件のこと、大変でしたね」


「……」


(いや、それはもうちょっと後にした方が)


(先生、いきなり傷をえぐる真似は良くないです)


(やっぱり嘘つけない分、不器用だ〜)


(蛍先輩、静かに!)


「いや、そうじゃなくて。えっと、先週の土日に生徒たちのリクエストで鉱石を採りに行ってきたのですよ」


「まあ、こんな寒い中どちらまで?」


「岐阜県の渡羽図川というところです。生徒の一人が彼女へのプレゼントにトパーズの原石拾うと息巻いていて、宝石好きの女子達が便乗というか自分達も行きたいと乗り気になりましてね。ミニ合宿になりました」


「日本でもトパーズが採れるのですか?」


「今は枯渇していますが、地学のサンプルやコレクションレベルならまだ採れます。日本産のは無色透明ですけど、水晶より輝いてますよ。それで、これ、私が採った原石です。良ければどうぞ。あと、クリスマスも近いからシクラメンのブーケも」


「まあ、貴重な物をありがとうございます。開けてもいいですか?」


「はい。少しでも励ましになれればと……」


 それっきり何も聴こえなくなってしまった。沈黙が続いてる。


(なんか黙ってしまったぞ)


(大丈夫かしら?)


(でも、足音が聞こえないからそそくさと去った訳ではないな)


 金町も小声で推測する。


(では、どこまで覗けるかのチキンレースを一人開催と)


(蛍!)


 花音の制止も聞かずに蛍はそっと、音を立てずに移動してギリギリのラインまで動き覗いた。


 そこには顔を真っ赤にした二人が固まったように立っていた。どうやらカードを見て、モネ先生は察したようだ。


(なんか、二人共赤くなって固まってるよ)


(二人の世界に入ったのか。それはいいけど、ヤバいな、そろそろ生徒が登校してくるぞ)


金町が焦りだす。確かに時計を見ると早い人なら登校なり出勤する時間だ。


(二人を現実に戻さないとなりませんね。誰か空気を読まずに突入はどうですか?)


(杉、お前がやれ)


(あっ! 蛍先輩、空気読まないといえば魚川さん! 電話してスピーカーホンにして挨拶してもらいましょう!)


(え……魚川君、真意を知ったら気を悪くするなあ)


(朝のお喋りに付き合っているというなら、今、電話がかかってきても不自然ではないです)


(しかし、私が潜んでいることがバレる)


(糸井さん、それはいい案です。その隙に我々は退却しましょう。副部長、あとは頼みます)


(ちょっと待てやぁ、杉!)


 蛍の焦りをよそに皆、階段を上がって退却してしまった。


 そんな状況を知ってるはずなのに、スマホの着信音が鳴った。


(ちょっと待てぃ! 杉に協力するな、クソ魚ぁ!)


『あー、もしもし、蛍か? そろそろ起きないと遅刻するぞい』


 踊り場は音が反響する。着信音とスピーカーホンモードの魚川の声が思いっきり聞こえてしまった。


「起きてるよ! 登校してるよ! 終業式くらいは遅刻せんわ!」


 思わずいつもの口調で反論してたら様子を見に来た二人に出食わしてしまった。


「あら、石川さん。おはよう、部員はあなたが一番乗りね。誰かと話してたの?」


「あー、いつもの近所のおじいさんからのモーニングコールです。

 あ、そうだ。ラッピング無しで悪いですけど、合宿のお土産です。高温石英と言って、石英と同じ成分だけど、高温で熱せられてできた透明感ある石です。たくさん採れたからどうぞ」


 誤魔化しも兼ねて蛍はポケットからいくつかの高温石英を彼女に手渡す。


「あら、ありがとう」


 受け取って、三田先生に向かって微笑んだ。なんかいい雰囲気だ。ここは邪魔しないのと逃げた奴らを追いかけるためにも退散しよう。


「じゃ、私は人を追いかけるので、よいクリスマスをー!!」


 そういうとダッシュで上の階へ駆け出した。


「まあ、良いお年をじゃなくて、クリスマスなんて」


モネ先生はちょっと顔を赤らめた。


「石川はいろいろと変わってるから。だから、こないだの合宿には驚かされたが元気になったようだな」


「何かあったのですか?」


「それはまた後でゆっくり話しましょう」


 〜〜〜


『うまく言ったようだぞ、蛍』


「良かった、じゃ逃げたあいつらを追っかけるぞ! 人身御供にして許さーん! 特に杉! 先輩の恐ろしさを叩き込んでやる〜!」

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