第37話 蛍とは別のベクトルのヤバい後輩

 午後四時になって薄暗くなったので、今日の作業は撤収することになった。


 成果は水晶が数個、高温石英が多数、トパーズは三田先生が拾ったものだけであったが地学部の面々は宿への移動中も内心ほくそ笑んでいた。しゃべるとバレるのでマスクでニヤニヤを隠し、ライムで会話をする。

 何かと厄介なコロナ禍だが、こういう秘密のミッションの時は便利だ。


(ミッションコンプリートじゃね?)


(うん、自分が採った訳じゃないのに嬉しい)


(蛍、待ってよ。まだ鉱石を洗ったり、ラッピングとか済んでないし、どうやってプレゼントにさせるかという部分は決まってないよ)


(でも、明日は気楽に採集できるな。博物館でも鉱石採り体験できるし)


(あ、でも拾った指輪とブレスは届けないと)


(大丈夫です。ちゃんと先生は分かってますよ。今、交番の前に車を停めました。拾った本人も行くだろうから金町先輩と副部長は降りた方がいいですよ)


「さて、宿の前にさっきの拾ったものを届けないとな。石川、金町、一緒に降りてくれないか」


 杉の予想が当たった。蛍は寒いから降りたくはなかったが、花音の「持ち主からお礼貰えるわよ」の一言でサッと降りていった。


「花音部長、さすがですね」


「あの子の扱いは美蘭先輩と私くらいしかできないわ。あとはあの子の母親かしら」


「でも、石も産地が違うものを捨てることも環境に悪いのですね。知りませんでした」


 七海がちょっとバツが悪そうに言った。


「そうよ、石によっては成分が溶けて周辺に悪影響与えることもあるし、後世の研究でも混乱させるからね」


「そう考えると二十世紀の前半って無茶苦茶だったのですね。魚の種類考えずにあちこち放流したり、ペットの外来種を捨てたり」


 杉が複雑な顔して言った。


「さっき三田先生の言っていたデマからして、鉱石に関するマナーも最近まではひどかったのですね。指輪はともかく、パワーストーン系のブレスなんて普通は川に落とさないですし」


「勝手なもんだよ、怪しい占い師の言うこと聞いて、幸せ求めて効かなければまたエセ占い師の言う事を真に受けてポイ捨て。石も迷惑だろうに」


「ま、占い好きな人は多いし、綺麗なものに幸せを求めたいし、恋愛叶えたい気持ちは女子は強いからね」


 ~~~


「ええと、拾得者はS県立浅葱高校地学部ね。こちらの指輪が部員の石川さん、ブレスレットが金町君と。責任者は三田先生と」


 警官が書類に記入していた。


「多分ですけど、ルーペで見た感じはブレスレットは水晶、指輪は18金のトパーズです。指輪にはイニシャルは無くて18Kの刻印とチェーンに通したような傷があります。チェーンは見つかりませんでしたが。あ、あんまり細かくはHPには載せないんでしたっけ」


 蛍が補足すると警官は感心するように言った。


「さすが地学部だね、石に詳しい。持ち主が現れなかったり、現れた時の謝礼はどうします?」


「俺は遠いからどちらも権利放棄します」


「ん~、18金のトパーズなら価値あるけど、交通費がなあ。修学旅行の翡翠アクセの時もお礼を貰うと言ってしまって、先方からカステラもらったことあるけど。岐阜って名物なんだろう?」


「石川、そんなアホなことに悩むんじゃない。交通費の方がはるかにかかるぞ。嫌ではなければお礼を受ける連絡先だけ教えておけ。そろそろ、宿の夕飯時間も近いし」


 三田先生に窘められた。現金じゃなければいいと思ったが、そうでもないのか。


「じゃ、お礼の連絡先は教えても大丈夫です」


「はい、じゃ権利は放棄、連絡先だけね」


 蛍はちょっと不満だったが、こうしてつつが無く手続きは終わり、一行は宿へ向かった。


「岐阜の名物料理は朴葉焼きだよね。お肉と一書だと美味しい」


「先生はお宝ゲットしたから祝杯しようかな、なんて」


 ちょっと樂しそうに三田先生は言う。ビギナーズラックかもしれないが、トパーズが採れたのは嬉しいようだ。


「あー、大人の特権使ってるー! こっちは未成年だからコーラかコーヒーのカフェインでテンション高くしてやるー!」


「蛍、何をテンションを今から上げてるのよ」


「テンション上げて明日の成功を願うのよ! 高温石英はもう飽きた!」


 蛍は表向きの答えを言いながら、小声で花音に耳打ちした。


(そりゃあ、飲ませて吐かせるのよ、って物理的な意味じゃないよ。恋バナを引き出す!)


(悪趣味だわ)


(でも、本音を聞くには今くらいしかチャンスないですね、森下部長)


(す、杉君まで何を言ってるの)


(このコロナ禍、外での飲酒も我慢してる人は多いです。幸い飲むのは1名。一方、我々は未成年だから素面です。お酒は饒舌にさせますからねえ)


 杉はしっかりした後輩だと思っていたが、蛍とは別のヤバい人種かもしれないと花音は思った。


(杉君のヒントで片思い続いてるのはわかったし)


(え?? 何それ?)


(種明かしは夕食時かその後のお部屋のお茶タイムあたりでね)


「あー、ホントは指輪の権利貰いたかったな。交通費の方がかかっちゃうのか~。なんで旅先で拾うのが鉱石じゃなく加工品ばかりなんだろ?」


「あれじゃん? ミステリにある事件を呼ぶやつ。殺人事件呼ぶメガネの小学生とか、名探偵の孫とか」


「金町までそれ言うの? 修学旅行の時は普通の落とし物だったよ」


「そういえば、あんたは庭石拾ってたわね。あれ、飾ってるの?」


「ミ……お父さんのアドバイスでめのうの原石らしくて、慎重に磨いてるけどまだまだ見せられるレベルじゃないな。

 それより今夜の夕飯タイムが楽しみだ」


(金町先輩のコネで宿からお酒サービスとかできません? それなら先生も喜んで飲むと思います)


(よし、ちょっと父ちゃんに連絡してみる)


「二人共えげつない……」

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