第35話 地学部の合宿第一日目、或いはミッション第二段階

 ここは岐阜県の渡波図トパズ川。金町が下調べして夏などはハンターが多いことから採れやすいと判断したところだ。もちろん山の中だから電車のあとはマイクロバスで移動となる。免許を持っている先生を巻き込んでおいたのは正解であった。ハイキング用の駐車場に止め、一行は川に向かった。もちろん採集禁止ではないエリアなのも確認済だ。


「さー着いた着いた。金町のアドバイス通りに道具と防寒具はバッチリ! 真冬だからライバルも少ない!」


「せ、先輩。本当に川の砂を浚うのですか?」


 七海が軽く素手で水に浸けてその冷たさにおののく。


「動画をいくつも見たでしょ。トパーズは鉱石が川に流れて削られて硬いトパーズだけが川底に留まるって」


「私も寒いからすぐ挫折しそう」


 花音も寒いのが苦手だからか、気弱な台詞を口にする。


「森下部長、そう思ってアウトドアのたき火グッズ用意しておきました。コーヒーも沸かしますし、寒ければどうぞ」


 杉がいつの間にかたき火台を組み立てて準備をしていた。前回の情報通といい、手際の良さといい、次期部長は彼に任せてもいいかもしれない。


「軍手にミニカイロ当ててゴム手袋するとかなり違うよー。カイロとゴム手袋なら予備あるから分けられるよ。じゃ、お先に〜」


 蛍はウキウキと川砂をさらい始めた。


「石川は張り切ってるな、金町の応援なのかお宝探しモードになってるのか分からないが。しかし、鉱石採集はハンマーで掘るだけではないのだな」


 三田先生も川砂浚いは初めてらしく、慣れない手付きでふるいにかけていく。


「先生、さっき蛍も言ってましたが、ガーネットやトパーズは重いから川底に留まる性質があります。採掘の裏ワザですね。って、俺の応援?」


「とぼけるな、石川から彼女への指輪用に採ると聞いたぞ、先生も頑張って見つけるからな。ちゃんと皆には内緒にしておくから」


「石川……何を言ったんだ? でもまあ、真奈へのプレゼントなのは変わらないし、俺も探そう。日が落ちるの早いからな」


 とはいえ、枯渇して久しい鉱山、しかも採掘禁止エリアも年々拡大している。そう簡単には見つからない。


「うう、思ったより砂利ばかり。高温石英が多いなあ、サンプルにはなるけどさあ」


「水晶もあるらしいけど、透明だったら取りあえず採る! 去年と被るけどなければ仕方ないな。トパーズでこうだからベリルやコランダムなんて無理ゲーかも」


「せ、先輩。私も手の感覚が」


「七海、焚き火にあたってきなよ。無理はだめだよ」


「ああ、ここは大人に任せなさい」


「杉君、コーヒー入れるの旨いわね」


「ありがとうございます、部長」


 なかなか取れないのと、寒さで川から焚き火へ避難するものが増えてきた。川に留まっているのは蛍と金町、顧問の責任感なのか三田先生の三人になっていた。


「トパーズぅ〜。宝石〜」


「蛍ぅ、目がヤバくなってるわよ。低体温症で幻覚見てない? 杉君のコーヒー飲む?」


「そんなことないもん。トパーズぅ~! ん? あった!」


 おおっと皆がざわめき、蛍に注目が集まる。


「でも、指輪だ! 落とし物だよ」


 全員がズッコケた。


「紛らわしいよ! 誰だー! 不法投棄したやつはー! 環境破壊だ!」


 金町が採れないイライラもあって怒りを爆発させるのを三田先生はなだめる。


「そうカッカするな。十五年ぐらい前に風水ブームでアクセサリーは水辺に捨てましょうなんてデマがあったから、その名残かもしれないな。帰りに交番へ届けよう」


「あ、でも先生、指輪の傷が少ないから多分最近です。初心者ハンターがうっかり落としたのかも」


「それで、俺も見つけた。水晶のブレスレットだけど。産地の違う石を捨てるなんて、外来種の魚捨てるのと同じだぞ」


 金町が怒るとおり思ったよりマナーが悪い輩が多いようだ。年々禁止が増えるはずだ。


「それも交番コースだね。しかし、見つからないなあ。あ、これは高温石英だ。これはこれで持ち帰ろう」


「せんぱーい、高温石英って普通のと違うのですか?」


「えーと、定義は577度以上の高熱で形成されたもの。それ以下の温度だとおなじみの白い石英。形がなんというか、ソロバンの珠みたいなの。水晶と違った透明感だけど、水晶みたいのもあるよ」


「やっぱりさっきの指輪と言い、石英といい蛍先輩は面白い石を見つけますね」


「面白い石もいいけど、トパーズ欲しい……」


「石川、ちょっといいか? これ、透明だけど水晶か?」


 三田先生がふるいを見せてきた。砂利の中に親指大の透明な結晶が見える。ルーペでみると縦の筋、つまりクラックが見える。間違いない、トパーズ独特の線である。


「先生、やりましたよ! トパーズです。この透明度ならプレゼントにも最適です!」


「やったあああ!!」


「ひゃっっほおおおお!」


「イェ~~~イ!!」


 その場にいる全員が歓喜の声をあげる! 予想外の反応に三田先生は戸惑いながら金町に声をかけた。


「じゃ、金町にあげるか」


「先生! 俺はまだ諦めてません。彼女のプレゼントは自力で採る! 先生は先生でそれを贈りたい人へプレゼントしてください!」


「え? じゃ、貰っていいのか?」


「当然です。民法だって埋蔵物は発見者のものと決まってます!」


「埋蔵とはちょっと違うが、金町がそういうのなら」


 指輪などのハズレを含めて、だんだんと採れてきたので焚き火組も川に戻ってきた。


「自力で宝石拾いって、翡翠よりハードルが高いですね。あのときはビギナーズラックだったのだなあ」

 

「トパーズなら恋のお守りになるかなあ。本によってはそんなこと書いてあったな」


「部長、行ってらっしゃい。僕は焚き火の番とお代わりのコーヒー作っておきます。蛍先輩、高温石英でいいから余ったら一個ください」


 相変わらず杉はちゃっかりしている。まあ、川に入っていないが、皆の寒さ対策してくれているから一個くらいいいかなと、花音と入れ替わりで川から上がって焚き火に当たりにきた。コーヒーをもらいながらさっきの指輪をルーペでみる。見たところ、黄色い石にわずかな縦のクラックだから石はトパーズ、傷は指輪のある場所に多いことに気づいた。ちょうどチェーンに通して身につけていたような傷に見える。


「うっかり外すのを忘れてたのか、チェーンが切れたのか。でもそこ以外は傷ついてないし、落としたのは最近かな。失くしたのなら落とし主さん困ってるだろうから、早く届けないと」


「最近の副部長は事件を呼ぶから、そういう指輪じゃなければいいですね」


「杉君、止してよ。三田先生の応援にケチ付けたくない。念のため、さっきの周辺を攫ってチェーンが落ちてないか調べよう」


(ところが曰くを呼んでしまうのが蛍なのじゃよな)


 オンラインモードでこっそり参加していた魚川は何事も無ければいいと願っていた。

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