第33話 蛍の野望

「や、やっと終わった」


 夕飯後、テキストとドリルの山を前に蛍は燃え尽きていた。それをオンラインで見届けた美蘭は満足げに通話を切った。


『よくやったの、美蘭という見張り役がいなければ今頃遊んでただろうから』


「そこは魚川君が答えを教えてくれても。いや、せめて集中力を強化してくれる神通力でも」


『勉強に関しては一切関与しない。自力でやるのだな』


「えー、でも長く生きているのなら、勉強じゃなくても昔の話くらいは聞きたい。庭石として数百年過ごしていたのなら、鎌倉時代の武士の家とか江戸時代の大名屋敷とか置いてあったろうに」


『そんなに面白い話はないなあ。武士は朝起きてひたすら鍛錬と仕事していて、戦の時は庭石だから留守番で様子はわからんし。

 江戸時代の大名も意外と忙しそうだったな。参勤交代の費用が足りないという嘆きはよく聞いたなあ』


「確かに面白くないわ。商人の庭とか遊郭の庭にはいなかったの?」


『遊郭は女子高生が聞くには早い。しかも皆、幸薄き者達じゃった。蛍の年頃で亡くなる娘も多かったのだ』


「えーと、暗くなりそうだから止めます。石の中にいるからって石に詳しいってこともないよね」


『あー、商人の庭にいたときはそういう商談をしてたな。銀がどうだとか。確か、昔は金より銀の方が価値が高かった。あとは城の石垣の商談も聞いたな。各地で花崗岩やら玄武岩、大谷石も高値で取引されてたぞ』


「銀が高いってことは、やはりそのころから関西方面に居たのだね。あっちは銀至上主義だったから。おかげで金が海外へ流出しまくったけど。九州の城だと熊本城が有名だけど魚川君は長崎にいたものね。庭石じゃなく石垣にされてたら明治時代に壊されてたかも」


『なんじゃ、蛍も意外と日本史に詳しいじゃないか』


「石や貴金属に関することだけね。甲府が水晶の世界的産地だったとか、佐渡の金山に石見銀山の話とか。

 あーあー、石油王と結婚したいって冗談言う人いるけど、私は自分が石油王になりたい。新潟の石油は採算以前の問題だから、関東一円にあるガス田を実用化に向ける技術開発が早いか、そうすると地質学より質の悪いガス精製の技術の勉強……いや、ガス王より鉱山王だな。陸地は枯渇しているから海底にあるかもしれない鉱脈を探す方が早いか?」


 何やら壮大な企みになり始め、しかも話がズレ始めたので、魚川が制する。


『蛍、そういう技術者になるにはもっと上の大学の理系にする必要があるだろ? そこのドリルで苦戦するのでは難しくないか? それにまずは金町君たちとの打ち合わせもあるぞ。その候補地以外の昔の鉱山情報くらいなら教えてやれる』


「はっ! いけない! まずはクリスマス大作戦もあったのだった!」


『しかし、蛍が仲を取り持とうと企画をするとはな、どういう心境の変化じゃ?』


「やはりモネ先生の寂しそうな顔がね。同性の私でもあれは切ないわ。

 あんなクズ男よりいい男いっぱいいるし、失恋しても想い続ける三田先生も健気じゃない。モネ先生がまた変なのに引っかかってしまう前にと思ってね。地学部顧問らしいプレゼントとして、また女性へのプレゼントに宝石採取という金町の計画を膨らませればイケるかなと。あわよくば自分も宝石ゲットだし。ベリルって結局エメラルドやアクアマリン、コランダムはサファイアやルビーでしょ」


『ふうむ、しっかり目がお金マークじゃが、他人の恋愛事情に気づけるだけマシになったのかの』


「なんか言った?」


 その時、階下から母のお風呂だと呼ぶ声がした。


「んじゃ、ママに怒られる前にお風呂入ってくる」


『おう』


(ふう、美蘭が不憫じゃのう。モネ先生といい、美蘭といい、森山の叔母さんの旦那さんといい、見る目がない人が多くないか? 

 しかし、蛍も食欲と物欲というか石欲ばかりだったから成長したのか? それとも、いつぞやの翡翠みたく自分が拾いに行きたいだけか? つくづく読めないというか、規格外な娘じゃのう。合宿にはいつものオンラインで付いていくかの。美蘭にはあとで鉱石取りの鉱山跡の情報くらいは教えてやろう)

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