第31話 企みは進むよ、どこまでも

 事は指輪事件解決直後の蛍の提案から始まった。このままだとモネ先生は弱っているところを狙う良くない輩がまた現れる。その前になんとかしよう、適任者は目の前にいると。


 期末テスト前であるが、自習の名目で地学室にてテスト勉強をしながら、地学部の面々は「秘密の計画」を進めていた。と言っても一年は真面目に勉強し、計画を練っているのは主に蛍と金町である。


 コロナ対策も兼ねて小声で話をコソコソとする。


(まず、行くのはテスト休み期間にする)


(それだと三田先生が動けないよ。テスト採点してるよね)


(土日にすればギリギリセーフだ。宿代は上がるけどな。クリスマスプレゼントだからタイトなスケジュールになりそうだな。

 もし、閉山跡が立入禁止で川で浚うことになったら、長靴など釣り人向け装備もいるし、冬だからホッカイロや保温グッズもいる。体調整えないと肝心のクリスマスに風邪引くな)


(真冬に川の砂を浚うのは死ねる)


(俺一人なら別に気にしなかったけどな。防寒対策しっかり準備しろよ。しっかし、蛍がこんな計画をするとはな)


(私のせいでは無いけど、あの先生の寂しそうな顔がなんとなく罪悪感がして。男性だと、あれに弱いのだろうなとちょっとだけわかった)


(三田先生もずっと片思いだったというのも辛いよな。一時は相手が婚約して完全に失恋だったし。それでも彼女を心配していて健気。

 かと言って、別れたからと言ってすぐに近づいても、相手の落ち込んだ状態から正常な判断なできないだろうと何もできないのも辛いな)


 金町は器用に問題集を解きながら話している。蛍はというと無難に漢字の書き取りだが、字の形が怪しい。


(でも、それだけ誠実な人ですよ。ズルい人なら弱っているところを落としやすいと寄っていきますから)


 杉がマーカーを引きながら話に加わる。真面目に勉強しているように見えて、彼も気になっていたのだろう、マーカーの線を引きすぎて机までペンが走ってしまっている。


(杉君、そこまでわかってるなら将来君はいい男になるよ)


(とにかく、クリスマス前に短期合宿として三田先生にも参加してもらわないと。合宿のお土産渡しなら表向きにも大丈夫。ただ、去年は甲府で水晶を探したけど、今年は石を変えたいからどうするかなあ)


(石言葉やパワーストーン的にも調べないと。『友情』だとズレているし、不吉な言葉だと逆効果だし、あとで図書室行ってきます)


 七海もなんだかんだと積極的だ。


(博物館のおみやげコーナーで済ませるのが早くない? 寒いの苦手なのよ)


 花音はあまり乗り気ではなさそうだ。


(あー、土産物のそれは当たり外れが激しいから。科学博物館の宝石展で売ってた原石はこれにお金使うなら本を買えというレベルだった。

 それにプレゼント用にと言っても値段のシール跡あったら台無しだな。やはり自力で探すことに意義が……)


「しっ! そろそろ先生が来るぞ。勉強モードに切り替えろ」


「わかった、夜にでもグループライムで打ち合わせだ」


 ガラッと扉が空いて入ってきたのは美蘭と三田先生だった。


「陣中見舞いの差し入れと、蛍の連れ戻しをまた伯母さんに頼まれた。今日は寒いから今川焼きだ」


「いけない、ミラ……美蘭先輩。それは戦争が起こる名前だ」


「なんでだ? 今川焼きの何が……」


「え? それって大判焼きじゃないのですか? おばあちゃんがそう呼んでたから、うちは大判焼きです」


 七海が不思議そうに言う。


「いや、回転焼きだろ?」


 金町が否定する。


「何それ、聞いたことない。今川焼きに決まってるじゃない」


 花音も今川焼き派なので、金町の発言を叩く。


「回転焼きだよ! こないだ屋台に『回転焼き』ってあったぞ」


 思わぬ呼び名戦争に発展していくのを戸惑う美蘭を蛍はジト目で睨む。


「ミラ兄、どうすんのよ。和やかな休憩時間が戦争になったじゃない。関東でも親や祖父母出身地によっては家庭の呼び名が違うことあるのよ」


「まさか、こんなことになるなんて。ま、まあまあ、皆で冷める前に食べてよ。ところで蛍の家では、なんて呼んでるの?」


「確か、太鼓焼き」


「蛍先輩の呼び名が一番知らないです!」


 全員一致で否定されてしまった。なんか理不尽だ。こうなったら戦争が起きる食べ物談義にしてやろうかと思ったが、おでんは関西出身者、芋煮は東北出身者がいないから成り立たないことに気づいた。


「ならばワラビの山とゼンマイの里戦争を仕掛け……」


 蛍が言い出しかけた時、美蘭がノートを見ながら冷ややかに突っ込みを入れた。


「お前、本当に勉強してたのか? 漢字の書き取りなんて勉強以前だし、字も間違ってるし。食べたら帰るぞ」


「そ、そんな」


「ふむ、先生はワラビ派だな」


 唐突に三田先生が参戦してきた。いや、ゼンマイだ、ワラビこそ史上最高、第三勢力としてフキノトウの森と新たな戦争が始まった。


「どうやら、ここの勉強の邪魔をしているから帰るぞ」


 美蘭が文具や荷物をざっと回収して、蛍を引っ張っていく。


「待って〜、まだ太鼓焼き食べてない〜」


 蛍が今川焼き片手に慌てて荷物と美蘭を追いかけていく。


「はあ、美蘭先輩は本当に蛍の回収だけだったのね」


 花音は諦めを含めたため息を付く。


「あいつ、自分のことは鈍感だよな」


 金町も論争を中断して彼らを見送った。


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