第27話 推理を確認しただけなのにピンチになった
早朝の美術室、魚川に予め様子を見てもらい無人であることを確認して蛍はそっと美術室に入った。鍵や校内の通信網やカメラネットワークをハッキングしてもらい、不具合を起こしているようにしてもらっている。
……つもりだったのだが、魚川は奇妙なことを言った。
『変じゃの、鍵やセキュリティが既に解錠されておる。それだけならまだしも防犯カメラも切られているぞ。気をつけろ、犯人が校内にいるかもしれぬ』
「わかった。
音を立てないようにそっと扉を開けて忍込み、周辺を見渡す。石膏像はさすがに掃除されたがまだ白っぽい粉や水拭きの跡が残っていた。
蛍はそれに目もくれず壁を見て探すが、先客がいた。
(やべ! 推定犯人がいる! 一歩遅かったか)
『蛍、幸いというかカメラは停まっているから見つからないように逃げるぞ』
「分った。三田先生達になんとか……」
蛍が入口に戻った瞬間、その人物が素早く彼女の前に立ちはだかった。生活指導の高梁だ。
「石川! ついに正体現したな! 犯人は犯行現場に戻るとはよく言ったものだ。またハンマー持って懲りない奴だ」
不敵な笑みを浮かべ、大声を出しながらハンマーを持った高梁が近づく。なんだか、口臭がなのか体臭なのか、距離はあるのに不快な匂いがする。服装もよく見るとくたびれている。
(森山の叔母さんから聞いた話と共通点がある。多分彼は推定犯人ではなく犯人そのものだ。こんな形で推理が補強されるとは)
蛍は両手を上げた。ホールドアップの姿勢もあるが、いざというときは真剣白刃取りならぬハンマー取りをするためだ。
「高梁先生、ハンマーを持っているのは先生なのに何を言ってるのですか? それになんでここにいるのですか?」
「ごまかすな。その手に持っているものはなんだ! 第二の犯行現場を抑えたからには停学からの退学もありえるぞ! 無駄な抵抗は止めろ!」
高梁は自分でハンマーを振り、棚のガラスを壊した。
「おい、止めろ!! 石川、捕まるからってやけになるな。ええいっ!」
そして自らハンマーを床に放り投げた。
「何を一人芝居してるのですか? それに今のは脅迫ですよね? 私は手ぶらだし、美術室に入ったばかりなのに第二の犯行現場ってなんですか?」
「とぼけるな、会話は録音している」
嵌められたと蛍は直感した。こうして演技をして罪を擦り付け、自分の疑いを晴らそうとしている。手慣れた様子から過去にも同じような目に遭った生徒がいるはずだ。
「そうやって生徒の人生を何人潰したのですか?」
「人聞きの悪い、私は規律違反の生徒に相応しい処分にしただけだ。それにだなあ、学校からの退学処分より自主退学の方が傷は浅いぞ」
狡猾なタイプだ、美蘭がいつか言ってた憂さ晴らしに処分すると言っていたのを思い出す。質問にのらりくらりとかわす話し方にだんだんとイライラしてきた。
「では、警察を呼びましょう」
「ほう、ついに自分の罪を認めたか」
「いえ、警察には通報済みで、呼んだものはこちらになります。って料理教室みたいな言い回しになっちゃった」
蛍が自身ありげに言ったのも背後に三田先生や宇佐美先生達、守田刑事が居たからだ。
「え? 警察? 警備の電源は落としたのに? まだこの時間は誰も来ないはずだ」
高梁が予想外のことにうろたえている中、蛍が掲げたスマホ越しに魚川が言った。
『先生殿も脇が甘いですなあ。わしが蛍君の朝のおしゃべりに付き合ってもらっていたら不穏なやりとりが聞こえてきましたからな、急いで家電にて警察に通報させて貰いました。あ、私は蛍君の近所に住む魚川という年寄りですじゃ。この子はそそっかしいからよく通話を切り忘れるのです。だから今の会話は警察に筒抜けですぞ』
「……!」
「まあ、犯罪者は先に被害者のスマホを取り上げるけど、高梁先生は甘かったですね。校内だし、始業前だから校則違反で取り上げる理由もないし。いや、私が来たから咄嗟に持ってるハンマーをどうにかするために、急ごしらえの私を犯人にするシナリオに変更したのでしょう。
それに私はハンマーにはメーカーなどこだわりがあって、地学部の人は知ってます。そんな学校備品の古いハンマーなんて使いませんよ」
「確かに石川は絶対に学校の貸出備品は使わないな。全部こだわりの私物だ。
それにしても生徒に罪を擦り付けようとするとは教師としていかがなものですか。私は石川に一緒に確認したいことがあると、この時間に来てほしい宇佐美先生と共に呼び出されたのです。来てみたら警備やカメラが切られていたから不自然だと思い、カメラだけは電源を入れ直してあります。こんな猿芝居を見せられるのは予想外でしたが」
三田先生がやや怒ったように高梁に詰め寄る。
「「え、じゃ、今のも録画され……。いや、だから何を根拠に私を犯罪者と言うのだ」
「まあ、猿芝居も十分に脅迫罪ですけど。そもそもの原因、それは高梁先生がモネ……宇佐美先生の婚約者だからです」
周りがざわっとする。中には「誰がバラした」「かん口令はしてあるのに」なんて聞こえてくる。
(推理からカマかけしただけなのにひっかかる先生が多いな。こないだの窃盗犯見逃しといい、この高校の危機管理大丈夫か)
咳払いをして、場を静めて蛍は説明を続ける。
「私は独自に調べ回って、宇佐美先生が最近婚約したこと、ある質屋で男性が婚約指輪らしきものを質入れしようとしてトラブルになったと聞き、仮説を立てました。婚約を伏せていたのは相手が高梁先生というのもあります。生徒達相手にいろいろとやりにくいでしょうから。
そして典型的な婚約指輪はプラチナかゴールドにダイヤモンド。とても高いものです。
だから指に付けている間はいいけど、美術の教師ですから授業中に手が汚れる時は外すだろうし、宇佐美先生はお金持ちで有名、身につけるアクセは高いと知られているから、盗難防止のために右手に付けてカジュアルな指輪のふりをしてました。
でも、慎重な宇佐美先生はさらに用心を重ねてダミーを作っていたのでしょう。質屋に持ち込まれたのもダミーだった」
「ダミー?」
誰からとも無く復唱するように声があがる。
「それはキュービックジルコニアだったということか?」
三田先生が質問を投げかける。
「まあ、それでも成り立ちます。素人目には似てますから。
私がひっかかったのは質屋さんがこっそりと『あまりにも食い下がるので最低限の金額で質入れ品として預かった』と言った点です。
ジルコニアではまずお金にはなりません。そして宇佐美先生の家はお金持ちなのは有名だし、宝石の知識は地学部の私より詳しいのではないかな。もしかしたら、恋人が物を盗む人だと用心して店によってはダイヤと間違えさせるような指輪を付けていたのかな、地金は10金くらいのホワイトゴールドと」
「石川さん、それでは私は何を付けていたというの」
宇佐美先生が尋ねてきた。まさか生徒に見破られるとは思わなかったのだろう。
「無色透明でお金になる石はいくつかありますが、ダイヤより輝きが強い石、“モアサナイト”です」
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