第24話 何故か目上に弱い質屋さん
「へぇ〜モネ先生は婚約したんだ」
在校生ではないからと、帰り道に早速蛍は美蘭と魚川にバラしていた。
「何? 憧れてた? だとしたらごめん」
「い、いや、俺はそれは無いから」
(本当に報われないのう、美蘭は)
「口の軽い刑事さんで良かった。婚約情報だけでも動機は絞れそう」
「失恋の腹いせにってやつか?」
「あとはこないだのタピオカ事件みたいに、何か隠してたのを知って探したか」
蛍の推理に美蘭は突っ込む。
「だって、塊の石膏を彫ったのだろ? 無理じゃないのか?」
「私、中学の時に同じ石膏彫刻を授業でやってさ。失敗したら削りカスを水に溶いて塗ると修復できる裏技があるのよね。だから底に穴をくり抜いて開けて、削りカスを溶いた石膏流すという方法があるの。それならば隠すことは可能」
「お前、ずる賢いな」
「私はそうやったから知ってるけど、その方法を取ってまで隠すと考えたのが犯人かな、と。だからモネ先生の婚約者が怪しいと思うのだけど」
「でも、モネ先生の婚約と石膏像破壊だけでは接点はないぞ。何か取り出そうとした路線は警察も否定してたし」
「犯人しか知り得ない情報を伏せるのは警察の常套手段だよ。私も一応容疑者なんだし。とりあえず藤尾さんの質屋に行こう。
犯人がもしかして何かを奪って換金しているかも。何か質に入ってるか、質屋で共有している要注意情報くらいは教えて貰えるかも。今ならまだ閉店前に間に合う」
そうしてバスに乗って、やや早歩きで駆け込んだ時は閉店三十分前であった。
「いらっしゃいま……おや、石川さんと美蘭君ではないですか? ペアリングでも探しに来ましたか? 中古は良くないですよ、新品にしなきゃ」
カウンターには藤尾がにこやかに接客というか、
二人をからかってきた。
「そうだったら、いいんですけど。蛍がある事件の容疑者にされてしまって。手掛かりがないかとこちらに来たのです」
美蘭はちょっとだけ照れ、正気に返って質問をした。この美蘭の態度の意味はもちろん蛍は分かっていない。
「ほう? 容疑者とは?」
こうして二人は一連の事件と事情を話した。
「ふむ、お話は分かりましたが、何が質に出されたかなんてこちらも答えられないですね。今はいろいろと厳しい時代ですから」
「漫画で知ったけど、要注意人物や盗品の情報が警察や質屋組合から来るのでしょ? 怪しいブツを売りに来た男を追っ払ったとか、盗品の連絡とか無かったですか?」
蛍が食い下がるが、藤尾は頑なに答えなかった。
『そこをなんとかしてもらえぬかの』
魚川が唐突に口を出してきた。また着信音鳴らさずに話すなとあれほど何回も言っているのに。
「おや、魚川さんの声ですね。お久しぶりです。オンラインでご一緒でしたか」
『ハイリスク群だからヘルパーさんが外出を許してくれなくてな。もっぱらZoomoで蛍さんと話しているのじゃ。今回も疑われたと相談を受けたけど、なんせ外出禁止で身動きできないから何もできなくてのう』
「あー、しまった。お店に入ったときに通話を切ったと思ったけどまた忘れちゃった」
「またかよ、蛍はおっちょこちょいだなあ」
蛍と美蘭は棒読みで誤魔化す。やはり神仙界と人間の感覚はズレているのか、現代のテクノロジーというかマナーを理解しきっていないのか。
「そうですか、魚川さんはオンライン参加ですか。そうですねぇ、ちょっと言える範囲で言うと、少し前に指輪を持った男が来ましたが、鑑定結果にひどく不満だったようでクレームを付ける騒ぎがありましたね」
『指輪、もしかしたら婚約指輪かの。それっていつのことですか?』
「まあ、婚約指輪とはハッキリ言えませんが、男性が持ち込む指輪の種類は限られているでしょうとだけ。
確か、十月の終わりくらいです。店長を出せとしつこくて、営業妨害で警察呼ぼうかと思ったくらいでしたから覚えてます」
なぜか、魚川に甘い藤尾の対応にやはり目上の人には敵わないのかなと思いつつ、蛍は悩む。
「文化祭前の出来事か。でも、婚約指輪ならイニシャル彫るし、質入れでも買い取りでも値段は落ちるよね」
「あまり詳しく言えませんが、本人はプラチナにダイヤモンドと信じていたので鑑定結果に納得行かなかったようで」
「ってことは、男性がそう思い込むなら銀色の金属と無色透明のキラキラした石。シルバーか安い合金にキュービックジルコニアだったのかな。いや、それなら質入れにもならないと門前払いでお金にならないよね」
「まあ、その通りです。うちもそうですがシルバーは扱っていない所がほとんどです」
「蛍、モネ先生の指輪って覚えているのか?」
「確か、右手薬指にキラッとしたリングはつけてたけど、あんまり見ていない。私は美術専攻ではないがら、廊下ですれ違ったり職員室でチラッと見かけるくらい。たしか石は無色透明でカットされてたとは思うけど」
蛍の回答に美蘭も考えを巡らせる。
「無色透明の宝石って山程あるぞ。誕生石でもサファイアにトパーズ、ジルコンは無色透明を指すホワイトが頭につくものが多い。でも、騒ぐならやはりジルコニアだったのかな」
「まあ、とにかくあんまりにも騒がしくて他のお客様のご迷惑になると思って、質入れの最低限の金額だけ渡しました。まあ、あれを買い戻しにくるか怪しいですが、手切れ金と思って諦めてます」
藤尾がこの質問はここまでだと言わんばかりに締め括った。男の特徴や指輪の現物まで知ることは無理そうだ。
「あー、お金が必要になって取り返した婚約指輪が偽物で、本物を探すために石膏像破壊と。筋は一応通るけど、クズな男だな~。
お嬢様だから普通の男性は高嶺の花と諦め、空気読まないチャラ男がかっさらっていくパターンか。モネ先生、変な人に引っかかったのか」
『これこれ、蛍さん。想像力が豊かではあるが決まった訳では無いぞ。その男性が若いか年配者かも教えてもらってない。
たとえば若い人でも母親の婚約指輪を持ち出したという仮説だって成り立つ。その先生は婚約指輪を付けていたのか?』
「そうだよねえ、左手に指輪してたら男子が騒ぐから婚約指輪の路線は無いのかな」
「でも、男が自分の分を質に出して、彼女の分を盗もうとした線もあるな。質入れということはいずれ買い戻すつもりだったのだろうし」
「ミラ兄、ペアリングと違って婚約指輪は女性のみというのが普通だよ。そういう恋愛ごとに疎いねえ。私だって知っているのに」
「ぐぐっ」
(大丈夫か、美蘭)
(いえ、致命傷です。蛍には言われたくないことを言われてしまうとは)
「ほ、蛍。閉店時間だから行こう。藤尾さんありがとうございました」
少々の情報を手に入れ、二人と一匹は帰路についた。
「でも、一つ分かったよ」
蛍が言った。
「わざわざ藤尾さんが指輪の話をした。やはり、石膏像破壊犯はモネ先生が指輪をそこに隠すと思い込む人間だから、犯人は校内にいるよ」
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