第23話 それって情報漏えいですよね?

 ようやく、放課後になって部活を休んだ蛍と美蘭は合流して警察署へ足を運んだ。


「石川蛍さ……ん?? また君か」


「あ、文化祭の時の巡査さん」


「守田と名乗ったはずだし、巡査ではなく刑事だが、まあいい。

 それに、いとこの美蘭君だっけ? 君はなんでいるのかな? 前回はともかく今回は無関係だよね?」


「蛍が何かしでか……いえ、不安と言うから付き添いです。もちろん廊下か下の待合スペースで待ちますから」


「そうか、ならばいいだろう。石川さんは事情聴取するからこっちへ」


 そうして、蛍は取調室に、美蘭は一階の待合スペースで待つことにした。学校のハッキングからスマホに繋げ直した魚川は聴取の邪魔しかねないと美蘭の判断でスマホを預かることにした。


 スマホをいじるふりをして魚川と美蘭は雑談をしている。無罪なのは信じているが、誰かと話していないと落ち着かないし、ゆっくりと魚川と話す機会も中々ない。


(そういえば、以前から気になってたのだが、あの顔や性格は叔母さん似だというが美蘭は似てないの)


(蛍の父とうちの母が兄妹なんです。森山の叔母さんは蛍の母方の親戚なので、俺は血が繋がっていない叔母になります。蛍は母親似ですから母の妹に似ているのもわかります)


(なるほど、だからいとこなのに顔も性格も違うとよく言われてるわけか。で、その人はここではレジェンドになるくらい犯人逮捕に協力してるのか)


(ええ、森山の叔母さんは事務職だし、鍛えてる訳ではないのですが、よく犯人を突き出してます)


(その叔母さんに協力してもらえないかのう)


(あの叔母さんは武闘派ですから、今回の推理系は苦手かも。大抵の犯人は叔母さんによって痛めつけられてますから)


(……あの高校といい、その人と言い、わしはとんでもない所に来てしまったのかもしれぬ)


〜〜〜〜〜


 一方、蛍は守田から事情聴取を受けていた。


「だから、刑事さん、その時間は寝てましたよお。ここの取り調べと文化祭二日目の突貫作業で疲れ切って、一週間くらいは十時に寝て八、いや七時に起きる健康的生活してましたもん」


「まあ、普通はそうだよな。美術室や美術部とは接点はあるの?」


「んー、うちの学校は音楽と書道と美術は選択制なんです。私は音楽を選んだからほとんど縁がないです。美術の萌音モネ先生は男子に人気だから知ってますが。萌音先生に振られた男子が腹いせにやったのじゃないですか?」


「その線で行くと容疑者が沢山増えるなあ」


 こないだみたく、何度も厳しく聞かれると構えた蛍であったが、担当の守田刑事と一度会ったことがあること、形式的な事情聴取ということもあり、取り調べというより雑談混ざりの緩やかなものであった。

 モネ先生というのは美術担当の教師、宇佐美萌音うさみもねである。この浅葱高で採用されたからまだ二十代前半、美人な上にお金持ちの家らしく服装も仕草も上品でどの生徒から見ても“お嬢様”であった。ファンクラブもあるくらいだ。

 なぜ私学の教師ではなく、公立高校の教師になったのかは浅葱高校の七不思議の一つである。


「今は生徒と教師の恋愛は禁断度も上がっているし、内緒の恋が破れて復讐に……。モネ先生の周辺を洗った方が早いですよ」


「その線はないな、壊されたのは生徒の石膏像と壁、備品を入れている棚だ。宇佐美先生の作品は確か彗星だか月だかの天体の油絵だが、それは無事だ」


「じゃ、振られた人が腹いせにという路線はないのか、いや、振られて憎くても、かつて愛した人の作品にはどうしても手をかけられなかった。こう表現すると憎めない哀しい悪役になるなあ」


 腕を組みながらウンウンと頷く蛍に呆れた守田が牽制した。


「君ね、ラノベか漫画の読みすぎだよ。宇佐美先生は婚約しているから」


「えっ! モネ先生婚約したんだ! 知らなかった! いつ? 相手は誰ですか?!」


 思わず立ち上がった蛍の反応からして守田はしまったという表情をした。


「あ、生徒達には伏せていたのか。石川さん、他の生徒には内緒にしてくれ」


「へぇ~、そっかぁ、確かに知られると、ショックで倒れる男子や不登校になる男子が続出しますね。伏せるってことは相手も校内の人かなあ。で、誰ですか?」


「君ね、今のは私の失言だが、そうやって個人情報を聞こうとするのは良くない」


「私の予想では、数学の増間ますま先生だ」


「あのね、この国では同性婚はまだできないよ」


「じゃ、私の担任の多村先生。でも既婚者だし。きっと波乱な愛憎劇の末に奥さんと離婚して……。確かに生徒が知るとやりにくいなあ」


「だからね、変な憶測ばかりよしなさい。相手は……いかん、ペースに巻き込まれるところであった」


 守田は襟を正した。


「刑事さん、この職業向いてないのじゃない? 口を滑らすわ、女子高生の誘導尋問に乗りそうになるわ。マスコミのハニートラップには気をつけた方がいいよ」


 ニヤニヤしながらお茶を飲む蛍を見ながら守田はなんだか疲れを覚えてきた。


(なんだかこの子と話すとペースが崩れるなあ。美蘭君はこの子が不安だとか言ってたが、大人をおちょくる余裕あるし、不安の欠片も見えない。あれはお守り役というか、ストッパーとして彼が警察に付いてきたかったのだろうな)


「まあ、アリバイは一応聞いたし。また何かあったら呼ぶかもしれないけど、帰って大丈夫だよ」


「でも、私の無実が証明された訳では無いです。刑事さん、なんか無罪になる方法ないのですか?」


「やっていない証明は別名『悪魔の証明』だからな。君も聞いたことあるだろ? 痴漢で捕まった人が無罪を証明するのに長年裁判する話。あれも無罪の証明が難しいからだ」


 蛍は頭を抱えた。やはり疑いを晴らす方法なんて簡単にはないのか。


「捜査を待つか、犯人が自首するの待つか、あるいは……」


「あ、一応言っておくけどね。いくら森山さんの姪でも、捕まえて付き出そうとは考えないでね。確かに彼女はレジェンド級だが、犯人が無傷だった試しはない。大変なんだよ、正当防衛と過剰防衛の検証とか」


「刑事さ〜ん、そこは『女子高生だから危険』と言って止めるところでしょ」


「文化祭の件で、君にも森山さんと同じ武闘派の素質があるのが分かったからね」


 釘を差されたが、このまま待っていても校内では針のむしろ状態だ。なんとかして犯人を見つけて付き出そうと考える蛍であった。


『気のせいか蛍のいる部屋から殺気がほのかに漂うのう』


「また、なんか企んでいなければいいけど」



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