第23話 蛍、ようやく異様な雰囲気に気づく
蛍は嫌々ながらも登校した。いくら鈍いと人に言われていても、知った以上は気にせざるを得ない。
教室に入ると皆が蛍に一斉に注目するが、即座に目を逸らす。
この現象はてっきり文化祭での放火兼窃盗犯取り押さえで凶暴女子扱いされたための態度だと思ってたが、容疑者扱いされてたからだったのかと変な納得をした。
(いや、両方なんじゃが、今は黙っておくか)
魚川は沈黙を貫き、蛍はとりあえず、時々話すグループに挨拶するが、返ってくる挨拶は以前よりぎこちない。
「これが、針のむしろってやつか」
独り言を言いながら蛍は座って、スマホをいじりライムで魚川と会話をする。いきなりスマホで誰かと会話をしたら、さらにおかしな雰囲気になるし、クラスメートではなく外部の誰かと話すなんて、ぼっち感が増すからしゃべるわけにはいかない。だから、ライムで文章を打つ形となった。
『気づかなかった、こんなに白い目で見られていたなんて』
『とりあえず、いつもどおりのことをすればいいじゃろ』
『ハンマーの手入れがルーティンワークだけど、家に置いてきたからできない』
『……まず、女子高生が朝の教室でハンマーを磨くというのがそもそもおかしい。家でやりなさい』
『だって、魚川君を磨く時間があるから』
『いや、その前にハンマーは毎日磨くものではないという認識を持て。おっと、そろそろ、授業ではないか。念のためこのログは消す。授業中に校内の通信網を探ってみる。盗み聞きみたいだが、蛍の無実の証明のためじゃ、仕方ない』
『頼んだ、魚川君』
そうして授業が始まったものの、蛍は頭に入っていなかった。事件のことはホームルームで知らされたことと、現場を見に行った野次馬の断片的な情報のみ。警察や藤尾質店で何か手がかりを得られればいいが。
このままだと、捕まるまではなくとも、蛍の評判はますます恐れられるだろうし、地学部以外の居場所が無くなる。いや、元々地学部に入り浸りだからあまり変わらないか。しかし、風評被害で厳しい大学や専門学校だと「疑われるにはそれなりの根拠がある」として落とすところもあるかもしれない。就職を選んだとしても同様だろう。
(どうして壊されたのだろう? 美術部の誰かに恨みがあったのか。文化祭の時のように何かを隠したのか? 石膏の塊を削った彫刻だけど、やり方によっては不可能ではない。でも、何を仕込んだのかだよね)
結局は昨日と同じことをグルグルとループするばかりで、考えがまとまらない。
「……ではこの文章で作者はどんな気持ちだったか。石川、答えろ」
「はい。締切に追われて大変だから、早く書き終えたいと思っていたのではないかと思います」
「……そういうことじゃない」
「じゃ、答え直します。作者はいかにこの主人公が犯罪に走るのかを表したかったのです」
「何の話だ? 読むページ間違えているぞ。枕草子でどうして犯罪が出てくるのだ。さては寝てたな」
また無実の罪を着せられた。起きていたが考え事していただけだが、弁明すると泥沼になるから一言だけ「すみません」と謝った。
すると次の瞬間、クラスがざわついた。
「あの石川さんが素直に謝ったわ」
「やっぱり、やましいことがあるから大人しいのではないか」
「やばい、明日は関東なのに暴風雪になる」
(うるさい、こっちは潔白と進路がかかっているんだ。しかし、動機がわからないと推理も的外れになるなあ。魚川君と警察などの情報がどのくらい入るかがカギだ)
午前中はそればかりを考えていたら、いつの間にかお昼休みになった。
とりあえず、花音の元へ行くと冷ややかな目を向けてきた。
「近づかないでくださる?」
昨日の三田先生の話では地学部の皆は蛍を信じているのではなかったのか? キョトンとしていると花音が小声で言った。
(ごめん、仲良くしているとこっちも疑われるの)
ああ、友情なんてそんなものか。とりあえず、部室でランチするかと地学室へ向かった。部室でランチすることはたまにあるから、基本的に地学室は昼休みは開いている。
「先輩、お疲れ様です。疑うなんて皆ひどいですね」
七海が気遣うように声をかけてきた。本当にいい子だ。
「俺も、石川は化石割るのが好きなだけで、何もない人工物を割る奴ではないと思っている」
金町も三田先生と同じこと言ってくる。
「あれ? 金町は彼女とランチじゃないの?」
「真奈の家族が発熱して自宅待機。今週は登校できないって」
「ありゃま。ほんと、嫌なウイルスだね。ここなら適切な距離で話せるけど、教室だと黙食だもん。今日はあの沈黙が嫌でここへ来たけど。犯人が単独犯というのも分断されて仲間を集められなかったのかな。破壊だけなら数人でやるのが時短で済むからなあ」
「先輩、推理は止めて早く食べないとお昼が終わってしまいますよ」
「あ、ホントだ!」
頼みの魚川からも連絡はまだ無い。今日は警察に呼び出されているから、話せるのはそれ以降だなとお弁当をかき込みながら思った。
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