第22話 魚川君、意外と使えない
『すまん、その時間は寝てたからわからない』
家に帰って真っ先に魚石を布で磨きながら聞いた魚川の答えはあっけないものだった。長時間校長室にいる間にスマホがバッテリー切れを起こし、通信不可能だったから、帰宅してやっと聞き出せたのだ。どうやらバッテリーが切れると話ができなくなる。以前言っていたように神通力は万能ではないようだ。
「役立たずのクソ魚ぁ! 持ち主が少年院送りになるかどうかの危機なのに!」
『確か以前、そうなったら院内の地層や石を調べるし、美蘭にわしを預けることになると考えてたよな。問題ないのでは』
蛍は無言で磨いている布を置き、ザックからハンマーを取り出した。
『待て待て待て、わしが悪かった。確かに冤罪で行くのは不本意じゃの』
「地学部の皆が信じてくれているのが救いだわ」
蛍はザックにハンマーを戻しかけたが、取り出して引き出しにしまった。
『そうか、ハンマーは持ち歩き禁止になったのか。しかし、犯人の動機はなんじゃろな。嫌がらせにしても美術室を選ぶ理由がわからぬことには。
こないだの黒真珠犯人みたく隠したものを盗もうとして見つからなかった腹いせか』
「あー、石膏像に隠したというベタなミステリはあるね。でも、文化祭のあれは型に流し込むのではなく石膏の塊を彫刻していったものだから、仕込めないはずだって先生達は言ってた」
『犯人には区別付かなかったのではないか? 夜中の暗い中、警備会社が駆けつける数十分でやってのけているから、選ぶ間もなかったのじゃろ』
「なーるほどねえ。焦ったあまり片っ端から何かを探すために割ったと。石膏って原料の石ですらモース硬度2だから、彫刻なんてもっと柔らかい。こないだの黒真珠みたく隠せる石はなんでもある」
『何も宝石とは限らんじゃろ? カプセルに入れた秘密の“ゆーえすびー”とか』
「いや、さすがにそれは石膏でも割れた衝撃で壊れかねない」
『ならば宝石でも同じではないか? 石によってはへき開という割れやすい方向があるからな』
その時、ノックの音がした。とりあえず蛍は黙り、机を片付けて勉強道具を出し始めた。母親には石友達のおじいさんが出来たと言ってあるが、電話ばかりしないで勉強しろと怒られる恐れもある。それに学校からも連絡が行ったため、容疑者扱いされていることも知っている。蛍は家庭内でも良くない立ち位置にいるのだ。
「と、とりあえず勉強しているように偽装するよ。魚川君、後でね。はーい、どーぞ!」
「よお、伯母さんから運ぶように言われた」
そこにはお茶と大福を持った美蘭がいた。
「ミラ兄、魚川君に会いに来たん?」
「それもあるが、伯母さんの愚痴にも付き合わされた。警察沙汰がこうも続くから地学部辞めさせようかとまで言ってたよ」
「ひ、ひどい。こないだは正当防衛。今回は濡れ衣なのに」
「で、愚痴聞いてくれたお礼と、蛍に勉強教えてやってくれといちご大福とお茶を運びに来た訳だ」
蛍は改めて時計を見た。午後四時近くを指しているから一時間くらい母に愚痴っていたわけか。しかし、いつもより良いお菓子だ。母親なりに娘を心配しているのかもしれない。
「ミラ兄にまで知られたか……。とりあえずお茶休憩しよ」
大福を食べようとした時、容赦ないツッコミが入ってきた。
「あと、偽装失敗している。数学の教科書に英語の参考書はさすがに変だぞ。どうせ、魚川君と事件の推理してたんだろ」
『さすがじゃの、観察眼は美蘭の方が上じゃな』
「事件のこと、神通力で何かを見てないか聞いたけど空振り」
「ふーん。おっ、これは
美蘭が嬉しそうに大福を口に運ぶ。のんきなものだと蛍は思った。
「ここの大きないちごがいいんだよなあ」
「はあ、ミラ兄はいいなあ。気楽そうで。私もいただきまーす。うん、確かにコンビニの大福よりいちごが大きい」
『なんかこちらまで食べたくなるようないい顔じゃの』
「はあ、明日から地学室登校しようかしら。皆の冷たい視線があったなんて」
(実は事件後から冷ややかに見ている者達がいたのだが、気づかなかったのだな。さすが蛍だの)
(今回はストレートに言われたけど、それまでは鈍感力発揮してたのでしょう)
「んー? 魚川君と内緒話してない?」
蛍がモグモグさせながら美蘭と魚石を交互に見て疑惑を向けている。鈍感力が強い癖に時々妙に勘が鋭くなる。
「い、いや、犯人の動機を考えてただけだ。物は盗られていないから泥棒じゃないと先生達は思ってるのか。
しかし、見つけたけどカムフラージュで全部壊したかもしれない。泥棒の路線で行くと今ごろは盗品をどこかで換金しているかも。
しかし、生活指導の高梁に目をつけられたのは厄介だな。マークされると評価落とされるとか、推薦貰えないとか嫌な奴だぞ。噂では鬱憤晴らしにやってるとか自分の生活態度悪いのを棚に上げてるとか」
「確かに厳しいね。クラスの人が地毛証明を医者から取ってこいなんて被害受けてた。クォーターの人なんて戸籍取らされてたもの。
それで事件は明日、警察に呼び出しくらってるから、その足で藤尾さんの質屋に言ってみようかな。盗品や詐欺の情報は質屋組合だかで共有されるというし。警察よりは教えてくれそうだ」
「そうだな、藤尾さんにしてみればデットストックが一個捌けた借りがある訳だし。
でも、その前にお礼は貰ったから伯母さんの約束果たさないと。じゃ、机にある数学から行くか。参考書取り替えて」
蛍は飲んでいたお茶がむせて咳き込んだ。
「そ、そんなことしなくても」
「俺の大学を希望するなら、もう少し成績上げないとな。この件で推薦取るのは難しそうだし」
「じゃ、レベル落とすかな」
「って、そんな気楽に変更する程度のものだったのか?」
「城北大学が一番近いから楽。一人暮らししたくないし。ん? 何で隅っこで頭を抱えてるの、ミラ兄?」
美蘭は落ち込んでいたが、素早く振り返り、立ち上がるとキリッと顔を真顔にして宣言した。
「いろいろと先行き不安だが、みっちりと教えてやる。覚悟しろ」
「ひえ~! ミラ兄がスパルタ教育ママと貸している〜」
『さすがに手助けせんぞ。自力で頑張れ』
「そ、そんなぁ」
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