第21話 蛍、容疑者となる
「失礼しまーす」
蛍が職員室に入ると担任の多村先生が近づいてきて、別室に案内された。
いや、正確には別室ではない。校長室である。校長の机の前のソファーには担任の多村先生と教頭先生に生活指導の
「ほとんどフルメンバーですが、どうしたんすか? あ、ここに座るんすね。お茶、いただきまーす」
異様な空気に包まれているのだが、蛍の鈍感力はここでも発揮され、空気を読まずにあっけらかんと蛍は空いているところに座り、置いてあるお茶に手を伸ばしかけた。
「石川、お茶の前に話を聞いてくれ。そのくらいの空気は読んで……いえ、皆さん、この生徒は一から説明しないと理解しないから」
三田先生はある意味、担任の多村先生より蛍を理解している。さすがに担任の立場が無いと思ったのか、次は多村先生が説明を始めた。
「石川、文化祭終わった二日後に美術部の石膏像が壊された事件は知っているよな?」
「はい、ホームルームでも先生が言ってたじゃないですか。
クラスの皆も騒いでましたし、中には『石川さんはハンマー持ち歩くから怪しいんじゃない?』なんてからかわれて」
文化祭の二日後、夜中に警備装置が鳴り警備員が駆けつけたところ、美術室や準備室が荒らされており、警察の調査と清掃のため使用禁止が知らされていた。
現場を見に行った野次馬たちによれば、壁に穴が空いていたり、床が石膏の欠片や粉塵で真っ白だったという。
破壊だけで盗まれた物は無かったから、悪質ないたずらか、近くの評判悪い
「石川、非常に言いにくいがその通りなんだ。君が容疑者の一人と噂に上がっている」
「は? 私の聞いた噂では黒鳶の不良達が嫌がらせしたって」
青天の
「防犯カメラからして単独犯だ。石膏像は全部叩き割られていたが、手口がな。床に投げつけたのではなく何かを振り下ろして破壊されていた。だから、ハンマーを持ち歩く君を疑う生徒が出始めている」
「た、多村先生、何を言っているのですか? 一体誰がそんなことを」
「特定はできないが、多村先生と私と地学部員以外の生徒、或いはそれ以外の教師かもしれない」
三田先生が言いにくそうに告げる。
「私や多村先生、それに地学部の皆は、石川は化石を見つけるために割るのが好きであって、石膏像や壁など人工物を割る奴ではないと認識している」
変な言い方だが、地学部関係は蛍を信じてくれているようだ。複雑な気分になりながら質問を続ける。
「防犯カメラには他に何か写っていなかったのですか?」
生活指導の
「そいつが防犯カメラを壊して犯行に及んだようだ。カメラに近づく画像もサングラスにマスクに帽子、黒のファストファッションの上下と分かりにくい。男女不明だが、君は髪が短いから帽子で隠れるからね」
予想外の答えだ。しかも、あんなに破壊されたのに単独犯とは驚きではあったが、なんとかしないと破壊魔と噂される。本当は化石を中身ごと粉砕することが多いから、地学部員たちにはそう呼ばれているが、鈍感な蛍は気づいていない。
「そ。そんな! そんなことで疑うなんて! ええい! ならば証拠だ! 我がハンマーに一片の石膏は無し!」
蛍がマイハンマーを突き出すと高梁先生が冷たく一言だけ放った。
「石膏なんて洗えば落ちるからな。それにそのハンマーではなく予備のハンマーかもしれないし、地学室の他のハンマーかもしれない」
あっけなく無実の証明は崩れ去った。固まる蛍に多村先生がなだめるように言った。
「何もここにいる皆が君を疑ってるいるわけでない。風評被害が広がったら君もいろいろと困るだろ? しばらくハンマーの持ち歩きを止めてもらいたい。警察にも被害届を出してあるから、そちらから連絡あったらこちらにも知らせるように」
「ううっ、石を持ち帰るのも手間だからその場で割ってたのに」
「いや、それだから疑われるのだって。ハンマーだって凶器だぞ。三田先生も甘いですよ」
「いやあ、普段はハズレだけど時々大当たりの化石を見つけてくるから目をつぶってたのですが。文化祭で展示したカニの化石も彼女が見つけたものだし」
多村先生と三田先生がわあわあ言ってるそばでさすがにしょんぼりする蛍であったが、内心は違っていた。
(こうなったなら、私が真犯人を捕まえてみせるしかない! 魚川君がいればなんとかなる!)
完全に神頼みというか他人任せだが、蛍は心の中で静かに闘志をみなぎらせていた。
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