第18話 荒れてはいないがワイルドな高校
『花音さん、今の放送は……』
「ああ、聞こえましたか。町民放送でああやって注意喚起するのです。不審者情報やひったくり犯クラスでも流すから大丈夫ですよ。それに今年は校内は保護者か卒業生しか入れませんから」
『しかし、それでも塀など越えて侵入されたら』
「ああ、うちの高校はその辺大丈夫です。鉄条網張って、更に松ヤニ塗ってます」
『は? 今何と?』
魚川の知識が正しければ、そんなものは刑務所など物々しい施設に張られているものだ。そして松ヤニ?
「うちの学校、サボる生徒多くて。塀を越えて脱出しないように塀に鉄条網張ってさらに松ヤニが塗ってあります。破けないように避けようとすると、松ヤニがどこかしら付いて制服が汚れます。ヤニは石けんくらいでは落ちませんから先生にバレるのです。
先ほどの火災も皆テキパキしていたのは数年前に火炎瓶投げられる事件があって。
隣の
想定外の答えだと魚川は唖然とした。蛍と言い、まだまだ人間は未知数である。
『……さすが、蛍さんが通う高校だけあるのう』
「あの子はいろいろ規格外です。親類の叔母さんによく似てるというからあのタイプが二人もいるのですよね」
『とにかく、傍から見ればあなたはスマホで一人で喋っているから、その不審者がいたら人質として狙われやすい。案内はいいから一旦地学室へ戻ったほうが安全ではないか?』
「えー、魚川さんは私の案内は不満ですか?」
『いや、そういうことではなくて、うら若き美人が一人だと心配だと思ってな』
「まあ、魚川さんはお上手なんだから」
〜〜〜〜〜
「強盗逃走中? ここには琥珀はもう無いから来ても空振りだよね。琥珀糖ならあるけど」
蛍が紅茶用のカップを温めながら隣の金町に話しかけた。
「あ、でも、ダイヤのレプリカは実は水晶だから百万まで行かなくても10万は軽く超えるかも」
「え? じゃ、ルビーはガラスと言ってたのは?」
「あれは、本当は合成だけど
「二人共セキュリティに関する話はしない! 蛍、カップのお湯を入れたら新たなお湯を沸かす!」
花音が予定より早く戻ってきたので二人共面食らった。
「あれ、花音? 魚川君と“うお散歩”だか、“うおブラリ”するのだったのでは?」
「さっきの放送で、心配してくれて一人より人が多いところに戻りなさいと」
「琥珀は無いから狙われないと思うけどなあ」
「今、サラリと金になりそうな話をしてたじゃないの。高校生には一万円でも大金よ。危機意識持ちなさいよ」
「へーいへい。じゃ、ちょっとお湯を沸かす合間にタピオカミルクティーを……」
蛍が傍らに置いたそれを飲もうとした時、外から「うわっ!」と叫び声が聞こえた。
「ひったくりだー!!」
『しまった! わしの心配が当たったのか、花音さんを不審者の近くに寄せてしまったことになるから、判断が裏目に出たのか』
(神通力で少しは予知しろよ。って今のはミラ兄の声だったような?)
蛍は心の中でツッコミつつ、さっきの悲鳴を確認するために廊下へ出ようとしたその時。
「地学室の皆さん! 逃げて!」
という叫び声と裏側の扉から不審な男が乱入したのは同時だった。
「さっきのタピオカ男だ……」
杉がボソッとつぶやく。男の手にはひったくったと思われるあちこち飛び散った形跡のあるタピオカドリンク。グシャっと片手でカップを潰し、中身を足で踏んでいる。
「男子! お客さんを守って! ここは一階だから窓から逃して! 通報は周りがしてくれる! 安全が先よ! 皆さん、早く窓へ!」
「おう! 山歩きで鍛えた足腰に化石を割る腕力、文化部と思って舐めるな!」
花音が叫ぶと素早く金町と男子部員達が不審者の気を引くために、男に奪われてもダメージの少ない武器としてお盆や氷水入りピッチャーなどを片手に飛び出て間合いをとる。その間に杉が窓を開けて客を避難誘導させる。
「この中にはタピオカはもうねえのか?」
男は男子達には目もくれず、殺気立った声をあげた。行動と台詞がちぐはぐなのが、余計に不気味だ。
これは隠れた方が良さそうだと蛍は思ったが、そのプランは彼の声で崩れた。
「蛍! 無事か? そいつ、タピオカを狙ってるぞ!」
「よこせぇー! それは俺のだ!」
男が叫びながら走ってきた。金町が投げたお盆もノーダメージのようだ。
(ミラ兄のバカ! タピオカ持ってるから隠れようとしたのに、わざわざでかい声で言うな! 魚川くんは花音が持ってるから策も聞けない。こうなったら、叔母さんの信条に従うしか無い!)
「私のタピオカは私が守るっ! ハンマーアタック!」
蛍は一旦タピオカを置き、腰に下げていたハンマーを両手に持ち、突進してきた男に向かって刺すように突いた。
「ぐあっ!」
男が苦痛に顔を歪め、崩れ落ちる。
部員と野次馬たちが、さっきとは別のざわめきと悲鳴に変わっていた。
「え、何?」
「死んだの?」
「あの子、なんでハンマーを持ってるの?」
そんな中、蛍は澄まして言い放った。
「安心せい、みね打ちじゃ。正確にはハンマーの柄でカウンターアタックでみぞおちを打っただけ。まあ、女子高生の力ではそこまでダメージ無いから骨や内臓は無事でしょう」
「蛍! 無事か! あれ?」
美蘭が入った時には既に気絶した不審者は男子たちによってガムテープで縛られ、七海たち女子部員達はいろいろな意味でショック状態で動けなかった。
「うむ、『力こそ全て。力こそ正義』と言ってた優花叔母さんの格言は本当だ。そして食べ物を粗末にするやつは許さん」
『蛍は無事か? それと優花叔母さんってさっきの話に出てきたパワフルな親類か』
魚川はわかってはいるけど、一応スマホを握りしめている花音に話しかける。
「そうです。蛍より強くてサッカーボールで不審者倒したとか、幽霊も火炎瓶で退治したとか怪しい噂が絶えません。表彰もたくさんされてます。
はあ、無事というか、今回は逆に蛍が過剰防衛で捕まるのではないかしら」
「俺、また蛍を守れなかった」
『こ、今回?! また?!』
美蘭が落ち込む中、遠くから救急車とパトカーのサイレンの音がして警察達がやってきた。
男の逮捕と地学部員たちへの事情聴取やらショックを受けた子のケアとかで、文化祭は今日は打ち切りだろう、と魚川は思った。
しかし、地学部は片付けを終えると再び呼び込みを始め、女子達もドリンクの準備を仕切り直している。
『か、花音さん。レンズに指がかかっているから見えないが、声からして地学部は営業を再開させるつもりなのか?』
「ええ、最終的には蛍が力で解決してくれるという安心感が我がクラブにはありますから。ま、事情聴取で何人か持ってかれるから縮小営業ですけどね。鉱石サンプルの見張りもあるし」
『え、えーと。い、今は令和だよな、昭和の戦時下や学生運動の時代じゃないよな』
「あ、蛍。魚川さん、じゃなかった。スマホを返す」
花音は警察に連れられて行く蛍にスマホを返した。音声はオフにしたが、通話状態だから頭を抱えている魚川が映し出されていた。
「あ、じゃあ伯父さんたちが迎えに来るまで俺も付きそうわ」
立ち直りが早い美蘭は荷物を抱えて警官を追いかけていった。
「美蘭先輩、結局は蛍と一緒なのね……。ま、部長だから現場は私がやらなきゃ!」
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