第19話 蛍、疑われるからの天然オチ
「だからぁ、タピオカを取られそうになったから、持ち歩いてるハンマーでみね打ちならぬ柄打ちしただけです!」
「それは何時頃ですか」
「それは花音、いえ部長が戻って間もないから午後一時半……って、さっきと同じ質問じゃん!」
蛍は繰り返される取り調べにキレそうになっていた。日が落ちてかなり時間が経っている。駆けつけた警官の規模から現場検証や捜索がありそうだから、文化祭初日の今日は打ち切りで早く帰れるとは思ったが、犯人でもないのに拘束時間が長い。しかも、最初は病院に連れられて検査をあれこれされた。そしてこのしつこい取り調べ。
明日の二日目のために早く帰りたいとウンザリしていた。
「よせ、流石に国家権力に楯突くのは特高に狙われるぞ」
冗談だかなんだかわからない言葉で美蘭はなだめるが蛍は不満が止まらない。
「いつの時代よぉ。せっかく守ったタピオカも取り上げられたし。カツ丼は出ないし」
「ドラマの見すぎだ、蛍。そうだ、お巡りさん。結局犯人は何でタピオカを買い占めてたのですか? そのくらいは教えてください」
「それもそうだな。彼は宝石強盗犯で逃走中だった。浅葱高校へ逃げたのは去年、地学室の琥珀窃盗に失敗してから再びそれを狙っていたらしい」
守田と名乗った警官は呆れたように話し始めた。
「って、去年の琥珀の犯人はアイツだったの? 再びって、こんな白昼堂々に? バッカじゃないの?」
「だからボヤ騒ぎ起こしてその隙にと狙ったが、見込みより早く消火されたことや肝心の琥珀が無いことで、またも空振りに終わる」
「あれ、博物館に寄贈して正解だったんだ」
「しかし、宝石強盗として追われていたし、服に松ヤニが付いていたから外部からの侵入者とバレるのは時間の問題だった。実際に教諭達の中には松ヤニが付いた男が大量のドリンクを買っている姿を見て不審に思ったらしい」
「そこで通報しようよ、先生ぇ……」
つくづく浅葱高の教諭は無能ではないかと思う。そういえば地学部も結局顧問の平井先生も三田先生もいなかった。
「で、盗んだ宝石の中で手元に唯一残った物をタピオカの中に隠したと供述してる。聞き出せたのはここまでだ。まだ彼は具合が悪くてな。君の打撃はかなり効いたみたいで全治二週間の打撲だそうだ。地学部員を除く聴取では不審者は君と勘違いしていたのが多数だった」
「ひ、ひどい。ただの化石と鉱石好きなだけの地学部員なのに。化石をいつ見つけても割れるようにハンマー持ち歩いているただの女子高生よ」
「お前なあ、その台詞だけでも充分不審者だぞ。それで、タピオカを買い占めてたということはその宝石が見つからなかったのですね」
さすが長年の付き合いだけあって美蘭は蛍の扱い方は慣れているし、話の飲み込みも早い。
「そうなんだ。だからさっき君たちのレントゲンを撮ったのも間違って飲み込んでないかの確認だったが異物はなかった。部員たちの証言でタピオカを買ったのは君たちと犯人だけと判っているから、地面に捨てた場所やゴミ箱も捜索中だ」
「宝石の種類は? レントゲンに映る云々だからピアスや指輪かな?」
「それは教えられない」
「人をネコババしたように扱うなんて失礼だわ」
「蛍、お前が言うな」
「黒タピオカそっくりな高価な宝石なんて黒曜石……は高くないな。オニキスか黒真珠くらいしか思いつかない。ジェットなんて普通の人は高いとかわかんないと思うし。あれ? あっそうだ」
蛍が思い出したように、カバンを探ってごみ袋を取り出した。中にはストローが入っている。
「急にこれで飲めなくなったのはもしかしてここに宝石が詰まってるんじゃ?」
「なんだと! 君、貸したまえ」
守田が手袋をはめてストローを取り、強く押すと黒真珠がコロンと転がりでた。タピオカより一回り大きいが確かに混ぜたら分かりにくい。
「あっ……。よ、良かった。そこらのゴミ箱に捨てなくて。でも飲んでたらクレオパトラみたく美肌になれたかしら」
蛍の呑気な感想に二人共ずっこけたのは言うまでもない。
「君ねぇ。さすが、森山さんの姪だけある」
頭を抱えながら立ち上がった守田が更に呆れたようにぼやく。
「あ、ユウ……もとい優花叔母さんをご存知ですか」
「ああ、過剰防衛ギリギリのラインで突き出した不審者や犯罪者は数知れず。表彰状も溜まりすぎてもう要らないと辞退するくらいの我が署でもレジェンドだ。顔を見た瞬間に親族だと判ったが、中身も似ているとは」
「叔母さんらしいなあ。でも、私は叔母さんと違って武術もミリタリー知識も無いですよ。石しか興味ないし」
「蛍、ツッコミどころ満載だが一つだけツッコんでおく。クレオパトラの話は眉唾ものだ。
だから飲んでたら美肌どころではない、苦しい苦しい胃洗浄か内視鏡手術だ。気道に詰まってたら呼吸できなくなってあの世行きだ。だから犯人は飲み込まない隠し方にしたんだよ」
「ふーむ、美人への道は遠いなぁ」
(俺の片思いも遠いよ)
(引き返すなら今だぞ、美蘭)
(いえ、優花叔母さんも結婚できたのだし、ワンチャンあるかと)
(その人の夫はマゾなのか?)
ずっこけた体勢から立ち直った守田が慌てて内線で何処かに報告を始めた。
「こちら取調室、探していた宝石が女子高生のカバンから見つかった。え、そちらもダイヤの指輪が回収できた? これで全部か。いや、真珠は彼女が盗んだのではなくて……」
「はー、全部見つかったからいいじゃないのー! お父さんお母さん、早く迎えにきてー」
「さっき、お前が尋問受けてたから、代わりに伯父さんへ連絡をしたが、警察から連絡あったと聞いた伯母さんが『ついにあの子が捕まった』とか言って倒れて病院にいるみたいだから時間がかかるな」
「うう、誰も私を信じてくれない」
「すまん、そこだけは俺も同じだ」
「ひどい。ミラ兄なんて嫌いだー!」
「ぐはぁっ!」
(……下手うったな、美蘭。しかし、この子のそばにいると退屈せんのう)
カオスな中、スマホ越しに魚川は達観するのであった。
〜第三部 完〜
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