第17話 謎の爆買い

「は?」


 大ニュースなのか分からないが、この寒い中、流行遅れのドリンクがこんな早い時間に完売したのは蛍以外の地学部的には衝撃だったらしい。


「だって、今日の最高気温は十二度ですよ? 朝から曇っているし。こんな天気に爆買いするなんて!」


 興奮気味に杉はまくしたてる。彼もまたタピオカミルクティー懐疑派であった。


「あー、なんか分からないけど大人気というより、少人数がラージサイズで沢山買っていったのね」


「男性一人がラージサイズを四人前。パシリですかねえ、お代わりもその人が何回か買いに来て。それ以外は普通ですね。琥珀糖も今日の分はあと二十人くらいで無くなります。カフェがここまで当たるとはすごいです、先輩」


「パシリ……。なんか、俺に似たものを感じる……」


 美蘭がボソッとつぶやいたときにやっと杉は彼の存在に気づいた。


「えっと、石川先輩の彼氏ですか?」


「えっ!? い、いや、その……」


「彼氏じゃないよ! 彼は先代の部長の石川美蘭先輩。蛍の親戚でもあるのよ」


 美蘭がちょっと慌てて説明しようとしたら、何故か花音が割り込んで否定してくる。蛍自身は、さっきもクラスメート達から同じような質問ばかりで答えるのがかったるくなっていた。

 いっそ、首から名札と関係性を書いたボードをぶら下げてもらえたら楽なのだとぼんやり思っていたら、魚川がスマホ越しに話しかけてきた。


『変なことが続くものじゃな。こんな寒い日にそんなに売れるとは』


「私の商才が開花したのかな」


『もしかしたらじゃが……』


 魚川と会話を続けようとした時、またも花音が蛍の元に割り込んできた。


「蛍、この人が石友達の魚川さん? おお、確かにイケオジ! 歌舞伎俳優とも名バイプレーヤーとも言ってもおかしくない渋さ! 初めまして。地学部部長の森下花音です! 蛍さんとは仲良くさせてもらってます!」


『おお、蛍の友人か。初めまして、魚川と言います。本当ならそちらへ行きたかったが、コロナでヘルパーさんに止められてな。電話越しだがよろしくお願いします』


「はい!」


 不謹慎かもしれないが、コロナ禍は時には便利なごまかし方ができる。また実体化されると丸一日眠る。しかも寝相があるのか石が動く。万一落ちて割れたら大変とクッションを集めたり、予め畳に置いたりと面倒だったのだ。

 そして、花音は年代問わずイケメンが好きなのだと改めて蛍は関心した。美蘭に関しても推しの感覚なのか思ったが、今日は忙しいからそんなことは考える暇はない。


「蛍、お願い。私の休憩時間にスマホ貸して。私がオンライン越しに魚川さんを文化祭を案内する」


「え、番号教えるよ?」


「私はデータ使用が今月はいっぱいなの、だから貸して」


 魚川の正体がバレるのではという心配があるが、かと言って、あんまり貸すのを渋って不審がられるのも厄介だ。


「大丈夫よ、あんたのプライバシーは覗かないから」


「んー、やましいものは入れてないなあ。写真は食べ物か採取した化石や鉱石だし。メッセージも部活くらいだし。あっ! そうだ! ソシャゲは絶対にイジらないで。勝手にガチャひいたら許さん」


「人のゲームをいじるなんて非常識なことしないよぉ」


 怪訝な花音に対して魚川が気まずそうに咳払いをする。


「じゃ、休憩入りまーす。魚川さん、いろいろ案内しますね」


 機嫌を直した花音が去ったので、蛍は飲みかけのタピオカミルクティーをパーティションの裏に置き、エプロンを付けて接客や案内を再開した。


「じゃ、俺も先生達に挨拶してくる」


 美蘭も飲みきれなかったタピオカ片手に地学室を去った。


 〜〜〜〜〜〜


「くそっ! これもハズレか! 確かに入れたのに!」


 男はタピオカミルクティーを人気のない裏庭の地面にぶちまけ、タピオカを手で潰していた。


 最初は火災を起こして噂の琥珀を火事場泥棒しようと地学部に入った。


 しかし、あるのは価値の低い石にレプリカばかり、琥珀は見当たらなかった。じっくり探そうとしたが予想より早く仕掛けたボヤが消されてしまった。


 ギャラリーが戻ってくる前に急いでこの場を離れないとならない。


 ここで捕まったら先程の宝石店での成果もおじゃんだ。警察も来るだろうし、職務質問や身体検査されたらおしまいだ。しかも、片手に鷲掴みにしただけの戦利品は逃走中で大半を落としてしまった。残ったこれだけでも隠し、何らかのタイミングで回収に来るしかない。見渡すとミニ調理場があり、保温中のコーヒーやカップが置かれている。


 宝石によっては熱い珈琲や紅茶では熱でダメになったりコーヒーの色を吸ってしまう。冷蔵庫を開けてみるとちょうどいい隠し場所を見つけて入れた。この気温なら恐らく影響は受けないし、コーヒーよりは色を吸わないはずだから取り返しはつく。中身が全く減ってないからほとんど売れないのは一目瞭然。だから自分が買い占めて取り返すつもりだった。


 そこまでしたのに、無い。


 誰かが買ったのか。焦っているとさらに窮地に追い込まれる市内放送がかかった。


『こちらは浅葱町安全生活課です。強盗事件が発生し、現在も犯人が逃走中です。特徴はニ、三十代の男性、黒い帽子を被り、マスク着用、サングラスをかけた黒っぽい上着とスラックス姿、凶器の所持は不明です。皆様、万が一怪しい方を見かけたら通報してください、繰り返します……』


 警察からもう連絡が伝わっている。男はとりあえず帽子とサングラスをゴミ箱に投げ入れた。服は男性なら皆来ているような色だし、コロナ禍で全員マスク姿だからすぐにはバレないはずだ。

 しかし、ここまできて手ぶらで帰るのも癪だ。侵入する際にフェンスを乗り越えたとき、鉄条網は避けられたが、塗ってあった松ヤニは避けられなかった。

 二重の罠なんて、どんな高校だ。在校生からしてヤンキーが多いと思えないが。


 とにかく、ブツが無い以上は長居できない。タピオカの売れ残りはないか、他に飲んでいる人間はいないか、逃走がてらに見て回るしかない。


 男は軽く舌打ちし、その場を去って行った。





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