第16話 美蘭、パシリにされて報われない想い
「お前、何の罰ゲームだ? この寒い日の中にタピオカミルクティーなんて」
美蘭が地学室に到着した途端、蛍から受け取ったそれは氷こそ入ってはいないが、冷えたタピオカミルクティーであった。それを持って蛍と校内を巡り歩く。
「しかも、お前のそれはタピオカのミルクティー漬けだし」
「売れないから私が消費……独占してるの」
やや拗ねたように蛍はストローを差した。そんなズレたところや拗ねたところもかわいいと思ってしまう美蘭は自分でも女を見る目が無いと思う。
『おお、美蘭も来たか! ちょうどいい。蛍、さっきのボヤで変なものを見たぞ!』
魚川がスマホから喋りだした。
「あ、魚川君のミルクティー忘れてた」
『そんなことより不審者が……』
そうして、彼はボヤ騒ぎに見た一部始終を話した。
「うーん、たぶん泥棒だけど失敗したと思う」
蛍はほとんどタピオカの飲み物をストローで吸いながら、というか食べながら返事をした。
『なぜそう思うのじゃ?』
「去年まで地学部所有の大きい琥珀があったの。でも、県の博物館へ寄付したから今は無い。それを知らない犯人が侵入して空振りに終わったのじゃない?」
「え? あれ、無くなったの?」
美蘭がちょっと驚いて聞き返す。さっきはドリンク受け取ってまた来ると言ってすぐに出てきたから、地学室の中をよく見ていなかったのだ。
「うん。去年、窃盗未遂があって。それで学校はセキュリティ問題から方針変えて寄付、と」
「あれ見るの好きだったのになぁ。あれは原石で表面しか見えなかったけど、磨いたら虫入りだったかもしれないし、ロマンがあったのに」
美蘭は七海とは違う方向のピュアなところがある。親類のはずなのに蛍と性格が違うは、親の育て方なのかそれとも環境なのか。魚川は人間はつくづく不思議なものだと思った。
『なるほど、そういうことか。でも、きらめくダイヤやルビーもあったではないか』
「あれは金町がでっかく『レプリカです』と注意書きしてたから。いいガラスらしいからそれなりに価値はあるけど、本物には及ばないよ」
『ふうむ、ならば大丈夫かの。念のため、この辺の通信網をハッキングしてみるか』
「魚川さん、神通力は万能じゃないと言いながらサラッとすごいことやってのけますね。しっかり現代のテクノロジー使いこなしてる。そういえば蛍への呼びかけもスマホからでした」
『本当に便利な世の中じゃ。昔は心の声が届いても、聞こえないふりされたり、ひどいとその者は狐憑き扱いされたりと可哀想なことをさせてしまったからな』
「そんな、哀しい歴史が……」
『だから、あれが無ければ今頃は割られていた。しかし、便利な時代だのう。蛍のスマホで喋ったり、時には無料ソシャゲをやらせてもらってる。なかなか面白いな、あれ』
「あーっ! だからいつの間にかランキングアップしてたり、ガチャの石が無くなったりするのはあんたのせいか。せっせと貯めた石を返せ。イベント時の方がSSR出やすいんだよ! 知らずに運営にクレーム入れるところだったわ!」
『え……そうじゃったのか。い、いや、授業中にも回復しているキャラをレベル上げしたり、時間毎の宝箱開けてやってるから。無課金かつ真面目な学生だと出来ないじゃろ?』
「そこまでせんでもええわい! 無料宝箱は素材の材料クラスだよ」
「ほ、ほら、ケンカしないで文化祭楽しもうぜ。他の展示だと文芸部のとかご定番のお化け屋敷とか。だから早く飲んでしまおうぜ。冷たいミルクティー飲んでちょっと寒いから俺は辛いカレーを買ってくる。蛍は?」
「そうだね、サンドイッチか焼きそばで」
美蘭がなんとか取りなし、屋台街へ走っていった。蛍はほとんどタピオカのミルクティーを相変わらず吸い続けている。
『蛍にとっては美蘭は兄妹同様の従兄かもしれないが、ちょっと雑な扱いではないか? 今のも“ぱしり”ではないか』
「なんでもワガママ聞いてくれるから、つい」
(報われない恋ってやつかのう)
物思いにふけっていると蛍が変な顔をした。
『どうしたのじゃ、蛍?』
「んー? ストローが詰まっちゃった」
蛍が怪訝な顔をした。こういう時、普通の女子はストローを取り出したりするが、ずぼらな彼女は力技で吸おうと真っ赤な顔して吸い続けた。
「ん~!! だ、だめだ。やはりタピオカ入れすぎたか。ストロー捨てて、直飲みかな」
蛍はストローを取り出し、ゴミ箱を探したが見当たらなかった。コロナ対策もあって今年はゴミ箱が無い事をすっかり忘れていた。
『蛍、ポイ捨てはだめだぞ』
「ほら、ティッシュとゴミ袋をやるから捨てずにカバンに入れとけ」
いつの間にか食べ物を買って戻ってきた美蘭にも見られていたようである。ジト目で焼きそばを蛍に渡し、カバンからティッシュとミニごみ袋を出してきた。
「あ、ありがと。ちょうど切らしてたから困ってたんだー」
蛍は笑ってごまかして受け取ったが、普段からそんなたしなみが無いことは一人と一匹はわかっていた。
素早くストローをティッシュにくるみ、ゴミ袋にいれてカバンに放り込む。ちらと見えたカバンの中は部屋同様ごちゃごちゃであった。
「お前なあ、少しは整理……いや無駄か。休憩終わったら戻るんだろ? 挨拶がてら地学部の皆に会うよ。七海さんは元気?」
「うん、お守り効いたのかおばあちゃんの具合も安定してきたって」
そんな他愛もないことをしゃべりながら地学室へ入ったとき、後輩の一人、杉が興奮さめやらぬ顔で「副部長、大変です!」とやってきた。
「タピオカミルクティーが完売しました!」
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