第13話 菓子作りもお茶入れも雑な副部長

「えーと、鍋に火にかけて砂糖と寒天を溶かし、そこの好きな色のかき氷シロップを入れます、と」


「こちら、既に作ったものがございます。ちょうど二日前に作って乾燥したものです。出来立ても美味しいですが、乾燥させるとまた違った歯ごたえで美味しさも違ってきます」


「これをすりこぎ棒などで叩いていきます。出来立ての柔らかさならば包丁できれいに切ってから乾燥させるのもありですね」


『一人料理番組しているのか、蛍。それとも料理ユーチューバーになるのか?』


 今日は両親がいないので、ゆったりとキッチンを借りて蛍は琥珀糖の試作に挑んでいた。正確には魚川がいるから一人ではないが。


「私が琥珀糖担当だから、作り方を練習しないと」


「スマホ内のレシピを見ても難しそうには思えないが、お主はこないだからべっこうあめばかり作ってないか? 食レポ見るとそんなにカチカチではないぞ」


 確かに手元のは琥珀糖というより、色あいも砕く音もべっこうあめそのものであった。


「ふ、二日前は火加減間違えたんだよっ」


『昨日の分はやや薄い茶色、今の鍋も茶色くなりかけているからべっこうあめばかりにしか見えぬ。火加減が強いのじゃろ。それに二日前のものに手をかけるより、今は鍋に集中しろ』


「あーあ、魚川君が普通の魚ならこの琥珀糖を水槽にぶち込むのだけど」


『いや、普通の魚でもそれは死ぬぞ。しょうがないなあ、ほれ』


 見る見るとコンロの炎が小さくなっていき、とろ火となった。


『これで今のうちにシロップを足せばカバーできる。入れたらお主が火を消せ』


「ううっ、仙人とはいえ、現代のお菓子作りを手助けされるとは」


 蛍がブツブツ言いながらもシロップを入れると確かに今までより綺麗な色になった。言われたとおり火を消してこれをバットに流しこみ、乾燥させれば出来上がりである。


「さ、三度目の正直だ」


 蛍が喜びかけたところにスーパーの袋を持った美蘭がやってきた。


「はあ、神通力の無駄遣いさせてる……。普通は願い事叶えようとか、金が欲しい方向に行くのに、なんで菓子作りの手伝いなんだよ? それにその失敗作は俺が一人で食べさせられるのか? お菓子の試食と聞いて口直し用の食べ物や飲み物を買ってきて正解だった」


『おお、美蘭。待ってたぞ。試食会というかお茶会なら人数が多いほうがいいからの。ま、わしは香りを嗅ぐだけだが』


「しかし、魚川さん、神通力をもうちょっと張り合いのあることに使うのがいいのでは?」


『張り合い? 張り合いとはなんぞや? ある仲間は鉱脈探しに付き合わされて、透明になった石が暑さで茹だる悲劇があった。

 お主らがよく知っている長崎の仲間は邪推されて割られてしまった。

 我らは万能ではないし、打ち出の小槌でもないのに勝手に期待する欲にまみれた輩が多すぎる。その点、蛍は欲が少ないから付き合いも楽だ』


 美蘭はちょっと痛いところを突かれたようで黙ってしまった。


「確かに魚石の伝説は持って眺めるだけで幸福の象徴。欲望のベクトルが規格外の蛍には合ってるのでしょうね」


「私は魚川君がいればそれでいいもん。万一の時は塩焼きという人類未踏のグルメになるし」


『前言撤回。気が抜けない』


「ところでミラ兄、さり気なく私をディスったのは気のせいかなあ? 失敗作のべっこうあめを沢山食べたいみたいだねえ」


 邪悪な笑みを浮かべながらべっこうあめ入り袋を美蘭の前に突き付ける。


「止めろ、悪かった。今までの失言は取り消す。しかし、そのべっこうあめ、細かく砕いてコーヒーシュガーにした方が処理が早くないか? 瓶に『琥珀をイメージしたコーヒーシュガー』と書けば誤魔化せるな」


「あ、そのアイディアいただき、さっきから硬い飴の砕ける音だからどうしようかと思ってたんだ」


 ビニール袋に入った琥珀糖のなりそこねは確かに見た目がコーヒーシュガーである。


「どうせなら出来立てのものと昨日の乾燥させたものと食べ比べしてみようぜ。何回か一緒に作ればコツもわかるだろ」


「ああ〜、お優しい美蘭お兄様〜」


「なんか裏がありそうな猫なで声だな。ところでその袋は何だ?」


 美蘭が指さした先にはちょっと前に流行ったタピオカ粉と黒糖があった。


「琥珀糖作りをする代わりに好きな飲み物一品を足す条件を出したの。タピオカミルクティーが飲みたくて。で、黒糖タピオカ作って冷凍しておく」


「蛍、ミルクティーは業務用の市販品を買え。絶っっっ対にだぞ! その方が時短になるし売れ残った時の損害も回避できるし、フードロスに貢献できるっ!」


「ミラ兄、綺麗な言葉ばかりだけど、私のミルクティー作りが下手だから止めろと言いたいのでしょ」


 蛍が冷ややかな目を向けると美蘭は目を逸らしながら言った。


「まあ、そ、それもある。お前が作ると、コーヒーも紅茶でも渋い謎の煎じ薬となる。その前にとっくにタピオカミルクティーブームは下火、天気によるが十一月は冷えるから冷たい飲み物は売上が微妙だぞ」


「花音と同じこと言うねえ。ま、作る量は他のドリンクの半分で手を打ったし」


「ちょっと待て。タピオカ粉五キロが半分だと?! 作ったら水分吸ってふやける事を知ってるのか?」


「まさか。全部使わないよ。余ったらお家で小分けして怪しい白い粉ごっこする」


「……お前の言う冗談はシャレにならん」


『そのへんは大丈夫じゃ。蛍の母親がタピオカ粉を使ったレシピを検索していたから、菓子作りか手打ちうどんに混ぜるじゃろ。今どきのうどんはタピオカ粉でもちもちにさせるそうじゃな』


「ママなら使いこなせそうだし、お菓子なら文化祭の皆への差し入れ作ってくれるかも」


『一応言っておくが、業務用だからって買いすぎだと半分怒ってたぞ』


「えーと、昨日の琥珀糖を切りますか」


 そうしてガヤガヤと試食会となる。昨日のは確かに出来立てのものよりシャリシャリした感じ、対してさっき冷やし固めたものはプルンとした食べごたえだった。ちなみに二日前のはやはりコーヒーシュガーにするしかない硬さと焦げ臭さがあった。


「さっきの手順でやればいいとわかったし、きれいで美味しいけど、やっぱり砂糖だから口の中が甘すぎる。ひと皿にキャラメルくらいの大きさを四、五個でいいかな」


「そう思って、コーヒーはブラックを入れておいた」


 いつの間にか美蘭がドリップコーヒーを三つ入れ、それぞれの前に置いた。


「魚川さんは香りだけだけど、コロンビアコーヒーのいいやつだから満足するかな、と」


「ミラ兄は気が利くねえ。うん、美味しいコーヒーだ。ミラ兄のお嫁さんになる人はいいなあ」


(うむ、いい香りで腕が良いな。嫁については……まあ、なったらなったで、アゴでこき使われるな)


(放っといてください。全ては予想してます)


(その前に相手は全く気づいてないぞ)


(い、言わないでください。ううっ)



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