第三章 祭りはトラブルと共に
第12話 文化祭がやってくる
「えー、今年の文化祭の出し物は我が地学部から毎年恒例の化石と鉱石の展示にしようと提出したところ、毎年同じでマンネリなのではと平井先生から意見がありました。皆さん、、他に何か提案ありますか?」
とある日の地学部の部活。今日は文化祭の出し物についてミーティングをしていた。
秋の空気が迫ってきた、なんてものではない。近年の気候変動により一昨日までは麦茶を一気飲みすることができた暑さだったのに、今日は長袖にすれば良かったと後悔し、そして何か羽織りたいくらい冷えていた。
「うう、寒い、寝たら死ぬ。眠ってはいけない……」
蛍は腕組みをしてカタカタと震えていた。本当に何かジャージでも持ってくればよかったと後悔していた。十月はいろいろと油断ならない、寒いと眠気が襲ってくるからと必死に腕をさすっていた。
「はい、副部長。冬山遭難のふりをして居眠りしようとしない!」
部長である花音が厳しく蛍を指す。いや、自分は寒いとか暑いとか辛いと身体が現実逃避して眠くなる。あくまで防衛本能だ、と反論したいが言い返す元気がない。寒い。
「さ、寒いだけだよ。なんか温かいもの飲みたい……ん? 部長、なんなら地学カフェを併設したらどうでしょう?」
「地学カフェぇ?」
部長である花音が怪訝な顔をする。
「まさか、玄武岩コーヒーとか黄銅鉱リンゴジュースとか変なネーミングのドリンクでも出すの?」
蛍のセンスを普段から知っている部員達はウンウンと頷いている。ここまで信頼されてないのに副部長なのは、肩書を与えることによって、少しでも暴走にブレーキがかかるだろうと言う去年の部長であった美蘭の提案に全員が賛成したからであった。実際には、部員たちは肩書を押し付けたかったからであるが。
「センス無いって勝手に決めないでよ。確か、宝石みたいな見た目の琥珀糖というお菓子があって。それとお茶やコーヒーセットの簡単なカフェを併設したらいいかなと」
「蛍、あんたにしては珍しくいい提案ね。琥珀糖は確かに写真で見たけど宝石みたいな色合い。作り方も寒天と砂糖で固めて乾燥させるから難しくないみたいだし。ドリンクも十一月は寒くなるからホットコーヒーに紅茶ともう一種類くらいとシンプルに出来る」
「くつろいでいる間に展示を見やすいように、いつもより文字を大きめにするとか手抜きできるよ」
「手抜きは余計よ。まあ、見やすいディスプレイにするか、ランチョンマットに地学トリビアを印刷するのもいいな」
花音がブツブツと独り言を言いながら長考モードに入ってしまった。いつもなら先生が進行を促すのだが、先生がいない。
「金町、平井先生は休みだっけ?」
「今度は先生自身が発熱して検査結果待ち、今夜判るって」
そうか、だから先生がいないのかと蛍は納得した。しかし、聞くまで気づかない副部長も相当なものだが、他の部員の冷ややかな視線に蛍が気づくはずもない。
「部長、委員会の提出期限もあるから、概要に簡潔に展示とカフェで提出して後で内容を詰めればいいと思います。それと琥珀糖出すなら、宝石やパワーストーン系の石の展示を多目にすると女子受けするかもしれません」
七海が手を上げて意見する。しっかりしてきたなあ。こないだの騒動から成長したのかと蛍はしみじみとする。あのあと、藤尾さんの質屋に本当に見学に行っていろいろと宝石を見せてもらったらしい。
そして、彼から伝言として魚川君にもまたお会いしたいとも聞いていた。
しかし、ホログラフィとはいえ姿を出すと消耗するらしく、魚川君はこないだは本当に丸一日ほど寝ていた。美蘭が提案した嫌がらせのヘッドフォンを当てようとして止められたくらいだ。普通の人ですら丸一日眠るのは疲れてるのに、仙人クラスだと相当な疲労だろうからから寝かせとけというのである。
提案したのは美蘭なのにと不満を言ったが、レア石に負担をかけたくないとの一点張りであった。
しかし、二年は忙しい。修学旅行の次は文化祭。そしていよいよ進路決定。進学校ではないとはいえ、目標の大学が決まって勉強に力を入れる組と就職かフリーターすればいいやとのんびり構える者と二極化する。
蛍は石を学びたいから美蘭や父親と同じ大学か、地学を学べる他の大学かなと思ったが、まずはお祭りを楽しむことだ。
琥珀糖は憧れてたからなんとなく言っただけなのに食べることができそうだ。役得役得と微笑んだその時。
「では、宝石のレプリカ展示は金町君の家から借りて、琥珀糖作りは副部長に任せたいと思います。賛成の方は手を上げてください」
ほぼ全員が手を上げた。蛍は腕さすりを止めて思わず立ち上がった。
「な、なんで私なの? 展示の案や飾りとかもっと、こう、副部長らしい大事なことがあるでしょう?」
「石川副部長、去年の『サメの歯化石等破損事件』はお忘れになりましたか?」
花音が冷たいトーンで問いかける。確かに去年の文化祭で化石をディスプレイしているところへ蛍がダイブするように転んでしまい、化石が割れてしまったのだ。他にも大きめのシダの化石などが巻き添えになった。
「う……。で、でも夏にカニの化石採ってきたじゃない」
「琥珀糖ならば好きに割るなり切るなりできますから適任かと。あと……」
他にも何かやらかしただろうか、蛍が頭の中をぐるぐるさせていた。
「こないだの糸井さんの件、人数制限を理由に私を弾いたのに、結局は五人で集まってたそうじゃない! しかも、五人目は車椅子のイケオジ! いろいろと副部長らしくない振る舞いです」
「かの……部長。それは単なる妬みでは? それにミラ……美蘭先輩目当てで何故、魚川のおじいさんが出てくるのか謎」
「と、とにかく石川副部長には琥珀糖作りを命じます!」
「分かりました。ただ一つ条件があります」
「なんでしょうか?」
「琥珀糖作りと併せて私提案のドリンクを作り、小売もしていいでしょうか」
花音は何か企んでいると思ったが、一つくらいは妙なドリンクがあっても差支えないと思い、了解した。
この決定が後に起こる事件に巻き込まれることになるとはまだ誰も知らない。
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