第11話 本物だけど偽物

 喉が渇くだろうから、先にホットコーヒーを運んでもらって、蛍は推理を披露した。


「翡翠には二種類あって、硬玉のジェダイトと軟玉のネフライトがあるの地学部なら知ってるよね? 魚川君も石が好きなら当然知ってると思うけど」


 全員が頷く。流石である。


「で、二つは似ているけど、和名を硬玉と軟玉というようにネフライトはモース硬度がジェダイトよりちょっと低いからその気になれば刃物で削れる。一方、ジェダイトは刃物では傷は付かない。名前の部分を削ろうと素人がやると割れるかもしれないし、研ぐにも苦労するはず」


「あっ、それであの傷はひいおばあちゃんの名前を削った跡!」


 七海が驚くようにして手を打った。


「中国はネフライトが多く採れるからどちらも翡翠扱い。一方、日本は主にジェダイトしか産出しないからそれは『本翡翠』と呼んでネフライトより高く売っている。

 昭和初期の宝石事情はよく分からないけど、ひいおばあさんのは恐らくネフライト。だからひいおばあさんの形見という意味では本物だけど、本翡翠ではないから偽物とも言える。藤尾さんもそれを察して私の質問に煙に巻いたのだろうね。先ほどの藤尾さんの答えのとおり中国ではどちらも本物の翡翠扱いだけど」


 一気に喋ったら喉が渇いた。少し冷めたコーヒーを飲みながら周りを見ると頭を抱える七海、モロに『あちゃー』という顔の美蘭、『言おうと迷っていたが、先を越されたようじゃ』とうんうん頷く魚川。三者三様の反応であった。


 特に七海はどうするのだろう。恐らくひいおばあさんの形見が見付かったけど、傷がある上に、それによって本翡翠ではないという事実か露呈してしまった。


 このまま買取っておばあさんに渡す手もある。しかし価値が落ちるネフライトという事実は伏せておくか悩むところだろう。もしも、おばあさんがこの二つの違いを知っていたら落ち込むかもしれない。


「私、祖母に写真を見せて話します」


 七海が決心したように顔を上げて言った。


「本翡翠ではないけど、ネフライトならインド翡翠と違って翡翠の一種とも言えます。傷に関してはさすがに名前を削られたのはショックでしょうから、流通のうちに傷んだと説明します」


 さすがに名前の部分は伏せるかと思ったら、重い事情を打ち明けてきた。


「実はおばあちゃん、癌が見つかったのです。それで入院の準備中なんです。昔の姿でなくても帯留めを見せれば少しは喜んでくれるかと」


「そっか、じゃ、七海。あの帯留め買取るのね」


「はい、両親と相談します」


「ならば、七海からもお守をプレゼントしたら?」


「え?」


「私と一緒に新潟の糸魚川の海岸で翡翠を拾うのよ。あそこは本翡翠しか落ちてないし、真贋鑑定も近くの店でやってくれるし、希望すれば加工してもらう。原石でも綺麗ならそのままプレゼントするのよ。お手製とは言い切れないけど、七海が拾った石のお守なら心がこもってるよ」


「先輩……」


 涙ぐむ後輩、一見いいシーンではある。


 しかし、二人は騙されなかった。


(単に蛍が翡翠を拾いに行きたいだけですよね)


(わしもそう思う)


(蛍のことだから、翡翠に似た偽物のキツネ石をザックいっぱい拾ってドヤ顔で伯父さん見せて笑われるオチまで見えます)


(本当に蛍の性格を知り尽くしているの、お主)


(伊達に長く幼馴染やってませんから。でも、糸魚川はめのうや他の貴重な石も拾えるというし、ハンマーが要らないから初心者向けの地学部活動にはなりますね。俺が一年生の時は夏の合宿でやりました)


「あー、それにしても藤尾さんの質屋さんって、すごいなあ。今度お店行ってみたいや。買えるかどうか分かんないけど」


「本当に、あんな古い品物まで保管していて。見学したいですね」


(これもきっと、古い質流れ品をガメられないか画策してますね)


(ガメても、デザインなどが古いから売れないのではないか?)


 そうしてパンケーキが運ばれてきた。推理を披露しながら喋ったからコーヒーはすっかり空になっていた。


「はー、長く喋ったからのどが渇いた。お代わり頼むか。すみませーん、タピオカミルクティーありますか?」


「蛍、まだ頼むのかよっ! それにもうタピオカは下火だからメニューにも無いぞ。見てから注文しろ」


「あのつぶつぶ感が好きだったのになー」


(お主、こんな非常識で破天荒な幼馴染のどこがいいのだ?)


(人間には割り切れない感情がいろいろあるのですよ)


 その後、七海は両親に相談してあの菊花の帯留めを買い取り、おばあさんに渡したという。

 傷については少しがっかりしていたが「この模様は母の物に間違いない」と涙していたそうだ。


 そして蛍は父と七海と一緒に糸魚川の海岸へ行って翡翠拾いをした。


 ビギナーズラックなのか、七海は綺麗な緑色の翡翠の原石を拾い、お守りとして祖母に渡したが、蛍は美蘭の予想通り偽物石ばかり拾い、工房の鑑定でツッコまれまくりだったそうだ。成果は糸魚川石という青翡翠に似た石が一つ。


 ちなみに糸魚川石は長年青翡翠と勘違いされていたが、近年日本固有の新種と判明し、採取場所も日本、それも糸魚川と鳥取しか採れないレアな石である。


「蛍は石を見る目ないが、必ず最後に誰も拾えないようなレアな石を拾うなあ」とまた父親に笑われたそうだ。


 〜第二部 完〜

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