第10話 三人目の候補

「それで七海、最後の人は?」


「藤尾さんという質屋さんです。質流れ品の古いものにいくつか該当しそうな物があったということです」


 また複数見るのか! と蛍は慌てて残りのパンケーキを食べ始めた。焦って慌てて食べる姿に美蘭は呆れ顔、魚川は笑いをこらえている。見せつけるつもりが笑いを提供することになるとは。


「せめて見終えてから注文すればいいのに、残念な奴だ」


『まあまあ、蛍君も育ち盛りだから食べたかったのだろう』


 そうしてかきこむように食べ終えた頃、ドアベルが鳴り、藤尾さんらしき男性が現れた。こちらはスーツ姿のパリッとした人だ。どうやら蛍の努力は間に合ったらしい。


(悪意も邪気も感じられんな。品物も本当に質流れ品のようだ。古い気を感じる)


(蛍が大人しいから、彼は普通ですね)


(なあ、蛍は鋭いのか鈍いのかよくわからなくなるのだが)


(それは十七年一緒にいる俺も同じです。いろいろと規格外ですから)


 先の二人と同じ挨拶をしたあと、藤尾氏は名刺を全員に配り、トランクケースから品物を取り出した。


「藤尾質店の店長の藤尾と申します。うちは江戸時代後期から営んでいる老舗です。戦火も免れたから古い質流れ品もあります。糸井さんの仰る緑色の石っぽい帯留めをSNSの写真を参考にいくつか持ってきました。昭和初期なら翡翠かと思いましたが、合っているでしょうか?」


 そう言っていくつかテーブルの上に出してきた。素人目だがどれもこれも翡翠、或いは高級な宝石であるのは一目瞭然だ。先程のものとは全然違う。

 しかも、伏せていた彫刻入もある。菊花に桐の葉と種類も様々だ。


「すごい……! これが本物の翡翠!」


 全員が息を呑む。さっきの小沢氏の帯留めとは雰囲気も色も違う。淡い緑、濃いめの緑色、白と緑の二色になっているバイカラーもある。むしろこれだけでも近代史史料になるのではないかとすら思える美しい品々であった。


「言わなくても翡翠とわかるなんて流石ですね、皆さん。蔵の奥にあって、戦後のやり取りの記録が残っていたものを持ってきました。やはり終戦後から買取や質流れが増えていたようですね」


 きっと終戦の混乱などで生活が苦しかった影響なのだろう。


「糸井さん、おばあさまの記憶では手放したのは終戦後何年くらいか覚えていましたか?」


「えっと、中学生になる頃には無かったと言ってたけど、昭和何年なのだろう?」


 美蘭が素早くスマホで検索している。


「中学生ということは昭和二十二年に現在の義務教育になったと文科省のページにあるな。それ以降か」


「なるほど、では前後して終戦の年からから二十三年のころとすると、これとこれがありますね」


 そう言って藤尾氏は二個の帯留めを指さした。どちらも美しい緑色の翡翠だ。しかも菊花の彫刻入りだ。考えればあの時代は物を売るときは質屋さんが定番だし、充分ありえることである。


 しかし七海がルーペを見たとき、「あれ?」と声をあげた。何か異変に気づいたらしい。


 蛍も借りて写真に撮る。これはあらゆる角度から撮らないとならない。

 菊花の模様、翡翠、名前さえ見つければ確定だ。SNSの周智が集まるとすごい。

 しかし、名前が見当たらない。代わりと言っては何だがわずかな傷があった。七海が声を上げたのはこれか。


「少しだけ傷がありますね」


 蛍が藤尾氏に聞くと帳簿をめくりながら答えた。


「買取で持ち込まれた時は異常なしですね。その後、一旦買われたお客様がいましたが、結局質入れして流れたようです。その際に何か傷がついたのかもしれません」


 つまり、ずっと質屋に眠ってたわけではない訳ということか。


 もう一つの菊花の帯留めも見せてもらう。名前が無いからハズレと明らかだが、こんな機会は滅多にない。できればこのままいただき……いやいやいやいや、藤尾氏は紳士的だし、物からして本物の質屋だ。こっそり検索したらページが出てきて十代目店主として藤尾氏の写真がある。

 こんなところで強奪なんてしたら、本当に少年院送りになる。くすねるのはやめよう。と蛍は逡巡したあとに結論を出した。


(蛍から妙な葛藤の気が見えるのう)


(大方、欲しいけどガメたら捕まるという葛藤です。去年は俺が、今年は後輩の花音さんがストッパー役を果たしてます。現にあなたも長崎で花音さんとのやり取りを聞いたのでしょう?)


(お主、ある意味でわしより蛍の心が読めるのだの。わし、つくづくとんでもない娘に拾われたものだ)


(あいつは石を見る目は基本的にないのですが、何故か最終的にとても珍しい石や化石を見つけるのです)


「ありがとうございました。祖母に確認を取りますので、お返事をお待ちください」


 七海がたどたどしく言い終えると、蛍は質問を挟んだ。


「質問ですが、鑑定にはやはり、真贋を見極める目が必要ですよね? お宅の扱っている翡翠は本翡翠のみですか?」


「微妙な質問ですね。本翡翠はもちろん扱ってますし、軟玉も扱ってますし。昭和初期にはどちらも流通していたと考えられますね。中国では硬玉と軟玉も同じ翡翠扱いですからそういう意味では偽物ではございません」


 商人らしいというか、政治家みたいに煙に巻かれてしまった。


「わかりました、ミラ兄、魚川君へ二つ見せてあげて」


 魚川君も細工の見事さに感心しているが、やはり菊花の帯留めの傷が気になるようだ。


『こちらの菊花の帯留めは見事ですなあ。傷がちょっと、残念ですが戦時下でしたからいろいろあったのでしょうな。私は戦後生まれですが田舎でしたから、ほとんど被害なく過ごしていたものですから。この辺りだと戦火の影響もあったのかと』


 田舎と言うが、あの長崎にいたのだ。もしかしたら原爆の影響を受けて中身ごと焼かれたかもしれないのにサラッと嘘をつく。


「では、祖母に確認を取りますので、後日連絡します」


 七海がそう締めて、藤尾氏も引き上げて行った。蛍はすかさず追加のコーヒーとパンケーキを頼んだ。今度はベーシックにバターとメイプルシロップがけだ。


「お前、まだ食べるのかよ」


「だって、出来立てが美味しいもの。それにさっきの帯留めの真偽もわかったから店に長居するだろうから、ショバ代ってことで」


「先輩! 何かわかったのですか?! どちらも当てはまらなかったのに?」


「なんで、あれで真贋わかるんだよ、蛍」


『ふむ、わしも蛍君の話に興味がある』


 それぞれ食いついてきた。ま、パンケーキくらいはゆっくり味わいたいが、まだ来ないだろう。さっきより余裕あるし推理を話すか。


「結論は傷つきの帯留めの方がひいおばあさんの物で本物。だけど同時に偽物とも言える」


 全員が狐につままれたような顔をした。



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