第14話 文化祭の準備は進む、下心も進む
文化祭も三日後になったある日、地学部はレイアウトをセッティングしていた。ミニカフェ用に調理スペースのパーティションを立て、テーブル代わりの机と椅子をいくつか寄せる。そのままだと味気ないのでテーブルクロス代わりの模造紙を敷いていく。布ではなく紙なのは汚れたらすぐに取り替えが利くからだ。
琥珀糖を出すミニカフェなので、展示の内容は七海の案が通り、宝石に関する説明と展示中心となった。もちろん、盗難防止として鍵付きケースに入れたり、万一盗まれても損害が抑えられるよう安いレプリカや原石が中心で残りは自分たちで採取した水晶や黄鉄鉱などだ。あとは写真を貼っていく。
ダイヤの研磨技術がない頃は鉄鉱石を鏡みたく研いでキラキラさせて宝飾品にしていたというから、そのアクセサリーの写真を添えて宝石枠にした。黄鉄鉱の原石も真四角や多面体に結晶しているからギリギリセーフだろう。
しかし、さすがに数十年前に部活の合宿で採取された琥珀の原石は博物館から借りようとしたら、断られた。
かつてはこの学校の所有であったが、原石で三十センチ四方という大きさから、寄付してほしいという各方面の圧力や、売ってほしいというコレクターからの依頼を断るという面倒ごとが起きているうちに、昨年に盗難未遂騒ぎが起きてしまい、安全面もあって博物館へ寄贈されてしまった経緯がある。
「あの琥珀があったら目玉になったのになあ」
蛍が展示物を貼りながらブツブツ文句をつける。
「しょうがないじゃない。あれは原石だけでも値段は相当するわよ。いろいろあって博物館へ寄贈したからね。無い袖は振れない」
「確かに歴代の生徒も目がギラついていたと聞く。『この破片だけでも』『売ったらいくらだろ?』と口走ってたというし、私も似たこと言ったし」
「だから、蛍は容疑者リストに入ったのよね。地学部管理だったし」
「本当に失礼しちゃうわ、やるならドーンともっと高い宝石か現金を盗む。あれはでかすぎて重くて逃げるのに不利だし、盗品は足元見られるし、原石だから買い叩かれるのが相場よ!」
「あんたね、怒り方の方向が違う」
「でも、先輩。黒曜石は何種類も展示できるからこれはこれで綺麗ですよ。水晶もあるし。でも琥珀の実物は見たかったな」
七海がフォローするように言う。
「まあ、見たければ県立博物館へ行くしかないな。それより、俺の家から借りてきた世界最大のダイヤやルビーのレプリカもあるから、華がないわけではないぞ」
金町が誇らしげに言う。ガラス製ではあるが質がいいものらしく、ケースの中でキラキラと輝いていた。蛍もそうだが、地学部には親の影響で鉱石好きになった者が多い。金町も家にあるコレクションから比較的安価なレプリカを親から借りて持ち出しで展示しているのであった。
「ちゃんと展示ケースとライトも借りたし」
「しかし、この綺麗なきらめきで安価なんて。レプリカでも高そう。どんだけ金待ちなのよ」
「レプリカでもさすがに合成とはいえダイヤの方を借りると大変なのでこっちのガラス製になった。うちは本物に近いレプリカも集めているんだ。合成だとクラックやインクルージョン無いし、天然より安いから気軽に買い比べしてるよ」
「金町の家も相当石が好きだね。ま、今年は宝石中心だから女の子は飛びつくね。原石アクセ作って売れば盛り上がるのに」
「副部長、欲張らない! 人が回らなくなる! 琥珀糖カフェとダイヤやルビーのレプリカで十分盛り上がるでしょ。それにコロナで入場制限かかってるから人は少ないからそんなに売れないはず」
「先輩、どうせなら誕生石と石言葉書いたらそこに目が行きません? 女子受けを狙うなら占いっぽくするのは?」
「七海、副部長へ言ったそばから提案はよして。せめて一週間前に言って。さすがに今からは無理よ」
こうしてワイワイしている間に副顧問の三田先生がやってきた。
「おう、準備はうまく言ってるな」
「あれ? 平井先生はどうしたのですか?」
「お子さんが発熱したという連絡きて早退。また一週間待機かな」
気のせいか、長らく顧問の先生に会っていないような気がする。
「お、ダイヤもすごいなあ。ちゃんとレプリカと書かないと危ないぞ」
「あ、忘れてた、やべ」
金町が慌てて手書きで注意書きを作る。金持ちの家だからなのか、金銭感覚や危機管理の感覚が違う。
「最近は泥棒も多いからな。去年の琥珀騒ぎ、こないだも隣の駅の宝石リフォーム店に泥棒が入って何百万もの宝石が盗まれたって話だ」
「宝石店じゃなく、リフォーム店? なんで泥棒はそういうチョイスを? 普通の宝石店なら流行りの宝石を盗めるから価値もあるのに」
「先生の推理ではリフォーム前の大きめな宝石が高く売れると思ったのじゃないかと思う。しかも、犯人はまだ捕まってないからな。こうしてレプリカでも展示許可取るのも大変だったんだぞ」
「んー、確かにガラスでもスワロフスキーやバカラならお高いからなあ。金町のレプリカは知らんけど」
「先輩、そうすると、藤尾さんの質屋さんも宝石やブランドバッグがあるから大変ですね」
「誰だっけ?」
「ひいおばあちゃんの帯留めを買い取ったところですよぉ」
蛍は忘れっぽいところがある。
「あ、そうだった。呼びたいけど、コロナで入場制限あるからなあ。魚川君もお年寄りでハイリスク群だからスマホのZOOMO参加になるし、バッテリーと充電器は必須だ」
「そうだっ! 蛍っ! 今度こそ魚川さんにZOOMO越しでいいから会わせてよ!」
「花音、ミラ兄が目当てじゃなかったの?」
「イケメンに年齢は関係ないっ!」
何かを力説する花音に男子達はややドン引きしながら作業をしていた。
「女子ってこえーな。部長はあれが無ければ美人でモテるだろうに」
「副部長も別のベクトルで怖いけどな。黙っていればボーイッシュでいい感じなのに」
「思うけどさ、浅葱高の女性って気が強いのが多いよな」
「糸井さんはマイノリティだな」
コソコソ話をしていた男子だったが、しっかりと花音と蛍の耳には入っていた。
「男子! 女性の議論する前に手を動かす! 簡易冷蔵庫をパーティションの内側に入れて!」
「オラオラ、男子ども。無駄なあがきは止めて働け働け、フハハハ」
「蛍、何度も言うけど、悪の総統みたいな注意は止めて」
一応注意された男子達は作業を再開した。
「しっかし、タピオカミルクティーなんて今どき売れるのか?」
「売れ残ったら私が独占する」
「やっぱりそっちか……」
部員たちのほぼ全員が軽くため息をついた。
「ちゃんと琥珀糖作ったのだからいいでしょ!」
「蛍、あんたのことだからお母さんに手伝ってもらってやっとじゃないの?」
「それは無い! じ、自力で作ったよ。ママが余ったタピオカ粉で差し入れのお菓子作ると言ってたけど、花音の分は食べちゃおうかな」
「どさくさ紛れにガメないの!」
こうして和気あいあいと準備は進んでいった。
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