第6話 危機感無さ過ぎ後輩、唐突な魚川君飛び入り参加

 次の日。蛍達はファミレス「ジョージア」にて七海と待ち合わせして席に着いて話を聞き始めた。


「こちら、昨日話したOBで私のいとこの石川美蘭先輩、大学生。

 ミラ兄、こちらのメガネの子が昨日話した地学部の後輩の糸井七海さん。学年的に入れ違いだね」


「初めまして、一年の糸井です。お名前からして、ハーフやクォーターなのですか?」


 生真面目そうに七海は頭を下げながら問いかけた。


「いや、両親ともに日本人」


 二人の間に微妙な気まずい沈黙が流れる。


「し、失礼しました。では、ACミランファンなのですか?」


「……いや、俺は広島カープが好き」


 第二の微妙な気まずさが流れるが、いとこである蛍は慣れている。

 ある意味、彼を紹介する時のお約束だ。勝手にハーフと期待され、サッカーファンと誤解され、イケメン(花音達によれば爽やか系イケメンらしい)なのに、合コンも連敗中だと誰かから聞いた。

 まあ、彼が誰とどうしようが構わないけど、ちょっと気の毒だ。かと言って花音とくっつかれるとお説教役がダブルでパワーアップして来るのは勘弁だと思っているから、花音の一方通行のままの方がいいと蛍は考えている。


 名前なんて生まれた時点では自分では決められないし、彼もキラキラネームの被害者だ。その点、蛍は恵まれていた。鉱石好きの父が「フローライト」から「フローラ」にしようとしたところ、母の必死の説得で和名の蛍石の蛍になったのだ。


「そ、それでですね。帯留めの特徴ですが、おばあちゃんからできる限り聞き出しました。

 コロナだからオンラインでしか会えないし、端末操作する職員さんの都合もあるから」


 七海の話で蛍は我に返った。思考があちこちへ寄り道して危うく肝心の話を聞き逃すところだった。


「おばあちゃんの記憶ではひいおばあちゃんの嫁入り道具だったそうです。子供の頃に見せてもらって、緑色が綺麗な翡翠だったと言ってました」


「七海、写真を拡大したら何かの模様が見えたけど彫刻してあるの? それとも何か別のものを付けた飾り?」


「緑一色だったと言ってたから、彫刻だと思います」


「俺もいろんなソフトで解析したけど、これが限界なんだよな。花か家紋かな? 糸井さんの家の家紋は?」


 七海はちょっとバツの悪い顔でうつむいた。


「あ、そこまでは知らないです。後で父に聞きます」


『その時代の流行デザインかもしれないのう』


 突然、カバンのスマホから魚川の声がして蛍は焦った。着信音無しで話すなとあれほど言い含めたのに、この好奇心旺盛な魚は久しぶりの人間界で会話できるためか、あれこれ知りたがり、首を突っ込みたがる。


「え? 今の声は、な、なんですか?」


 案の定、七海が不審がって怯えている。仕方ない、面倒なことになる前にある程度バラして誤魔化すと蛍は腹を括った。


「あー、ごめん。着信に気づかなかった。カバンの中の何かに触れて出たみたい。おまけにスピーカーホンだわ。最近調子悪くて。あー、魚川君。今は友達と会ってるから切るよ」


『いや、話が聞こえてきたら謎解きみたいで面白そうだったから口を出してしまった』


「お前、それは盗聴という犯罪だ」


『いや、耳に入ってきただけで、わざとではないぞ』


 このクソ魚にはデリカシーを持って欲しいと自分を棚上げに思ったがそれよりも、不安げに七海が蛍とスマホを交互に見ている。この事態を乗り切る方が先だ。


「あー、こないだも電話してきた近所の石友達の魚川君。と言ってもかなりのおじいちゃんで、あなたのおばあさんくらいの年代。車椅子だからもっぱら電話の付き合いなの。

 ごめんね、盗聴されたような気分にして。私もスマホ早く修理するよ」


『いやあ、面白そうだから、良ければこのまま加わってもいいか?』


「だから、友達と会ってるのに出しゃばるなと……」


「あ、こないだ電話していた人ですね。祖母の年代の方の意見も参考になりますから歓迎です!」


 ……本当はもっともっと年寄りだがな、と蛍と美蘭は心の中で突っ込んだがしょうがないと諦め、スマホを操作するふりをして適当なアイコンでテーブルの上に置いた。


「じゃ、二人いや、三人共、帯留めの手がかりに話を戻すよ。緑色の翡翠に花らしき彫刻。写真からして大きさは四、五センチくらいかな。で、名乗った人はどんな帯留め持ってるの、いや、その前に何者よ」


 そう、その候補者たちの情報をきちんと聞かないとならない。


「あっ、そういえば、そこまで聞いてませんでした。一人は骨董品屋さんとか言ってましたが」


 七海は本当に無用心過ぎる。嘘かもしれないが相手のことや職業くらいは尋ねておけよと再び自分のことは棚上げにして呆れた。


『あとはひいおばあさんの時代というから大体昭和十年くらいかの。戦争前はモボにモガと呼ばれるオシャレな男女、洋風の物が流行ったと言うな。七海殿の家は格式高い家か、伝統を大事にする家風だったのかの?』


 魚川君は単に石の中にのほほんとしていた訳ではなく、庭石なりに人間界の情報をリサーチしていたらしい。奥様方の井戸端会議や家の人の会話を聞いたくらいではないだろう。長崎という場所柄、オランダの情報もあるかもしれない。

 その辺は神様ネットワークでもあるのか、GooglaならぬGodglaなのか。それならなんでも分かりそうなのに、そうではないのは神仙界も万能ではないらしい。


「そんな、大層な家ではないです。本当はおばあちゃんの嫁入り道具にしたくて、空襲の時でも必死に持ち出していたものが無くなっていたのが子ども心に寂しかったと」


「で、今度の土曜に名乗り出た人と会うわけか。

 高校生に真贋鑑定できるのかな? プロでも翡翠は難しいというぜ。俺も地学の知識は普通に高校で習ったのと、部活と、今の大学で専攻しているくらいだし。今の学部でもまだ、深く学んでないし。それに未成年だからと、ふっかけられたら困るよ?」


「あと、帯留めにはすみっこにひいおばあちゃんの名前を小さく彫ってあると。確か名前は『ツネ』です。それは伏せてあります」


 変なところで賢く情報を隠している。なるほど、偽物なら名前は無い訳か。


「で、会って本物が見つかってもただでくれるとは思えないし、いきなり売買の話はまずいよね。

 俺以外は未成年だし。七海ちゃんの家でご両親の前で見せてもらうのがよくないかな」


 美蘭は最もなことを言う。


「うち、共働きだから昼間はいないです。それに両親は曾祖母の帯留めの話を真剣には取り合わないのです。『今はおばあちゃんの手続きで忙しい』とか」


 もしかしたら両親と祖母の仲が悪いのかな、そういう家だから七海はいい子であろうとピュアになったのか、と思いをはせていたら美蘭は容赦ないツッコミを入れてきた。


「糸井さんはいい子だね。蛍だったらグレてハンマーで伯父さんのコレクション、伯母さんの宝石と、石という石を割りそうだ。

 いや、砕くのはもったいないから『どうせ数十年後には私のものじゃー』と強奪するかだよ」


「ミラ兄、私をそんな極悪人と思ってたの?」


「だって、あの石の扱い見てると簡単に想像できる」


「いろいろとひどい。が、それについては後だわ。とにかく、七海の家で会うはちょっと難しいか」


『学校はどうじゃ?』


 唐突に魚川が提案をしてきた。


『その地学部の部室ならルーペや顕微鏡あるし、先生に立ち会ってもらえそうだが』


 一見グッドアイデアだが、やはり人間界のことは詳しく知らないようだ。


「魚川君、今は警備が厳しいの。生徒の保護者でも身分証出したり、住所に名前や生徒とどういう関係かまで書かないとダメ。先生は感染症疑いで出勤停止。そもそも感染防止対策で外部の人そのものが入れない」


『なんと! 昔は気楽に入れたのではなかったか?』


「悪い人が侵入する事件が増えてね。それに新型コロナウイルスが流行っているから」


『ふうむ、ならわしがその『ふぁみれす』に参加するのはどうじゃ?』


「は??」


 蛍とミラ兄の声が被った。あの石を持ち出せというのか? どうやって?


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