第7話 疲れ切る二人
「え? でも、車椅子だと移動は大変なのでは?」
七海もびっくりしている。表向きの話しか知らないから当然ではある。
『まあ、いろいろと『へるぱあさん』など使えば短時間なら出られるじゃろう。美蘭君以外にも老人とはいえ男性がいた方がいいし、車椅子乗った老人の前でさすがに女子高生にあれこれしようと企まないじゃろ?』
神様なりの方法で実体化するのか? 外出られるならば石を磨かなくてもいいじゃん、今までの労力を返せと蛍はツッコミを入れたいが、それ以前に問題がある。
「ちょ、ちょっと待って、明日もここでしょ? ここは感染対策で一卓につき四名までだよ?」
流石にパンデミックが収まっていない以上は魚川を巻き込む訳にはいかない。魚だから感染はしないと思うが、神仙界ももしかしたら影響が出るのかもしれない。
「魚川さん、それはいけるかもしれません。ルーペなどは蛍の私物でなんとかなるでしょう。あとで店員さんに車椅子客の受入ができるか聞いておきます」
美蘭は混乱しているのか、いろいろ理解していないらしくて話を合わせている。
「では、土曜日に午後二時にここで三人の方とお会いするのでよろしくお願いします!」
ちょ、ちょっと待て、そんな一辺に集めたらトラブルになるだろう! 二人が偽物、いや全員が偽物だったら? その前に入店制限あるって! 一人ずつ外で待機か?! 蛍が混乱している様子を見て、美蘭もやっと数の計算が合わないことに気づいて慌てだした。
「え? い、いや待て。ここは人数制限と時間制限が厳しいはずだ。候補者は時間をずらして来てもらえ」
「あ、はい。でも魚川さんも入れても五人ですよ?」
「そ、そこは身障者枠だかなんかでゴリ押ししよう、うん」
蛍なりに意見を述べるが美蘭には通じなかった。
「いや、それ以前にヘルパーや店員にハイリスク者の入店は断られるのじゃないか? 他のファミレスか喫茶店を検索してみる! 糸井さんも決まり次第連絡するから変更になることだけは連絡して! コロナの為と言えば納得するから!」
「いや、魚川君がオンライン参加にすればいいよ!」
『そうそう、たまには外の空気が吸いたい』
「その外の空気がやばいんすよ!」
半ばパニックのまま、ミーティングは終わったのであった。
〜〜〜
夕方、蛍の部屋で美蘭と二人でぐったりとしていた。
蛍の母がびっくりしてお茶をなんだか分からない健康茶に差し替えたぐらいだ。二人とも相当疲れた顔色だったのだろう。
「なんか妙な味だねえ、このなんとか茶」
「まあ、伯母さんが入れてくれたし、飲まなきゃ」
「カチューシャのクリスタルを外す、とはこのことか」
「蛍、『火中の栗を拾う』のダジャレにも無理がありすぎる。余計に疲れるから黙っていてくれ」
『さーて、どんな姿で現れるかの』
そうだ! 帯留めよりこっちの謎を聞かないと! と蛍は我に帰った。
「魚川君、外へ出られるってどういうこと? 私が今まで磨いてきたのは何だったの?」
「そうだ、それが最大の謎だったんだ! 店はゼミの先輩のよく使う喫茶店に頼み込んでなんとか変更できたけど、直前の予約やら連絡やらで大変だったから、それは聞かせてもらいたい」
『二人とも慌てるでない。少しだけ仮の姿で出られるのじゃ。今で言うと『ほろぐらふぃ』か『ぶいあーる』が近いかの』
「それ、最初から提案してくれれば……」
「仙人を自称しているなら帯留めの真贋もこんなことしなくても一発なのでは……」
脱力する二人に魚川は呆れた。
『わしをPCの『ぐーぐら』や『さら』、すぱこんの『ふがく』みたくあてにするでない。ここは日本だから多神教、全能の神の一神教と違う。
つまり神様だって得手不得手があるように仙人にも得手不得手がある。何でもできるわけないぞ。それに実体化は力を消耗するから、一回使うと丸一日は寝ているな』
「つまり、野次馬根性で手間暇かけさせたのか。……寝ているその隙にヤスリか砥石で研げるな」
「蛍、目が笑ってないぞ。それだけは穴が空くから止めろ。せめて骨伝導ヘッドフォンをあててラップかヒップホップ辺りを流して安眠妨害するくらいで我慢しとけ」
『……美蘭、やはりお前も蛍の血縁じゃな』
「誰のせいでこんなに混乱させたんですか。外には危険なウイルスがまだあるのに」
『本体は石の中だし、魚に感染した話は聞かないし、仮の映像だから感染しないからの』
「人間の事情も汲んでくださいよぉ……」
なんとか茶をグイーっと飲んで、おかわりを入れた美蘭はよほど精神的に疲れたようだ。こんな微妙な味のお茶を頼って飲まないとやってけないということか。
「あそこまで七海はピュアというよりリテラシーも危機感も無かったとは。コロナを理由にすれば相手も時間帯変更も納得するだろうけど、ピュア通り越すと非常識だわ」
「蛍、お前が言う台詞ではない」
『で、わしの姿だがやはり流行りのイケオジかの?』
「そうねえ。威圧感をMAXに出してどこかの組の会長風にでもすればいいのじゃない?」
「ってヤクザにしてどうすんだよ。恐喝して奪うんじゃないからな。俺はやはり伝説の鉄人、衣笠祥雄」
「ミラ兄、趣味を出すな」
「お前こそ」
『まあ、お主のスマホやタブレットでちょっと今どきの老人の姿を調べるかな』
任せると嫌な予感しかしない。しかし、私たちが好き勝手に指定してごっちゃになった変な人に化けられても困るし。ここは詳しく指定せねば。
「やっぱ、映画によく出る黒服サングラスのヒットマンも捨てがたいし、任侠映画に出てくる着流しの会長もいい感じだし、古いところではアル・カポネとか映画のゴッドファーザーとか」
『さすがに、そこまでおかしくせんわ!』
「お前、そういうヤバい男が趣味だったのか……」
「ミラ兄、人のリクエスト=嗜好じゃないよ。それに現実には私はアニメの『鬼神の闘魂』のエッジ様がタイプだから。でも三次元にはいないし」
「二次元や任侠映画が趣味か。わかっているけど手強いな」
(ん?)
美蘭が意味ありげなことをまた言ったような気がするが、それどころではない構ってられないので、蛍は明日に備えてルーペと、念のための紫外線ライトなどを用意し始めた。個人契約のカフェだとお高そうだが、七海がドリンク代を負担してくれるというので楽ではある。
でも、貸し切りしれくれたお店にも悪いからパンケーキや、パフェなどお高い物も注文すべきかなあ。もちろん七海には悪いからミラ兄に請求するかと考えていた矢先。
『それから七海さんは奢ると言ってたけど、割り勘にしないとタカリになるぞ、蛍』
魚川が、口出ししてきた。人の心を勝手に読まないで欲しい蛍は自衛手段に出た。
(……塩焼き、ネギとショウガを利かせた煮魚、天ぷら、どの食べ方がいいかしら。山の石だから川魚だろうから寄生虫のリスクあるし、刺身はだめか。やはり火を通さないと)
『すみません、もう勝手に心は読みません』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます