第二章 ひいおばあさんの翡翠の帯留め

第4話 ピュアな後輩から頼み事される

「お願いします。石川先輩、付き添ってくれるだけでいいですから」


 蛍に何度も頭を下げているのは地学部の後輩である糸井七海である。蛍は少し非常識なところがあるが、かわいい後輩の頼みは基本的には聞いている。しかし、今回の頼みは怪しげな匂いがするので、さすがに七海の頼みは受け入れられずにいた。


「もう一回、整理させてくれる? 七海の家にあったひいおばあさんの帯留めの手がかりを得ようとしてSNSにアップしたら、持っているという男が名乗り出た。実物を見せて貰うために今度会う。一人だと心細いから付き添ってくれと?」


「はい、そうなんです。翡翠の帯留めだったそうなんですが、戦後に無くなったそうです。多分、生活に苦しくて売ったのだろうとおばあちゃんが言ってました。

 それで、帯留めを付けたひいおばあちゃんの写真をアップしたら、名乗り出た男性が何人か現れて。三人ほど候補が残ったので、現物をまずは見せて貰おうと……」


「ストーップ! 私ですらめっちゃくちゃ怪しいとと思う。女子高生に会おうとする大人って皆変態と思え。それっぽい偽物を用意して高値でふっかけて、値引きしてほしければ……って言われて、ホテルだか車の中でR18されて、更に半グレに売り飛ばされて……これ以上は言えないっ!」


「相変わらず石川先輩は想像力豊かですね。顧問の平井先生にも犯罪に巻き込まれるから止めておけと似たようなことを言われました」


 蛍の想像力が豊かなんかではない、この糸井七海という一年生がピュア過ぎるというか、警戒心がなさ過ぎるだけだ。さすがに蛍もショートヘアーをどっかの探偵みたくクシャクシャにして頭を抱えていた。


「で、平井先生に付き添ってもらえなかったの?」


「先生は昨日からお子さんが発熱して、濃厚接触者として自宅待機中です。約束の日もまだ待機期間中だから無理ですね」


 だから、今日は部活なのに先生がいないのか。部員達は各自で書籍を読んだり、これまで取ってきた化石をルーペや顕微鏡で見たりとマイペースで活動している。


「蛍が遠慮するなんて相当よ。さすがに私も遠慮するわ、止めといた方がいいよ」


 同じく地学部員の花音と珍しく意見が一致した。なんでクラス委員の彼女が内申が取れなさそうな地学部を選んだのか謎であるが、とにかく同じ部である。蛍にすれば口うるさい美蘭が卒業して楽になったと思ったのに、役目でも引き継いだように蛍の行動にブレーキをかけようとするのは修学旅行でも味わった。


「うーむ、異性の付き添いが必要だな。でも地学部のひょろい部員ではなあ」


「ひょろくねえぞ。ハンマー持って化石を割るくらいの腕力はあるよ。それに山歩きするじゃねえか」


 資料を読んでいた金町かなまちが本から顔を上げて口を挟んできたから、花音が反論した。


「じゃあ、あんたが付き添いなさいよ。一人は規格外だけど一応女子だし、異性が居るほうが頼もしいわよ」


 花音が毒舌混ざりに金町に提案するが、即却下された。


「いや、休日に彼女以外の女の子と会うなんてバレたら、真奈に殺される」


 ったく、どいつもこいつもと蛍は心の中で毒づいた。さり気なく金町は惚気けてるし、花音にはディスられている。かと言って、七海一人では危険だと思うが、蛍だけでは女子高生二人として相手に舐められる恐れもある。

 しかし、石が好きな蛍は翡翠の帯留めも見てみたい思いはある。やはり、いざとなったらいつものハンマーで頭を割って……。と思いかけて踏みとどまる。


 さすがにそれは少年院送りだ、しかし、院内の敷地内の石やら地層を調べるというレアな体験はできる。しかし、ゼロ感な蛍は魚川君とはスマホ越しでしか話せない問題が発生する。少年院はスマホなんて持てないし、そうなったら魚川君はミラ兄に託すしかないな。


 そんな揺れる想いの途中なのに、唐突に蛍のスマホが鳴った。


「あ、ちょっとごめん。はい、石川です」


『わしじゃよ。魚川だ』


「あ、魚川君。どしたの?」


『スマホ越しに話を聞いてたが、不審に思われぬように最初から話をするぞ。なんか困った事が起きたのか』


「うん、ナイスタイミング!」


 こうして蛍は今までの経緯を話した。バレない演技も面倒だ。本当なら魚川君はスマホ越しに神通力を使って様子が見えてるらしいのだが、いきなり話の核心をしたら、盗聴器つけてると思われるからこのルールを守れと美蘭に厳しく言われている。

 ……そういえば風呂やトイレも神通力とやらで見られてたら! と蛍が疑った瞬間、魚川君が呆れたようにツッコミを入れてきた。


『そんなもん見とらんわい。

 それで、実質わしがついているから女子高生二人というわけでもあるまい。それに美蘭君を誘えばついてくるのではないか?』


 ちゃっかり心の中もある程度読んでるらしい。蛍は石や化石のことばかり考えているから構わないが、他の人だと嫌かもな。まあ、撃退するイメージ画像はある。


「あー、そういう手もあったか。あとでミラ兄にも連絡してみる」


『いや、実は話は付けて返事待ちじゃ』


「仕事早えーよ! フライングするなっ!」


 苛立たしげにスマホを切った蛍に七海が不安げな視線を向けてきた。


「あの、やはりダメでしょうか?」


「いや、OBのミラ兄……美蘭先輩の予定を聞いてみる。大学生だし、三人の方がいいでしょ。というか、今の魚川君が話をしながら素早くメッセージ送ったってさ。どんだけ仕事早いんだよ」


『わしも入れて四人……』


「あー。スマホを切り忘れてた、えいっと」


 棒読みで蛍はスマホの音量を下げた。

 万一、魚川君の存在がバレるといろいろと面倒だし、第一、彼(?)が取り上げられてしまう。きちんと磨いて中の魚川君を見たいし、万一死んでしまったら伝説の魚の塩焼きという人類未踏のグルメのチャンスも無くなる。


「あれ、み、ミラン先輩とやらの声ですか? 随分老けてましたけど」


「ち、違う違う。今のは魚川君。彼は近所のおじいちゃんで、わ、私の石友達」


 とりあえず蛍はごまかす。演技力ないから棒読みではあるが。


「と、とにかく、連絡取ったというしOKもらえたら明日の放課後で三人で打合せしよう。明日の夕方にファミレスの『ジョージア』で良いかな?」


「ありがとうございます! 両親に話すと同じように止められて困ってたのです。でも、おばあちゃんがずっと気にしていたからこれで安心させられます」


 そりゃ、止められるわな。って、両親が付き添えよと蛍は思ったので単刀直入に聞いてみた。


「あの、両親は付き添えないの?」


「ええ、おばあちゃんが施設に入っていて、病気も見つかって近々入院するんです。その手続きに追われていて」


 重たい事情を聞いてしまった以上、断ったら鬼畜先輩の評判が立つ。変人で通っているは構わないが、鬼畜が加わったらさすがにまずい。……いやまてよ、鬼畜のスキルで石の交渉の際には帯留めを強奪できるかもと少し逡巡する。叔母さん並の鬼畜度までは要らないが、少しあった方が有利なのではないかと思う。


 その考えが既に危険と魚川は思ったが黙っていた。ツッコむと塩焼きにされかれない。


「え?! 美蘭先輩も来るの? 一緒に行きたい!」


 急に花音が食いついてきた。 美蘭の話が出るといつも急変する。何人かの女子も振り返って反応してきた。


「ダメだよ、本番は四人で対面。今はどの店も感染対策で一卓につき四人。参加しても本番には来れないよ」


「そんなあ、美蘭先輩には会いたい〜」


 花音はどうも美蘭のファンらしい。幼馴染の蛍にはそれが今ひとつピンとこない。


 とりあえず、魚川君の提案には感謝だ。今日はデニムではなく少し柔らかめの古布ウエスで磨くか。でも面倒だから本当は千番くらいの紙やすりが理想だがミラ兄からはアドバイスを守れと言われているし、まあ、エサの要らない魚を飼えると思えばいいのか。


(無頓着故に助かっているのか、危険にさらされているのかわからんのう。この子の心を読むのが怖くなってきた)


 魚川が神通力で心を読んで少し後悔していた。










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