第3話 とりあえず、名付けをする

「さて、話はいろいろと付いた。しかし、お前の直感は当たってたな。化石ではないけど、伝説の魚石見つけるなんて。すげーな」


「魚石なんて、架空の話と思ってたけど」


「水入りめのうや虫入り琥珀もあるからさ。伯父さんから魚石の話を聞いた時から、それもあるかなとロマンは感じてたんだ」


 美蘭は蛍とは違う意味のロマンチストだ。蛍は石ができた火山活動や地殻移動などに思いをはせるのがロマンと考えるが、魚石の話みたいに少し不思議系にはピンとこない。


『さて、鈍い奴のためにこのスマホのスピーカーモードで話すぞ。改めて自己紹介だな。我は人間達の言う魚石さかないし。多分閉じこめられてから一万年、庭石として数百年ほど過ごしてきた。外は見えないが、気配である程度は外の様子はわかるし、人間の会話も聞いていたから少しは人の世のことはわかる』


「長生きっすねえ。私は石川蛍。浅葱高校二年生地学部所属、花の十七歳」


『……。お前、それ以外に感想は無いのか?』


「すげえ、伝説の魚石をこうして見ることができて、あ、いや中身はまだですけど、お話ができて光栄です! 俺は石川美蘭。城北大学の一年生、年齢は十九歳です。蛍とはいとこで幼馴染みです。一万年なら仙人か神格化してますよ、スマホ操るし」


 美蘭は興奮してまくしたてる。確かに魚石は伝説や架空の話と言われていたからマニアなら当然の反応だ。しかし、中身を見ていないから蛍はまだ納得できないでいたが、スマホまで操作して話しかけている以上、人ならざる超越した力はあるのは確かなんだろうと信じざるを得ない。


『普通はこういう反応だったり、手に入れようとして争いが起きるものなんだが。蛍は変わってるの』


「そっかな? でも、あのご近所さんのお話じゃ産廃業者に捨てられるところだったんだから私は命の恩人だよ?」


『いや、全く助かった気がしないのだが』


「まあ、ちゃんと布で磨くからいいでしょ。ところで名前は魚石ではなく他に何か呼ばれてなかったの?」


『さっきも言ったが歴代の持ち主達は庭石として認識していたから名前は無かった』


「じゃあ、何か中の魚にも名前を付けよう。スマホで話していても“魚石さん”より何か名前があった方が自然だし」


「蛍、お前にしては珍しくいいことを言うな」


「うっさい、名前負けしてるくせに」


「うっせーな、親がサッカーファンだからミランにされたが、あいにく俺は広島カープのファンだ」


「かといって、鯉太郎とか科亜夫かあぷなんて名付けられても不幸だし。でも、鯉こくは美味しい」


「黙れ。推しのチームを勝手に料理するな。とにかく! この石の中の名前を決めようぜ」


 美蘭は年上の権威で蛍を黙らせた。


「名前なら、もう既に決めてあるよ」


『何だと? 仕事が早いな』


魚川うおかわ君。いいでしょ、スマホで呼びかけても人間の友達のように聞こえる」


 美蘭とスマホから盛大なため息が聞こえてきたのは同時であった。


「もうちょっとセンス良くしないか?」


「じゃあ、魚田川うおたがわ魚太郎さかなたろう、女性なら魚子さかなこ。洋風にサカーナ・イッシー・アゲート三世と言う候補もあるよ」


『……魚川君でいいです』


「え? 諦めが早くないですか? 人の世に居たのならある程度は名前の流行や好きな響きの名前など、ご存知なのでは?」


『この娘に任せるとセンスが悪くなる一方というのは分かった。傷は浅い方がいい』


「……えーと、飲み込みが早いというか、達観してますね」


「でも、ミラ兄。石磨きで紙やすりがなんでダメなの? 現代のセオリーだと機械の砥石、手磨きだとさっきのヤスリや、目の粗い紙やすりに研磨剤だよ? 布なんてまだるっこしい」


蛍の素朴な疑問に対して魚川が答える代わりに美蘭が問いかけた。


「蛍、長いこと暗闇にいて、いきなり明るい所に出たらまぶしいだろ?」


「うん」


「静かな部屋だったのに、外から工事の爆音がすぐそばから聞こえたら耳がおかしくなるだろ?」


「うん」


「この石は一万年暗闇に居たんだ。いきなり光に晒すと目が潰れる。音はある程度人間の会話を聞こえていたが、それでも紙やすりの音はそばで聞いたら爆音に近いから耳がおかしくなる。だからゆっくりと光と音に慣らしていく訳だ。お前にしてみれば真っ暗闇で気持ちよく寝ていたところを真夏の灼熱の太陽光とヘヴィメタルの爆音で起こされるようなものだ」


「う……、さすがにそれは嫌すぎる。わかったよ」


『さすがだの。そこまで理解している人間もそうそういない』


「似た話だと古墳の絵画が外気にあたると劣化が進むだろ? あれも密閉された空間が理想的な湿度と光の遮断だったからだ」


「ミラ兄、だんだん歴史の授業になっているのだけど」


「お前が理由を知らないとさっきみたく暴走するからな。修学旅行中に他にもやらかさなかったか?」


「大丈夫。この石は家主の許可もらってきたし。あとは道で気に入った小石を拾ったくらいかな。あ、ザックのポケットに入れっぱなしだった」


 私はザックのポケットを開け、床にザーッと落とした。


「だから砂やほこりがすごいからゴミ袋広げろって、おばさんにも言われているだろ」


 美蘭があきれながらも成果を覗きにきた。


「……おい。なんか一つだけ宝石っぽいのが混ざってないか?」


「ん? あー、それは車庫の砂利から持ってきたやつ。緑がきれいでしょ?」


「そうじゃなくて! なんで砂利石に金の金具が付いているんだよ!? 気付けよ!」


『それは、人間の落とし物だな。“こうばん”に届けないと罪人になるぞ』


「え? このままネコババしちゃダメ?」


「ダメに決まってるだろ! おもちゃならまだしも、もし宝石ならネコババというか泥棒だ! その前に伯父さん伯母さんにも言えー!! ったく、本当に手のかかるやつだ」


『じゃ、このスマホを借りて長崎県警の遺失物ページを見るぞ。該当品があるかもしれぬ。

……うむ、あったな『緑色の翡翠原石のペンダントヘッド、落とした日付は三日前』とある。蛍、拾ったのはいつだ?』


「えっと、昨日」


『ならば泥棒扱いはされずに、うまく行けばお礼もらう権利はあるな。長崎県警の遺失物センターにかけるから、あとはお前が話せ』


「え? お礼もらえるの? あ、もしもーし。修学旅行中に落とし物拾ったのだけど、うっかり持ち帰ってしまって」


「さすが、数百年も人間界にいると詳しいですね」


 こうして蛍と魚川君と美蘭の秘密の凸凹な関係が始まった。


第一章 完










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