第2話 作業をしようとしたら掛け合い漫才が始まった

「ただいまー」


 大きく膨らんだザックを背負った蛍を見て母はため息をつき、父は「また出先で拾ったのか」と大笑いしていた。


「カステラが届いたから、荷物を軽くするための手段と薄々感づいてたけど、先生に迷惑かけなかった?」


「うん、庭石だったのだけど、家主さんの許可もらって持ってきたから大丈夫」


「良かった、合法的に持って帰ったのね」


「ママ、娘を盗人扱いしないで」


「だって、あんたはいつかたくさんの小石を拾ったといったのが、お寺やよその家の庭の砂利だったことあるじゃない。あの時は大変だったのよ」


「よ、幼稚園の時の話はやめて」


「で、蛍。今回の石は何の石だ?」


 父が助け舟を出してくれた。父とは趣味が同じなのもあって蛍の援護をすることが多い。むしろ、父の影響で石が好きになった。


「うん、よくわかんないけど何かの化石じゃないかなって」


 ザックから石を取り出そうとしたら母に怒られた。


「蛍! せめて新聞紙かゴミ袋広げてから出しなさい!」


「はーい」


 言われたとおり広げたゴミ袋の上に出したら、父が一通り眺めて渋い顔で一言だけ言った。


「うむ、残念だが、これは堆積岩ではない」


 父も若い時は石を取るための山歩きを趣味にしていたから石には詳しい。


「そ、そんな。せっかく苦労して持ってきたのに」


「まあまあ。多分だが、これはめのうの原石だ。磨いていけばめのうはきれいな縞模様が出るし、こんなに大きければ価値がある物だ。そういう意味では蛍はいい石を見つけてきたな」


 父親が変なフォローしてきた。しかし、何の石であろうと、せっかく持ってきたからには洗って磨いてきれいにしよう。それが会ったことない山下さんへのせめてもの礼儀だ、と蛍は思い直した。


「じゃ、お風呂場で洗ってくる」


「ダメよ。そんなデカい石を落としてお風呂の床を割られても困るから、バケツと雑巾使って自分の部屋で拭きなさい。畳なら少なくとも割れないから」


「えー、じゃぶじゃぶ洗いたいのに」


「あんたの前科が一つ増えるだけよ。それともお小遣いからまた差し引かれたい?」


「……分かりました、母上様」


 なんだかんだで、石を部屋に持ち込み、拭き掃除を始めた。


 汚れが落ちるにつれて、確かに父の言うとおりめのうの表面の母岩っぽい外見が現れてきた。しかし、だが、しかし、蛍は堆積岩であるかもしれないと信じたがっていた。自分だって地学部員で石マニアという自負がある。たまには自分の見立てが当たって父の予想が外れているかもしれない。今までそんなことなかったけど、今度こそそんな気がする! と根拠はない自信が湧き、ちょっと割ってみようと床に敷くゴミ袋を増やし、ゴーグルを付けて割る準備を始めた。


(……て、……くれ)


 何かが聞こえた気がするが、蛍は霊感とか不思議な力は皆無だ。肝試しも難なく行って何事も無しに戻ってくる。仕掛け役の人ですら「あんなに猪突猛進で周りを見ずに目的地に向かう奴は初めてだ」と言わしめるほどのゼロ感である。

 今回も幻聴だろうと思い、削る位置をマーカーで付け、ハンマーを握った。


(や……るな……)


 また何かが聞こえてきた。見渡しても何も無い。二回も幻聴がするとは疲れているのかな、とさすがに考えた。しかし、三キロ(推定)の石を抱えて修学旅行をしたから疲れるのは当たり前だと思い、作業をしようとしたその時。


『割るなっつってんだろうが! この鈍感娘!』


 唐突にスマホから声がして驚いて固まってしまった。さすがにこれは幻聴ではない。スマホが壊れたか? 訝しげにスマホを見ると通話モードになってしゃべり続けていた。


『お主があんまりにも心の中への声が聞こえてないから、非常手段をとらせてもらった。こんなに鈍いやつもそうそういないぞ。そういう訳で、これからこの機械を通して話しかける。我は石の中にいる魚だ』


「スマホがしゃべるのは『OK、Googla』やら『Hey、Sara』だけじゃないの?」


 変に冷静にツッコミを入れてしまった。もちろんGooglaだって勝手に話さないが。


『そんな人工モノとは訳が違う。お前、先ほどの会話からして石が好きなようだが、“魚石さかないし”の話は知らないのか。“ぎょせき”とも“うおいし”とも読むらしいが』


「えーと、江戸時代のお話で、庭石を買い付けに来たオランダ人がいて、三年後に引き取りに来ると手付金を置いてったけど、三年過ぎても来ないから、商人が金でも入ってるかと割ったら魚が出てきて死んじゃった話。

 その後にオランダ人が来て、割ったと話すと『あれは魚石といって貴重なものだ。布で磨くと水晶のように透明になって中で泳ぐ魚が見える。それを手に入れた者は幸福になれるものだったのに』と嘆いて、商人共々落ち込んだ話。オランダ人が出てくるから長崎の話よね」


『まあ、だいたい合ってる。我はその魚石だ。一万年ほどこの石の中で生きてるから、仙人と同じくらいの域に達しておる。だから割らずに磨いてくれ』


「じゃあ、ハンマーは止めてやすりにするか」


 蛍がやすりに持ち替えた途端にスマホの声が慌てだした。


『待て待て待てぃ。布で磨く下りは知っているのに、なんでやすりなんだ』


「だって、布で磨くってめんどくさい。現代の石磨きのお約束は荒いやすりからだし。って、石の中に居るのにやすりに持ちかえたのがわかるの?」


『大体気配でわかる。それより、やすりなんて削りすぎて穴が空くフラグだ。布で磨け』


「じゃ、妥協して六十番の紙やすり」


『それ、一番粗くて硬いものだろ。似たようなもんじゃ! せっかく日の目を見られると思ったのに~、誰か助けてくれ~!』


 魚石の中の魚が叫んだ瞬間、ドアが勢いよく開いた。


「待て! 蛍! 話は聞かせてもらった! とりあえず作業をいったん止めろ」


 蛍のいとこの美蘭みらんが入って彼女のハンマーと紙やすりを取り上げてきた。


「って、レトロな刑事ドラマみたいに言わないで、ノックくらいしてよ、美蘭兄ちゃん」


「お前、レア中のレア石を破壊しようとしてたんだ。緊急事態だから飛び込んだ」


「でも、布で磨くの気が長い話。長すぎておばあさんになりかねん。って、ミラ兄はこの異様な事態をすぐに飲み込んでしまうの?」


「誰かとスマホで話しているのが聞こえてきたから、終わるまで待ってたんだ。それにお前の大雑把さは俺はよーく知ってる。それに助けを求める声がしたからな」


「いやだあ、レディの部屋の会話を盗み聞きするなんて」


「って、修学旅行の土産を取りに来いと言ったのはお前だろ」


 そう言われて、忘れていたことを思い出した。しかも、アンテナショップにも行ってない。完全に手遅れだ。


「ごめん、忘れてた」


「そんなことだろうと思った。でも、貴重な石を見せて貰ったしな。代わりにその石をくれ」


「嫌。私が見つけたのだもの」


「お前に任せると、中にいる魚もろとも破壊しかねん」


「そしたら美味しく塩焼きにして供養する」


『我も彼の元に行きたい……』


「はあ……。蛍はこうと決めたらテコでも動かないからな。

 よし、世間に知られると研究機関が出しゃばったり、マスコミやらインフルエンサーがじゃんじゃん来てめんどくさくなるし、石は取り上げられるのは確実。だから、俺と蛍の秘密とする。その代わり、手入れの監修は俺がするから従え」


「勝手に決めないでよミラにい


「……お前、あの石の墓場の山を見て言えることか?」


 美蘭が指さした先は不格好に砕けた水晶クラスターや、中身ごと割ってしまった化石、黄鉄鉱石の独特の結晶まで無惨に壊れた残骸。石の墓場と呼ぶにはふさわしかった。


「う……。あれはちょっと失敗しただけだよ。磨けばそれなりの水晶クラスターや原石として飾れるよ、きっと」


「それに布と言っても文献には詳しく書いてない。布が面倒、紙やすりも無理ならば、デニムの端切れで最初は磨いたらどうだ?」


 痛いところを突かれた。それに柔らかい布より厚めの布の方がいけそうだ。


「わかった。そうしてみる」


(美蘭とか言ったな。蛍には聞こえないように頭の中に話しかける。我の安全のためにもちょくちょく様子を見に来て助けてくれないか。今のやり取りからして蛍の扱いに相当慣れていると見た)


(言われなくてもそうします。幼いころからこいつのガサツさとお守りは慣れてますから)


(お前も苦労しているな)


(まあ、それは嫌ではないですけど)


(ん?)

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