【完結】化石と思って割ろうとしたら、神格化した魚入りの魚石でした
達見ゆう
第一章 私と魚川君との出会い
第1話 石マニアは一歩も引かない
諸君、私は石が大好きだ。
宝石はもちろん、カットしていない原石も岩石も大好きだ。
その中でも、やはり原石の結晶具合かな。水晶のまっすぐな六角錐の結晶、ルチルクォーツの針の色合い、アメシストの紫の美しさ、ラピスラズリの金色の
そして、地学でお馴染みの玄武岩や蛇紋岩、花崗岩も好きだ。それぞれに個性があって味わい深い。
「熱弁はもういいから! だからって、よその庭石持っていくのは泥棒だわよ、
場所は長崎。修学旅行中らしき女子高生グループが空き家らしき建物の前で揉めていた。ボーイッシュなショートカットの女子が侵入しようとしている所に黒髪ロングの真面目そうな女子が羽交い締めにしている。
「この寂れっぷりは長い事空き家だよ。花を盗むのではなく、庭石だから一個くらいいいじゃん。あれ、絶対に何かの化石だよ!」
蛍と呼ばれた少女は止めにきたの同じグループの中のリーダーの花音に止められている。庭はコスモスの花こそは咲いていたが、野生化しており、雑草も沢山生えており、門扉も錆びて腐蝕していたから簡単に空いた。だからこの家の主はいないと見たらしく、いずれ取り壊しになるのなら石くらいいいだろうと侵入しようとしていた。
「そりゃ、小石なら目をつぶるよ。でも、あんたが持っていこうとしてるのは二、三キロはありそうな庭石じゃない」
「今のご時世、取り壊したら庭も潰してカーポートになる。この石も砕かれて産廃場行きになる。だからこの石を救出するの! 花音、あんたも地学部員ならわかるでしょ!」
「自由時間無くなるよ、犯罪だし、やめなよ」
「いいよ、だから私だけ置いてけと言ったじゃない」
「単独行動は禁止と言われてるでしょ! その単独行動者が窃盗なんて私達まで連帯責任取らされるのよ!」
さすが、花音はクラス委員長だけあってしぶとく引き止めようとする。しかし、蛍はこの庭石に一目惚れしたようだ。長崎の通りすがりの庭なんて二度と来ない可能性も高い。さっき彼女が言ったように取り壊しされる恐れもある。石は一期一会の出会いだというのが蛍のポリシーなので退かなかった。
「お嬢ちゃんたち、何を騒いでるんだい?」
おじいさんが騒ぎを聞きつけたのかやってきた。雰囲気からして近所の人のようだ。
「ほら、迷惑になってるじゃない! すみません、この子がこの家の庭石欲しいなんて変なこと言うから止めてたのです。引きずって行きますから」
花音は援軍を得たりとばかりにおじいさんに謝る。普通はここで引き下がるところだが、しかし、風向きは蛍に吹いてきた。
「あー、山下さんの家ね。ここは茂蔵さんが亡くなってから奥さんも施設に行って空き家状態だからね。そのうち壊すのじゃないかな」
「あの、その山下さんに連絡付きますか?」
蛍がおずおずと尋ねるとおじいさんは即答した。
「息子は知らないが、奥さんならば施設の番号は知っているよ。足腰弱っているけど頭はシャキッとしているから時々電話してるんだ。ちょっと、今電話してみるよ」
そういうとおじいさんはシニア向けスマホで何処かにかけ始めた。
「あー、カネさん? 八瀬の平田だけどお宅の庭石が欲しいという修学旅行生がいるけど、どうする? 連絡先を聞いておくかい? いや、池のではなく、柿の木の近くの緑っぽい石。え、いいの? そう、わかった。伝えとくよ」
電話を切ると平田のおじいさんは言った。
「好きに持っていっていいって。じいさんの道楽であちこちの石を拾ってたから困ってたそうだ。業者にとっても一個でも減るのはいいだろうと」
「!! ありがとうございます! カネさんにもお礼を伝えてください!」
こうして蛍は念願の石をゲットした。クラスメートは相変わらず蛍のことを白い目で見ているが、自由時間のロスが短く済んだから、そんなに迷惑をかけてないはずと彼女は思っている。むしろ、今は亡き茂蔵さんも生きていたら良い趣味仲間になれたのに残念だと考えにふけっている。
「何の化石かなあ。やっぱ海が近い長崎だから魚の化石かな」
「あんた、重くないの? それにさっきの話からして出処不明だから長崎の石とは限らないのじゃない」
花音が冷ややかに言う。
「心地いい重みよ。まー、長崎じゃなくても直感でどっかの化石よ、仮に輸入物としても地球は繋がっているからいいんじゃない?」
「……嫌味が通じてない。ところで今日はお土産買えないのじゃない?」
「両親やじいちゃん達には既にカステラを発送で頼んでる」
「そうじゃなくて自分のお土産。アクセとかさ、長崎は珊瑚が名産品だから可愛いのいっぱいあるのに」
「私にはこの石で十二分に満足よ」
「いや、他校の友達とか……いいや、この子と話すと不毛だ」
そうやって、ドタバタを経て、お昼ご飯に立ち寄ったちゃんぽん屋では危うく蛍のデカい荷物で不審者扱いされたが、中身を見せて呆れられながらも入店することができた。
一時的だが、重い石から開放される蛍は一気に出されたお冷を飲んだ。そういえば誰かになんか頼まれてたような気がするが、いざとなったら東京駅付近のアンテナショップでごまかそうと考えていた。
「だから、石川さんと一緒の班は嫌だったのよ」
「しょうがないじゃない。委員長兼同じ地学部の私は宿命と思って諦めたけど、この子が余るの見通した先生がくじ引きでグループ作ると決めたのだから恨むなら、多村先生よ」
「そうだけど、不自然にデカい泥で汚れたザックを背負った人と午後も行動するのよね。仲間と思われるのやだ」
小声で嫌味を言われてるが蛍は全く動じていない。気にしているのは労働のあとのちゃんぽんが美味しいから替え玉頼もうというくらいだ。
「すみませーん、替え玉ありますか!」
「蛍! ここは高田馬場のラーメン街じゃない!」
また花音に蛍は叱られるのであった。
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