58話 自分の役目

 ――戦いが終わり、転移魔法でレグリス王国の門前まで戻ってきたアズサ。まずはダリアらの様子を確認したいところだが、魔力が間に合っていない。


 アズサは地面を見渡した。出発時の魔法陣がまだ残っている。この魔法陣は誰かが踏むと発動し、使用者を記録する。以降、その魔法陣は記録された者にしか使用できず、二度目の使用で消滅するようにプログラムされている。つまり、ダリアらが王国へ戻っているならば、魔法陣は残っていないはずであった。


 ダリアらの部隊は一つとして帰還していない。


 しかしそれは驚くべきことではない。まだクーゲラス森林での戦闘に決着がついて間もない。少し待てばダリアらは帰還する。そして間抜けな表情を晒すだろう。何せ、倒すべき敵が自ずと消えてしまうのだから。


 アズサは王国の外側に準備しておいた不死兵アンデッドを攻撃するための魔法陣を除去した。


 ――さて、それをどんな言葉で返してやろうか。不完全燃焼な彼らを――殊にユリウスをどう煽ってやろうか。今から悪い笑みをこぼさずにはいられないアズサだった。



 *  *  *  *  *



 ――ミーリア一行。ミーリアの指示に従い、コニーは他の兵士を追って一生懸命に逃げていた。魔法陣は使えない。一度目の転移での使用者が全員揃わなければ発動しないからである。


 走りながら、コニーは不安に思う。ミーリアは大丈夫だろうか。上位不死兵アンデッドが現れてからもう一時間近く経つ。彼女は自分たちとは違い、強力な技能スキルと戦いのセンスを持ち合わせている。しかし、自分たちと同じ人間である。体力にも魔力にも限界がある。


 頼りになるとはいえ、大それた事態も何もかも任せられるほど特別な存在じゃないはずだ。安心しきってはいけない。


 コニーは自分の中にある不安が確かに必要な感情であることを理解できた。


 しかし、"その不安"と"自分がとるべき行動"というのはまた別問題であった。今、自分一人が引き返して援護したとしても、状況は大して変わらないだろう。むしろミーリアが自分を守るために、自分は彼女の行動に制限をかけることになるかもしれない。


 ミーリアが無敵でないからと言って、相対的に自分の能力が高くなる訳ではない。さっきだって、自分の攻撃は上位不死兵アンデッドに全く通用しなかったのだから。


 コニーはついに不確定な存在に祈ることしかできなかった。


「ああ女神よ、どうかミーリア様をお救いください‥‥‥!!」


 目を瞑り、唇を咬みながら逃げるコニー。逃げるには有り余る体力を持っていながら、何もできない自分に心底腹を立てていた。


 ――するとどこからか、うっすらと翼が羽ばたかれる音がした。コニーは目を開けて、空を見る。遥か上空に、白い大きな翼を広げる影。陽光が眩しくてよく見えない。


「女神‥‥‥?」


 コニーにはそう捉えられた。


 その翼を広げた影は、コニーに向かって垂直落下し始めた。コニーは足を止めた。


 影が地に降り立って、ようやくコニーは気づいた。


「ミェルちゃん!?」


 影の正体はミェル=ラーヴァ。自然技能ユニークスキル八属性プラネッツ》を有する魔法士の冒険者だった。年齢はコニーの方がいくつか上だが、実力でいえばミェルが格上である。


「やっぱりコニーさんだ! どうしてこんなところに兵士の方々がいらっしゃるんですか?」


 ミェルは、自分が向かっている方角から走ってくる兵士たちを見てこちらに降り立ったのだった。


「今、敵の大群と戦ってて‥‥‥ミーリア様が一人で敵の足止めをしてるんだ!」


 "敵の大群"と聞いて、ミェルは目を丸くした。


「その敵、どこにいますか!? 案内してください!!」


「案内って‥‥‥、まさか戦うつもり!? そんなの危険だ! 勇者一党のミーリア様だって敵を一人で抑えられるか分からないのに!」


「だったらなおさらです! 私も一緒に戦います!」


 ミェルの態度に、コニーは驚いた。昔の彼女はこんなに積極的ではなかったはずである。冒険者となってからも、ミェルは誰にも構わず一人でクエストをこなしていた。なぜ急に勇者たちと一緒に戦うと言い出すのか、疑問に思う。


 しかし同時に、心を動かされた。ダリアの言葉を思い出したのだ。


 "意味のない人生なんてない。一人一人が意味を持ち、何かの役に立って生きている"


 自分にも何かできることがあるはずだ。我ら兵士の役目は何か? 進軍する不死兵アンデッドを止めることじゃないか。そうダリアに指示されたじゃないか。勇者一党に任せきりにしていいはずがない。


「‥‥‥分かった、案内する。そして俺も戦う!」


 覚悟を決めたコニーの揺るぎない表情を見て、ミェルは安心したように微笑み、返事をした。


「はい!」


 コニーは踵を返し、戦うミーリアの元へ全力で走り出す。ミェルはそれを追って翔び立った。



 *  *  *  *  *



 ミーリアはたった一人で上位不死兵アンデッドを食い止めていた。


 それまで渓谷の向こうに居る不死兵アンデッドの塊を集中砲火で消滅させれば充分だったが、上位不死兵アンデッドがバラけて渓谷を飛び越えてくる今、その一体一体に回復魔法を狙って当てる必要があり、戦況は困難を極めていた。


 本来味方の回復を目的としているミーリアの身体能力はあまり高くなく、狙いを定める目的もあってその場から動かずに対処をしている。魔力は足りているが、一度でも攻撃を外せば上位不死兵アンデッドに殺されてしまう瀬戸際の戦い。


「渓谷を飛び越えるほどの身体能力‥‥‥。きっと攻撃力も凄まじいはずです。兵士さんたちがまとまっても危険でした。とても回復が間に合わないでしょうから」


 兵士を逃がしたことは正しい判断だったと思いつつも、現在の状況を切り抜けることができるかどうか、雲行きの怪しさを感じざるを得ないミーリア。


 そして上位不死兵アンデッドの動きは活発化していく。渓谷を飛び越えてくる上位不死兵アンデッドの数がどんどん増えているのだ。


「いよいよまずいことになりました‥‥‥。これは、万事休すですかね――」


 ミーリアが諦めかけたその時。


「《海洋型タイプマリン:激怒ノ荒波レイジングブルー》!!」


 飛びかかる上位不死兵アンデッドの群れを、大波が渓谷の底へ押しやった。


「これは‥‥‥魔法!?」


 感嘆するミーリアの元にコニーが駆けつけ、剣を構える。


「コニー君! どうして戻って来たのですか!」


「足手まといになろうとも、むざむざと逃げる訳にはいきません! 強力な冒険者のミェル=ラーヴァも戦ってくれます。彼女ほどの戦力ではありませんが、自分も一緒に戦います!」


 無鉄砲とも思えるコニーの行動に少し呆れながらも、ミーリアは笑顔を取り戻した。


「兵士長はとても勇敢な兵士さんを育てているのですね。頼もしいです。コニー君、そしてミェルさん。一緒に不死兵アンデッドを倒し切りましょう」


「「はい!」」

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