57話 秀逸の単独冒険者

 ――時は前日、不死兵アンデッドの軍勢との戦闘時まで遡る。


 ダリア率いるレグリス王国の兵士団は早朝の内に速やかに出動したので、王国内の住民らに何ら危機感を覚えさせることはなかった。


 そして日が随分と昇った頃。


 一人の少女が、いつものように冒険者ギルドに出向いた。


「今日は発注されているクエストが少ないなぁ。できるだけ高難易度のものがいいんだけど‥‥‥」


 少ないクエスト依頼が貼り出された掲示板の前で、少女は首を傾げていた。


 少女の名はミェル=ラーヴァ。見た目こそ幼いが、弱冠十四歳にして、一年足らずで冒険者個人ソロ功績スコア序列ランクにおいて六位の記録を出した優秀な魔法士である。


 当然、冒険者パーティーへの勧誘も殺到した。ところがミェルは、「皆さんに迷惑はかけられないので」と言って断っていた。


 六位の冒険者が迷惑になる訳がない。冒険者たちはしつこく勧誘し続けた。中には四六時中ミェルに付き纏う者さえ居た。心優しいミェルであったが堪忍袋の緒が切れて、たった一度だけ人間相手に魔法を発動してしまった。


 冒険者らの足元を巨大な魔法陣が覆い、植物のように涌き出る鎖がその身体を拘束した。


 それは一刹那に起こった問題トラブル。我に返ったミェルはすぐに魔法を解いたが、冒険者たちは畏怖の念を抱いてしまった。まだ若いこともあり、人間に対して魔法を発動したことについては厳重注意のみで事なきを得た。以来、冒険者パーティーへの勧誘は一切来なくなった。


 パーティーを組むことは、クエストの達成率が上がる上、体力的にも時間的にも効率が良くなるのでむしろ推奨される。


 パーティーの勧誘を悉く断り、彼女が一人で戦う理由は過去にある。


 ――一年前、魔王軍幹部の襲撃によりミェルの姉が死亡した。


 当時ミェルは母親と暮らしており、ミェルの姉は冒険者として一人暮らしをしていた。


 冒険者としての姉を尊敬し、憧憬していたミェルは、魔王軍に対して強い復讐心を抱いた。


 まもなくミェルは冒険者になり、その秘めたる才能を遺憾なく発揮したのだった。


 彼女の目的は冒険者として生計を立てていくことではない。魔王軍の情報を集め、姉を殺した連中に復讐することである。故に、個人的な復讐のためにパーティーを組んで他人を巻き込むのを避けたかったのだ。


 冒険者には活躍に応じて変動するクラスが存在する。Cクラス~Sクラスがあり、CクラスであればC-、C、C+というようにそれぞれ三段階に分けられている。一般的な冒険者であればC〜Bクラスが平均的であり、勇者一党はいずれもA+クラス以上である。


 ミェルの現在のクラスはA-。常人であれば十数年と怠らずに鍛練を積み重ね、やっとたどり着けるか否かといったレベルだ。魔力量や自然技能ユニークスキルなどの才能に委ねられる部分も大きい。


 それを彼女は、魔王軍の情報を集めるためにと高難易度のクエストを集中的に受注し続け、一年もかからずに到達してしまったのだ。


 クエストの達成率は百パーセント。これも彼女のクラスアップを促進する一因であった。


 そして今日もまた、魔王軍の情報収集のために高難易度のクエストを探していた。


 今日はいつになくクエスト掲示板がいている。よく見ると、クーゲラス森林やその方角でのクエストが一つもない。


 クーゲラス森林は俗に"魔獣の森"と呼ばれており、魔素が豊富なために魔獣も多く生息している。つまりレグリス王国の冒険者にはうってつけの狩場の一つなのだ。


 ところがそのクーゲラス森林でのクエストが一つもない。これは、勇者一党及び兵団が不死兵アンデッドの軍勢と戦闘を繰り広げていることに起因している。


 住民の混乱を避けるため、ダリアからギルドマスターに「本国より北、北東方面に冒険者を近づけないでほしい」と要求があったのだ。


 冒険者にとって行動範囲が狭まるのは痛手だが、ダリアのことをよく知るギルドマスターは、その意図を理解して快く承諾した。


 そんな裏の事情を知らないミェルは憶測を立ててしまう。


「もしかして魔王軍が動き出したのかな‥‥‥!? いつも酒場でお話されてる勇者様たちの姿もないし、魔王軍と戦うために出動したのかも‥‥‥!」


 だとすれば何としてでもその戦いに干渉したい、とミェルは考える。勇者一党が精鋭揃いなのは承知しているが、魔王軍への復讐だけは譲れない。


 ミェルは掲示板をよく見た。


「北東方面に一番近いクエスト‥‥‥これだ!」


 背伸びしてクエストの紙を手に取り、受付へ持っていく。


「――クエストが受注されました。馬車が手配されますので、以下のお時間に間に合うよう移動をお願いします」


「ありがとうございます」


 普通、クエストを受注してから、それに合ったアイテムを購入したり作戦を立てたりするが、ミェルにそんな素振りはない。受付嬢に丁寧にお辞儀をすると、装備は背負っている魔法杖ステッキのみで、真っ先に馬車の元へ駆ける。


「こんな機会めったにない‥‥‥急がなきゃ!」


 馬車に乗り込み、まもなくミェルは出発した。


 クエストの内容は、レグリス王国より東に位置する草原、そこに生息する巨大スライムを十体討伐すること。


 一番の目的は魔王軍と接触することだが、ミェルの真面目で心優しい性格から、受注したクエストもちゃんとこなすつもりだ。


「――到着致しやした」


「どうもありがとう!」


 高鳴る鼓動を抑えながら、ミェルは馬車を降り、草原を駆ける。するとすぐに、討伐対象である巨大スライムたちが姿を現した。


 身軽なスライムと違い、ブヨンブヨンと低い音を響かせながら重たそうな身体を飛躍させる巨大スライム。ミェルを捉えるとそちらに向かってゆっくりと移動し始めた。


 ミェルは背中の魔法杖ステッキを手に持ち、早速魔法を発動する。


「すぐに終わらせるよ。《天界型タイプヘヴン:包容ノ翼エンジェルウィング》」


 ミェルの背後で純白の魔法陣から大きな翼が出現し、瞬く間にミェルは上空に翔んだ。それはさながら天使のようである。


 大らかな翼がゆったりと天を仰ぐ中、ミェルは巨大スライムらを注視する。空を飛べない巨大スライムはただ跳び跳ねて真上を眺めるに留まっている。


「《火炎型タイプブレイズ:――」


 そんな巨大スライムらの跳び跳ねる草原に、炎をまとった紅蓮の魔法陣が出現する。そして辺り一帯を炎が包み込んでしまった。


「――滅裂煉獄》!」


 轟轟たる炎は激しく巨大スライムを呑み込む。並みの冒険者であれば、その弾力のある身体に剣撃を与えるのに苦労し、魔法を何十発と撃ち込んでようやく一体倒せるかといった難易度である。ところがミェルが放った灼熱の中で巨大スライムは為す術なく、その身を一気に溶かされる――否、焼き消される。


 時間はほとんどかからなかった。


 巨大スライムの消滅を確認したミェルは魔法を解いた。


 炎が広がっていたはずのそこは、至って普通の草原だった。焼けている様子も一切ない。ミェルが使用した《滅裂煉獄》は、使用者が敵意を向けている相手にしか効果を及ぼさない。


 そして複数の属性を扱うミェルの自然技能ユニークスキルは、《八属性プラネッツ》。雨水、金属、大地、火炎、樹木、土砂、天界、海洋の特殊な八つの属性に適応できるという強力な技能スキルである。


 これを用いて、ミェルは様々な高難易度のクエストをアイテムも使わず、魔法杖ステッキのみで達成してきた。それがミェルの才能だった。


 巨大スライムを十体討伐するというクエストを達成したミェルは翼を維持したまま、魔王軍がいると思われるおよそ北の方角へと翔んでいった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る