36話 弱きに寄り添う
-ミーリア一行-
水の流れる音。それがミーリアたちが転移後に最初に感じたものだった。
ミーリアは水の音がする方向へと歩いていった。兵士らはそれについていった。
「な、なんだこれは!?」
「これじゃ進めない!!」
兵士らは口々に感嘆した。ミーリアも、少し戸惑っている。
足場がそこで途絶えており、その下の方から水の流れる音は聞こえていたのだった。
ミーリアらが転移したのは、渓谷。底は深く、とても降りることはできそうにない。
「これは困りましたね‥‥‥。兵士さんたちが何もできない」
ミーリアはそう言ったが、その言葉に兵士らは疑問を抱いた。兵士らが何もできないのは分かるが、ミーリア自身はどうなのか、と。
「でも、まあ。そうですね。アズサさんがいないので、この地形は私が務めないといけませんね」
ミーリアは勝手に納得した。そこで、一人の兵士が前に出たのだった。
「お言葉ですが、ミーリア様は回復術師だったはず。我々が戦えないというこの渓谷で、どのように
それは若い青年の声だった。なのでミーリアは目を丸くした。
「あなたは‥‥‥。あの、年齢を訊いても良いですか?」
「十九です。コニー=レトリアルと申します」
ミーリアは感心して笑顔になった。
「驚きました。ユリウスさんと同じくらいの若さで、ダリア兵士長に説かれた兵士さんが居たのですね」
その兵士は少しうつむいた。
「じ、自分の話は大丈夫です。質問に答えてくださいませんか」
「そうですね~。それなら、直接
ミーリアは視線を渓谷の向こう側に移した。兵士らが追ってそちらを見ると、そこにはすでに、大量の
* * * * *
-ダリア一行-
ダリアらの転移先は沼地。霧がかっており視界が悪い。湿度が高く、また足元が不安定だ。兵士らは足が土に浸かるのを感じたのでじたばたし出した。
「狼狽えるでない! 一層に足をとられるだけだ!」
ダリアはそう指示を出すが、兵士らは落ち着けていない。鎧のせいで可動域が制限されることもあってか、どうにも焦っている。
これではまともに
――それが予てよりの、ダリアのやり方であった。
常に自分ではなく兵士らのことを重んじる。弱い者の味方となる。彼はずっとそうして戦い続けた。
この世は儚い。基本的に弱肉強食の世界で、国家があったとしても富豪がのさばり、平民は下を向き続ける。
それをよく表していると思うのが、冒険者だった。
クエストは自己責任。失敗すれば報酬はないし、弱者はパーティーから追い出されることもあり得る。
そして勇者一党。特に強い者のみを揃えた精鋭中の精鋭。これのせいで、冒険者世界では強い者こそが活躍でき、弱い者は戦線に立つことすらできない。
ダリアはそれが気に食わなかった。同じ人間で、なぜ皆で協力しないのか。一人一人の望みを叶えてやれないのか。
それでダリアは、自らが弱き者たちを導こうと決心した。王国兵士団に入団し、その実力を遺憾無く発揮。瞬く間に兵士長の座まで上り詰めた。
戦線に立てなかった者たちを集め、自分管轄の兵士として働かせた。これまでずっと、兵士らに寄り添ってきた。
なので兵士らは決して強くない。しかし、戦線に立つことを志した者たちだ。
そんな彼らの、
お国のためなど、綺麗事でなくていい。ただ、弱き者の願いにダリアは応えたいと思って、今日を生きてきた。
ここで兵士らの心を折らせる訳にはいかない。
「――私がついている!!」
ダリアはそう叫んだ。すると兵士らの騒ぎはピタリと止んだ。そして、皆がダリアを見つめた。
この兵団を築いたのは誰か。孤弱な彼らを支えてきたのは誰か。
この自分じゃないか。
寄り添うというのは、自分が兵士らの支えになることだ。彼らはもう孤弱などではない。ダリアが率いる立派な仲間同士である。
「悲しむことはない、私が側にいる。焦ることはない、私は隣にいる。ゆっくりでもいい。ともに歩もうぞ、同志よ!」
ダリアの心からの言葉。それがこの男についてきた兵士らに届かないはずがなく。
「「「おぉぉぉぉっ!!!!」」」
兵士らは覇気と落ち着きを取り戻した。ようやくダリアたちは歩き出すことができた。
ちょうどその頃、彼らの景色にも、
* * * * *
ダリアらの転移先での様子を、アズサは王国の監視台から魔法を使って眺めていた。
「どの地点でも
アズサがダリアらの転移先に設定したのは、レグリス王国からかなり離れた、地形がバラバラの地点であった。
今回は敵の数があまりに多く、まとめてアズサの古代魔法で一掃するのが難しい。また、ダリアら剣士が戦う場合、敵が一点に集中していては戦いづらい。
なので、
しかしアズサは、そのダリアらが居る地点の様子から、疑問を抱いた。
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