35話 任務開始

 ――翌朝。レグリス王国の門を背景に、鉄の鎧に身を包んだ兵士たちが綺麗に整列していた。その先頭には、勇者一党とダリアが居る。


 軽装で、髪が四方に跳ね上がったユリウスは空気に似合わない大きなあくびをした。


「ふあぁぁっ‥‥‥。兵士長、こんな朝早くから出発するならもっと事前に伝えといてくれます?」


「すまない。私もそうしたかったが、魔王軍幹部の件で忙しそうだったのでな」


 ダリアの返答で、ユリウスは先日のことを思い出した。ユリウスは、本来ダリアらが行うはずの魔王軍幹部の調査を自ら引き受けたのだ。


 ユリウスは頬を膨らませた。


「止めてくれれば良かったのに」


「止めたら、大人しく下がってくれたのか?」


 ユリウスは黙った。


 その様子を、他の勇者一党メンバーらは半ば呆れて見ていた。


「あの二人は本当に仲良しですねー」


「とても、これから戦線を駆けるなんて雰囲気じゃないな」


「どうでもいいから早くしてくれ。もうとっくに転移魔法の準備は整っている」


 ダリアはようやく、兵士らに指示を出した。それに合わせて、兵士らは四つの部隊に分かれた。ダリアが兵士の方を向くと、ユリウスは耳を塞いだ。ダリアは息を大きく吸い、その場の兵士たちに十分すぎる声量で言った。


「作戦は先日伝えた通りで変わりない。四つの部隊に私と勇者一党が一人ずつ付き、複数の地点から不死兵アンデッド撃退を行う。‥‥‥皆、覚悟は良いか!!」


「「「うおぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」


 獣の雄叫びのように叫ぶ兵士ら。ダリアが率いる兵士団は、任務の度にこれを行う。


 兵士らの声が収まると、ユリウスは耳を塞ぐのをやめた。


「いつも静かな兵士長が、任務直前のそれになるとガラッと雰囲気変わるよなぁ。相手はただの不死兵アンデッドだってのに」


「‥‥‥ユリウス、お前には良い目覚ましでしかなかったかもしれんが、兵士たちには必要な覚悟だ。皆、お前たちほど強くないものでな。死線を共にする仲間に、覚悟の一つもさせてやれないなど、兵士長として失格だろう」


 勇者一党には不思議に思えても、能力値の高くない兵士らからすればいつ死ぬとも知れぬ未曾有に飛び込むことになるので、覚悟を決めるのは至極当然なのである。


 兵士たちが覚悟を決めている中、しかし当のダリア本人は心の内に一抹の不安を抱えていた。その原因は、この作戦が突発的に立てられたものだということ。


 不死兵アンデッドの総数や進軍している方角、進軍の速度――。これらの情報から、王国は直ちに対応しなければならない状況だった。


 兵士らの準備や対策は不十分。ダリアが勇者一党を頼みにした理由の一つである。


「話は済んだか? いい加減待つのも限界だ」


 痺れを切らしたアズサはそう言うと、ダリアの合図を待たずして転移魔法を起動させた。


 兵士たちの足元に、四つの巨大な魔法陣が光を放つ。ユリウスたちは慌てて各々が受け持つ兵士らの魔法陣に入った。


 己が弱気になってどうする? ダリアは気持ちを入れ替え、改めて全員に言った。


「皆、健闘を祈る!!」


 その言葉を最後に、レグリス王国の門からは、アズサ以外の全員が姿を消した。


 ――任務開始である。



 *  *  *  *  *



 -ユリウス一行-


 忽然と浮き上がった巨大な魔法陣上に、ユリウス一行は現れた。


「ここが僕たちの持ち場だね」


 ユリウスはそう言って、辺りを見渡した。


 ユリウス一行が担当する地点は、平野。遮蔽物がなく、見渡しの良いところだ。


 見渡しが良いので、彼らはすぐに確認することができた。


「‥‥‥おっ、あれかな」


 背景とするにはあまりにおぞましい、不死兵アンデッドの群れ。


「あれ全部倒さなきゃならないのか‥‥‥!」

「じ、自信なくなってきた‥‥‥」


 そんなことを兵士たちが言い出した。ユリウスは呆れてため息をついた。


「兵士長も君らも大袈裟すぎ。あれくらい大したことないでしょ」


「「おぉ‥‥‥」」


 ユリウスのたったその一言で、兵士たちは口を揃えて反応した。


「さすが勇者一党のリーダーだ」

「俺たちもこんな弱腰じゃいけないな!」


 一行の雰囲気がガラリと変わった。


 ユリウスは剣を抜いた。聖剣――ではなく、もう一本の至って普通の剣である。


「さぁ、始めるよ」


 一行は不死兵アンデッドの群れを目指して進軍を始めた。



 *  *  *  *  *



 -アーベル一行-


 彼らが転移したのは、岩山の麓。足元は尖った岩ばかりで、人が歩くにはとても険しい。


「なんだこの岩山!?」

「とても立ってられんぞ!?」


 四つ這いになったり、岩にしがみついたりする兵士らは苦を訴える。彼らは基本的に王国内を守護する立場なので、このようなところにはあまり踏み入ることがない。さらに、冒険者が施さないような重い鎧を身につけているので小回りが利かず、この上なく厳しい環境だった。


 そんな中でアーベルは一人、長刀を携えているにも関わらず、尖った岩の上に足を揃えて立っていた。余程体幹が良くなければできない業である。


 騒ぐ兵士らの一方で、アーベルは一言も発することなく辺りを見渡していた。


「すごいな、アーベルさん。こんなおっかないところでどうやって立ってるんだ?」

「おっかないといえば、アズサさんもおっかなかったなぁ。追い出すように転移魔法を発動して」

「俺らは早朝から動いてるのに、任務に参加しないからって他人事みたいだったよな」


「――それは違うだろ」


 突然アーベルが口を開いたので、兵士らは一同にアーベルに注目した。


「お前たちは、アズサがどれだけこの任務に貢献したか分かっていない。あいつは、昨夜の内から今朝方まで一睡もせずに魔法陣を作成していたんだぞ」


 兵士たちは驚愕した。彼らが早朝に動き出すのに対し、彼女は一晩中動いていたというのだから。



 ――アズサは一人で魔法陣を描き、術式の準備を完成させた。アーベルはそれを知っており、途中協力しようとした。しかし、「お前は戦線で嫌というほど動かなければいけないだろう」と言ってアズサは断ったのだった。



「あいつは十分に働いた。これからは、俺たちの番だ。この程度の環境に弱音を吐いている場合じゃない」


 そう言ってアーベルは軽々と岩山を跳んで進んでいった。その後を、兵士たちは騒がずについていった。

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