31話 目覚める本能

 闘技場フィールドでは激しい攻防戦が繰り広げられている。セシリーは闘技場フィールド全体に満遍なくと言っていいほど刃を巡らせ、しかしヘルブラムはその斬撃をものともしていない。


 ヘルブラムには範囲攻撃を控えてもらってるが、セシリーは容赦なく使ってるな‥‥‥。それでもなお戦力差が大きいことを自覚して、出し惜しみしないセシリーの本気さが窺える。


 ‥‥‥けど不可解だな。セシリーにはついこの間、頭を使って攻撃することを意識するように教えたはずだった。


 今のセシリーは確かに本気に見えるが、指導をする以前よりも乱暴に思える。刃は確実にヘルブラムに届いているが、一つ一つが薄すぎて全くダメージを与えられていない。まるでヘルブラムを攻撃する気がないかのようだ。


 興奮状態で頭が回っていないのだろうか。


 ヘルブラムは全身を炎で包み、ただ立っていた。


「かゆみすら感じないぞ‥‥‥? それでは俺を止められんぜ!」


 ヘルブラムはあらゆる方位から襲いかかる刃を無視し、セシリーめがけて走り出した。セシリーは攻撃で精一杯なのか、そこから動こうとしない。


 あれ? これはセシリー、まずいんじゃないか?


「勝負ありですね」


 レベリアがそう言った。俺は拳を握りしめた。確かにこのままだとセシリーは負けてしまうが、そう考えたくなかった。


「まだ、どうにかすれば――」


「どうしようもございません」


 レベリアは首を横に振りながら、俺の淡い期待をかき消すように言葉を遮った。


 ヘルブラムは右腕を大きく振りかぶった。


「ヒロトの従者よ。以前受けた俺の攻撃、今のお前に対処できるか?」


 ヘルブラムの拳は、その身を覆う炎にも増して赤く燃えていった。それでもセシリーは攻撃を止めず、動かない。


 ‥‥‥まだ、ヘルブラムと戦うには実力差がありすぎた。セシリーがどう強くなるのかは今後の努力次第であり、今回は少しの成長が窺えただけでも良い機会だったと言えるだろう。


 ヘルブラムはセシリーとの距離を埋めると、ついに赤く赤く燃える拳で、セシリーを殴った――――








「‥‥‥お?」


 ――――かのように思えた。が、違った。


 ヘルブラムの拳はセシリーの目前で炎と勢いを失って停止していた。


 俺は固唾を呑んだ。


 その数秒間が俺の頭の中で反芻される。何が起こったのか、今一度理解するために――。


 ヘルブラムの拳は間違いなく、セシリーを殴るだけの炎と勢いを伴っていた。しかしセシリーに及ぶ直前で、ヘルブラムの拳の勢いは完全に失われた。‥‥‥まるで、ヘルブラムとセシリーとの間に壁があったかのように。


 何が起こった?


 駄目だ全く分からない。透明の壁がヘルブラムの拳を止めたようにしか見えなかった。


 俺の額を汗が伝う。


「ひどく驚いておられるようですね、ヒロト様」


 隣で俺を嘲笑うがごとく、レベリアが言った。


「その反応では‥‥‥まさか。"セシリーさんが敗北する"とお思いだったのですか?」


 ――俺は違和感を覚えた。


「どういうことだ? 君も"勝負あり"だって‥‥‥」


「ええ。セシリーさんの完全勝利ですよ」


「は!?」


「セシリーさんは新しい技能スキルを獲得したようです」


 セシリーが新しい技能スキルを獲得した? さっきの攻防の中でそんな場面あったか?


「セシリーは自然技能ユニークスキルしか使っていないじゃないか」


 俺がそう言うと、レベリアは少し目を丸くした。


「どうやらヒロト様は、技能スキルを見分けることができないようですね。あれは確かにセシリーさんの自然技能ユニークスキルに見えますが、そうではありません。セシリーさんの自然技能ユニークスキルから派生した、新しい技能スキルです」


 なんだそれ‥‥‥、三年間の異世界生活で一度も聞いたことないんだけど。自然技能ユニークスキルから派生するって何?? おじさんこれ以上新しい要素には適応しきれないよ。


「‥‥‥えっとつまりセシリーは、その新しい技能スキルでヘルブラムの攻撃を止めたってことか?」


 どうにか頭の中を整理しようとする俺に、レベリアは頷いた。


「私の鑑定によるとあの技能スキルは、《殺傷空間キリングフィールド》という獲得技能アッドスキルですね」


「鑑定系の技能スキルって、普通みんな使えるもんなのか‥‥‥?」


 俺はボサッと呟いた。


 だってセシリーもティアナも鑑定使えるじゃん? 俺、自然技能ユニークスキルしか使えないんだけど。‥‥‥クソぅ、人知れず自分の非常さを痛感する‥‥‥。


 レベリアは説明を続けた。


「広範囲に刃の軌道を巡らせ、常に無数の細かい刃を走らせているようです。そしてその範囲内で、一時的に一つの刃を超強力にすることができる、とのこと」


 ‥‥‥なるほど。セシリーはその超強力な刃で、ヘルブラムの拳を止めたということだな。


 ――ってそれめちゃくちゃ強力じゃないか!!? パワーバカのヘルブラムの拳だぞ!?


「あいつ、いつの間にあんなに成長したんだ‥‥‥?」


「確かに成長はしていますが、セシリーさんは初めから戦闘の才能を持っていました。おそらくこの戦いの中で、彼女の本能が覚醒したのでしょう」


 レベリアはすらすらとそう言うが、俺はその言葉の意味がよく理解できなかった。


「それって、どういう‥‥‥?」


 俺が訊くと、彼女は分かりやすく換言してくれた。


「セシリーさんが、自分に正直になったということです」





「――――どうなってんだ?」


 ヘルブラムは何が起こったのか理解できていない。しかし、自分の攻撃を止められたことだけは把握した。


「‥‥‥おもしれぇ!」


 ヘルブラムは再び拳に炎を宿し、セシリーを殴ろうとした。


 ――――が、またしても拳は届かない。ヘルブラムは構わず、攻撃を繰り返す。何度も何度も殴りかかる。その度に拳は防がれた。


 やがて、セシリーの方が攻撃を仕掛けていった。凄まじい速さの刃がヘルブラムの横腹を突いた。


「ぐぅっ!?」


 ヘルブラムの身体は大きく傾いた。なんとかこらえようとするヘルブラムだが、セシリーの刃は隙を与えずにヘルブラムを襲い続けた。


 何度も何度も左右によろけるヘルブラム。そしてついに衝撃に耐えきれずバランス感覚を失ったヘルブラムは、後方に倒れてしまった。


一つ、二つ、三つ、四つ‥‥‥‥‥‥




 ――――勝負あり。セシリーの勝利だ。

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