30話 まっすぐな姿勢

 階級制カースト。魔族の従者メイドとなる者たちに課せられる呪い。自身より能力値が低い相手に対する技能スキルの効果が増加し、逆に能力値が高い相手に対しては効果が減少してしまう。


 弱い相手にはとことん強くなるが、強い相手にはとことん弱くなってしまう呪い。


 俺はそれを初めて知った。以前セシリーが言った"自分たちは万能じゃない"というのはこのことだったんだな。従者メイドに課せられる呪い。そんなものがあったとは‥‥‥。


「無謀にも幹部に挑む愚者に、幹部の手を煩わせないための呪いです」


 レベリアの説明を聞いて、さっき彼女が言ったことの意味を理解した。


 "全ての戦線に立つ必要はない"


 確かに従者メイドには幹部を守る役割があるかもしれないが、幹部に匹敵するような強者までを相手にしてはいけなかったのだ。


 セシリーはその呪い――一種のハンディキャップをも押し返して幹部おれを守ろうとしていた。俺が人間で、弱いことを知っているから。


 そして、気づく。


「じゃあ、今の戦いだとセシリーはかなり不利じゃないか!」


「はい、とても不利です」


 普通に戦ってもヘルブラムが強いはずなのに、さらに呪いの効果が上乗せ状態。勝つどころか傷一つつけられるかすら分からないのではないか?


 俺は、とてつもない指示を出してしまったと後悔した。セシリーは真面目で、俺の指示も素直に聞いてしまう。彼女は勝てるはずがないと分かっていたはずである。その上で、俺の指示・・・・だから従った。


 これは、セシリーを絶望させるかもしれない。呪いを克服しようと努力する、まだその途中の段階で、改めて呪いの恐ろしさを知る。


 努力が生半可な状態で目標は達成できない。セシリーがそれを、"これまでの努力が否定された"と錯覚する可能性は大いにある。俺は俄然不安になった。


 ――今、止めれば間に合うか‥‥‥?


 俺は慌ただしく立ち上がった――――が、レベリアが手を伸ばして俺の前方を塞いだ。俺に止めさせないつもりだ。俺にはその行動の意味が分からなかった。


「何のつもりだよ。‥‥‥まさかヘルブラムにウチの従者メイドを殺させるなんてこと考えてないよな?」


「セシリーさんを殺させる? ‥‥‥私を何だと思っておられるのですか。ヒロト様、急に落ち着きを失われたようですが、何を熱くなられているのです?」


 レベリアは、極めて落ち着いていた。


 俺が熱くなっている? 俺はただ、セシリーが絶望するのを未然に防ぎたいだけで――


「本当に止めてよろしいのですか?」


 レベリアはまっすぐ俺を見つめて、訊いた。そりゃあ、止めなければいけない。止めなければ、


「止めなきゃセシリーが負けて自信を失うことに――」


「その考えが正しいのか、と尋ねているのです」


 俺の"戦闘を止めなければ"という意思は一時的に停止した。カッと熱くなっていた何かが、冷め始めた。


「なぜセシリーさんが負けると断言できるのです? なぜセシリーさんが自信を失うと断言できるのです? なぜ、セシリーさんの未来を、ヒロト様が断言できるのです?」


 レベリアの問いかけ。俺はそれに答えられなかった。


「私はセシリーさんと同期で、学校では長い間セシリーさんを見ていました」


 レベリアはそう言って、境界壁シールドの向こうの、煙の中に居るであろうセシリーの方を見た。


「彼女のまっすぐな姿勢は、そう易々とは変わりません。たとえ自分が勘違いをしていても、指摘されるまで方向転換することはなく、真っ直ぐ走り続けるような子です」


 ‥‥‥それがレベリアの言い分だった。


 俺はそれを素直に受け入れることができた。レベリアの言うこと全てが納得できるのだ。セシリーの真っ直ぐな姿勢は、俺もよく知っている。


 セシリーが絶望するなんて、俺の憶測でしかない。俺は憶測が多い。テンプレを考えて、物事を決めつけがちだ。


 セシリーとレベリアが従者育成学校でどのような関係だったかは分からないが、少なくともレベリアは俺よりセシリーのことをよく知っている。


「‥‥‥そうだな、レベリアを信じるよ。セシリーのことは、君の方がよっぽど詳しいみたいだし」


 俺はそう言って、再び椅子に腰かけた。セシリーはそう易々と折れたりしない。それに、負けるとも決まった訳じゃない。


 そうして俺は、闘技場フィールドの方に注目した。


「戦闘はこれからのようです」


 レベリアが言った。俺は一つ頷いた。そして薄れる煙の向こうには――


 ――闘志と自信に満ちた表情で、セシリーが立っていた。


「お! 無事だったのか、良かったぜ‥‥‥」


 ヘルブラムは、ホッと安堵のため息をついた。


「問題ありません。戦闘を続行しましょう」


 セシリーはもう待ち切れないと言わんばかりであった。闘志むき出しで、諦めるどころか少し嬉しそうにすら窺えた。


 ヘルブラムは笑った。


「その心意気や天晴れ! 俺も戦い甲斐があるってもんだ! お前は有望だな!」


 二人とも、良い感じに体暖まってるな。俺の不安はやはり、不必要だったようである。


 どちらが勝とうが負けようが、どんな結果になろうとも、あいつらはお互いを成長させ合うことができる関係になりそうだ。


 呪いのマイナス効果を上回るほどの実力を身につけるというのはかなり難題かもしれない。だがセシリーの真っ直ぐな姿勢を壊そうとは決して思わない。


 俺はセシリーを心から応援しようと決めた。





 ――だったら俺自身がもっと協力しろって? いやいや、あいつはもう俺が居なくても強くなれる。あいつなら、きっと自分自身で呪いを克服できるさ! ‥‥‥自分がダラダラするための口実なんかじゃないよ、決して。

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