29話 強さを求める理由

 セシリーたちが戦う闘技場フィールドは結構広く作ってある。庭一帯をすっぽり覆ってしまっている。ヘルブラムの炎はこの森を焼きつくすことができるらしいので、闘技場フィールドが狭いとセシリーにかわす手段がない。できるだけ広くして、ヘルブラムには闘技場フィールドを埋め尽くすほどの範囲攻撃を遠慮してもらうことにした。


 決着条件は、どちらかが降参、もしくは倒れたまま五カウントが経過すること。怪我を治すことができるとはいえ、怪我したその時はちゃんと痛みを感じる訳なので少し気がかりだが、これも試練と思って頑張ってくれ‥‥‥。



 闘技場フィールドの中で向かい合うセシリーとヘルブラム。無論、俺は闘技場フィールドの外側で椅子に座ってくつろいでいるのだが、闘技場フィールドの中で二人は何やら話をしているようだ。


「さて、ヒロトからはなるべく範囲攻撃を使わないように言われてるが、従者メイドちゃんは手加減するなよ?」


「はい。全力を尽くさせていただきます」


 二人はそれぞれ、臨戦態勢に入った。さて、魔王軍幹部と従者メイド。俺からすればどちらも化け物染みた強さだが、その実力差を見せてもらおうじゃないか。



 ――戦闘は始まった。


 まず仕掛けたのはセシリーである。即座に距離を詰め、右手を大きく振りかぶった。早速、自然技能ユニークスキルを使ったのだ。彼女の右手の動きに合わせて刃が流れる。


 ヘルブラムは笑むと、大きく飛躍した。的を失った刃はひゅうっと空を切る。ある程度距離があったにも関わらず、その時点でヘルブラムはセシリーが技能スキルを使うことを読んだのだ。


 しかし現在、ヘルブラムは上空で機動力がない。その隙をセシリーが逃す訳もなく。セシリーは上を見ると足を止めて、両手を使っていくつもの刃を空に放った。


 セシリーの刃は見えないことはない。厄介なのはスピードである。刃はセシリーの指先に合わせて動くので、刃がセシリーから遠ければ遠いほど速くなる。しかし距離で変動するのは速さだけではない。


 ヘルブラムは拳を燃やした。ごうごうと炎を上げる拳を天に向け、それから勢い良く下に振るった。


 炎は刃と激しくぶつかり合う。そして、金属が割れる音が響いた。


 セシリーは目を丸くした。ヘルブラムの炎が、刃を壊したのだ。


 セシリーの刃は射程を伸ばすほど速くなり、脆くなる。ヘルブラムに及ぶ頃には、彼の拳で十分破壊できる耐久力にまで落ち込んでいたのだ。


 自由落下するヘルブラムは、炎を弱らせるどころか、全身へと着火させ、隕石の如くセシリーに向かった。


 重力加速度も相まって勢いを増す炎の塊。セシリーは危険を感じたのか、背を向けて距離を取ろうとした。


 ――ヘルブラムは激しく着地した。爆煙が巻き起こり、距離が足りなかったセシリーは爆風に吹き飛ばされてしまった。


「あ、すまん!」


 ヘルブラムは慌ててそう言った。煙が闘技場フィールドに蔓延し、外からは何も見えなくなる。


 レベリアはため息をついた。


「やはり無茶ですね。"範囲攻撃を使ってはいけない"と頭で理解できていても、身体の方は加減を知らない。ヘルブラム様にあれ以上繊細な調整はできません」


 あれ以上繊細な調整って‥‥‥


「どんだけ大雑把なんだそれ?」


 どこまでもテンプレ通りな男、ヘルブラムである。しかしまぁ、危険を察知し、相手に背を向けてまで逃げるという選択を取ったセシリーは正解だったな。結果的にダメージは負ってしまっただろうが、目先のことに囚われず、後のことを考えることができている。


 ほんと、成長が著しい従者メイドだ。なんだか自分の娘でも見てる気分だな。――俺、前世では子供どころか結婚もしてないんだけど。


「‥‥‥そういえば、どうしてセシリーは強くなろうとするんだろうか?」


 俺はふと、そんなことを呟いていた。


 セシリーは俺を守るためと言っていたが、そこまで頑張る必要があるのだろうか。指導を頼まれた当時の言い方では、幹部である俺よりも強くならなければ! ってニュアンスだった気がする。


「それは、ヒロト様が人間だからかもしれませんね」


 レベリアが言った。


「どういうことだ?」


「魔王軍幹部が入れ替わることは、極めて異端な事態。次期幹部を人間が務めるとあらば、なおのこと。ヘルブラム様がヒロト様を襲ったように、セシリーさんは、ヒロト様に興味を抱く者が増えていると危惧したのでしょう」


「‥‥‥なるほど」


 レベリアの説明に、俺はすんなりと納得できた。確かに俺は異端な存在である。いろんな猛者たちに目をつけられてもおかしくないだろう。事実、勇者も俺を訪れたのだから。


「しかし従者メイドの役目はあくまで魔王軍幹部の補佐。セシリーさん自身が幹部に代わって全ての戦線に立つ必要はないのですが‥‥‥」


 レベリアはそう言いながら突然、表情を曇らせた。


「まさか、呪いを克服しようと‥‥‥?」


 一人でとある推測に至ったレベリアの言葉は、俺には聞き慣れないものだった。


「ちょっと待って。"呪い"って何?」


 レベリアは一瞬目を丸くしたが、すぐに納得したように落ち着いた。


「ヒロト様はご存知なかったのですね」


 レベリアはそう言って、呪いについて話してくれた。


「私たち従者メイドには、魔王様によって呪いがかけられているのです。その名を"階級制カースト"。技能スキルの効力が相対的に変動する呪いです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る