32話 成長の証

「‥‥‥おいおい、マジかよ」


 戦闘が決着したことを確認すると、俺は唖然となりながらも境界壁シールドを解除した。そして、セシリーらの元に歩み寄る。


「かぁぁぁっ! 負けたぜー」


 倒れたままのヘルブラムは大の字になってそう叫んだ。俺はそんなヘルブラムの前に立ち止まった。


「何だよ、ピンピンじゃないか。もしかしてわざと倒れたのか?」


 ヘルブラムは軽く笑うと、首を横に振った。


「俺にそんな器用なこたぁできねぇよ。間違いなく、お前の従者の勝ちだ」


 ‥‥‥確かに、レベリアによればヘルブラムは不器用だ。それに、勝負ごとの好きそうなこいつが、わざと負けてやるなんてことはしないだろう。


「油断しましたね、ヘルブラム様」


 気づけばレベリアが隣に立っていた。この従者メイド、全く気配を感じ取れない。俺のすぐ横に居たというのに、レベリアが声をあげるまで存在が分からなかった。さては暗殺者アサシン技能スキルを修得してるな? 目標ターゲットは誰だ? 俺か?


「油断なんざしてないさ。相手の技が上手だっただけだ」


「いい加減、相手の戦略を読む努力をなさってはいかがですか?」


「頭脳戦は嫌いだ。己の拳の、純粋な力で競ってこそぞ!!」


 倒れたまま拳を天に突き上げるヘルブラム。下を向いてため息をつくレベリア。‥‥‥こいつら、なんだかんだ良いペアだな。


「にしてもセシリー、さっきの技能スキルはすごかっ――」


 セシリーの方へ踵を返した俺は、言葉を失った。


 戦闘終了直後から全く動かずに立ち尽くしていたセシリーが、たった今、倒れたのだった。


 俺はすぐさま駆け寄り、セシリーを抱えた。


「大丈夫かセシリー!?」


 一体どうしたというのか。ヘルブラムの攻撃は完全に防いでいたので、ダメージはないはずなのだが。


「どうやら多少――いえ、かなり無理をしていたようですね」


 レベリアが説明した。


闘技場フィールド全体に常に刃の軌道をめぐらせ、且つ強力な刃を何度も走らせた。新しく得たばかりの技能スキルを執拗に酷使すれば、身体に多大な負担がかかるのは当然のことでしょう」


「‥‥‥それもそうか。ヘルブラムを相手にして、勝つ気で挑んだんだからな」


 セシリーの刃の操作は器用になってきている。今回はその器用さに頼りすぎたようだ。ヘルブラムの強さは鑑定技能スキルを使えばある程度把握できるはずだ。新たな技能スキルを獲得して勝機をつかんだセシリーは、目先の勝利のみに焦点が狭まってしまったのだろう。


「レベリア、セシリーの状態って分かるか?」


「全身に疲労が見られ、気を失っています。少し休ませてあげるのが良いでしょう。私が肉体の状態を巻き戻して、成長の感覚を忘れてしまうのももったいないですから」


「そうか。ありがとう」


 俺はセシリーを見つめた。セシリーは気を失ったまま、しかし微笑んでいた。きっと勝利に喜んでいるのだろう。


「まったく、無茶をするマジメイドだな」


 そんなことを呟いていると、ヘルブラムはひょいっと起き上がった。本当にピンピンしている。こいつに肉体的疲労とやらを与えるのは、相当困難なのだろうな。


力量抑制パワーリミットありとはいえ、俺を倒すとは大した従者メイドだな!」


「何‥‥‥?」


 俺はヘルブラムの発言に疑問符を浮かべた。


「ヒロトよ。やはりそのセシリーという戦士、俺が鍛え上げればなかなか良いライバルになりそうだぁ!!」


「‥‥‥なぁヘルブラム。その"力量抑制パワーリミット"ってのは何だ?」


 戸惑う俺に対して、ヘルブラムはキョトンとした。


「前に話さなかったか? ステータスを誤魔化す技能スキルを使っていると」


 ヘルブラムに言われ、俺は記憶を辿った。すると確かに、初めてヘルブラムに会った時にそのようなことを言っていたと思い出した。


「――でもあれは、幹部の地位を鑑定で悟られないようにするためじゃなかったのか?」


「そうなのか、レベリア? 俺は詳しいことはよく知らん!」


 胸を張って言い切ったヘルブラムに俺は呆れる。


「なんで本人が技能スキルのこと知らないんだよ‥‥‥」


「いえ、技能スキルを使用しているのは私です」


 レベリアが答えた。


「えっ、そうなの?」


「はい」


 ‥‥‥なーんだ。そりゃあヘルブラムが技能スキルのことを知らないのは当然じゃないか。というか、考えてみればステータスを誤魔化すなんていう技能スキルをヘルブラムが会得しているはずがないじゃないか。


「ヘルブラム様の力は、力量抑制パワーリミットによって大幅に制限されています。本来のままでは日常的に破壊行為を行いかねないので、先日ヘルブラム様の合意の上で――」


 レベリアはそう言っているが、きっと半ば脅迫してヘルブラムを言いくるめたのだろう。まぁ確かに、互いの合意なしで一方的にパワーを制御できるんじゃ、チートもいいところだ。


 その力量抑制パワーリミットという技能スキルでステータスが変化していたから、ヘルブラムが屋敷を襲った時にセシリーたちは相手が魔王軍幹部だと気づかなかった訳だ。で、ということは‥‥‥?


「セシリーはあくまで力を抑えたヘルブラムに勝っただけってことなのか」


「はい」


 おいおい、とんでもない事実が発覚しちゃったよ。恐らく――いや絶対、セシリーは自分よりはるかに強い魔王軍幹部を相手に健闘したと思っているだろう。それが手加減した幹部だったなんて。セシリーがそのことを知れば、どれだけショックなことか。


 もしや今の話、セシリーに聞かれていないだろうか!? 俺は慌ててセシリーを確認する。――良かった、まだ心地良さそうに眠っている。


「セシリーも可哀想な奴だな‥‥‥」


 あいつが最初から一番真面目に頑張っているのに、そういう奴に限ってなかなか思うように報われない。これもテンプレという訳か?


「そうでもないと思いますよ」


「えっ?」


 レベリアはセシリーの不遇さを否定した。


「確かに彼女は、本来の実力のヘルブラム様を倒したという訳ではございません。しかし、呪いが適応される格上の相手に勝利したのは事実。新たな技能スキルも獲得したセシリーさんの努力は、確かに結果となって実っているはずです」


 ほんの少しだけ前のめりなレベリアの説明に、俺は聞き入っていた。‥‥‥そうだ。セシリーは呪いを押し切って格上の相手に勝ったんじゃないか。それは紛れもない成長の証である。


 レベリアは本当にセシリーのことをよく分かっている。いつでも冷静で、気配が読めなくて、主であるヘルブラムまでも手玉にとる従者メイド。どんなに恐ろしい奴かと思っていたが‥‥‥。


「レベリアって、すごく良いヤツだよな」


「ヒロト様‥‥‥」


 俺は微笑んだ。そしてレベリアは――


「あなた様は今まで私のことを何だと思っておられたのですか」


 俺に呆れているようだった‥‥‥。


「‥‥‥はい。ごめんなさい」

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