24話 仮説のまた仮説

 ――とか冷静に分析できる状況じゃねぇ!!!!


 あっぶなっ! あと少し境界壁シールドの展開が遅れていたら、いきなり従者メイドが全滅させられるところだったぞ!? 俺の反射神経やべぇ。まさに危機一髪だった。


 つか、本当に勇者の攻撃見えなかったんだが。あれ何したん? まじで剣を傾けたようにしか見えなかったぞ?


 それもこれも、この世界がテンプレに忠実だったおかげで対処できた。あの勇者も例外じゃなかったのだ。


 しかしそれが分かったところで油断はできない。


 あの勇者は変わった行動をとる。魔王軍幹部の屋敷に来るなり堂々と声をかけたり、自己紹介と称して自分の力を披露しようとしたり。


 俺はそんな変わった行動を理解するではなく、毎回先読みしなければならない。じゃなきゃ、あの見えない攻撃を対処できないのだ。


「結界‥‥‥? いや、ここに来た時にそんな反応はなかった。トラップでもないな。つまり、あの障壁は君の技能スキルってことかな」


 ユリウスはブツブツと言った。境界壁シールドが俺の技能スキルだと見抜いたらしい。まぁ普通に考えれば俺の技能スキルだとすぐに思うだろうが、この勇者、結界やトラップなど、別の可能性を否定していた。そういうのを見極める能力があるのだろうか。"真実を知る能力"といったところか。勇者らしいなぁオイ。こいつに小細工は通用しなさそうだ。


「ふーん。大体分かったよ、君のこと」


 ユリウスは明後日の方を適当に眺めながら言った。


 ――おいおい、それはさすがに言い過ぎじゃないのか? いくら境界壁シールドが俺の技能スキルだと気づいたとはいえ、俺が他にも技能スキルを使う可能性はあるし、そもそも境界壁シールドの能力をたった一度で完璧に把握できるとは思えない。


 手の内は常に手の内側にないと意味がない。これを警戒させて本質を見えなくするのが俺のやり方だ。


「随分とすごいことをサラッと言ってくれるな、勇者よ」


 それっぽい口調で喋って雰囲気を作る。


「俺のことが大体分かった、だと?」


「うん。僕は自己紹介をしに来たと言っただろう? 僕も君もお互いに力を見せ合ったんだから、『分かった』って言ってるんだよ」


 ユリウスは呆れたように言った。だがこれではマズイ。ちゃんと勘違いしてもらわないと。


「ふっ‥‥‥。まだ俺はお前に力の一部しか見せ――――」


 俺の言葉を遮ったのは一瞬の凄まじい風。




 ――――刃が、俺の首元を睨んでいた。


 気づけば勇者は目の前で、剣を俺の首筋に立てていた。


「何度も言わせないでよ、無能幹部さん。僕は君をいつでも殺せる。それが分かればもう十分なんだ。これ以上僕を落胆させないでくれ」


 それは化け物というには輝きが強く、しかし人間というには――――些か狂気に満ちた目であった。


 俺は一連を理解するのにもうしばらく時間が必要で、目を見開いたまま動けないでいた。


 ユリウスは剣を鞘に収め、俺に背を向けた。


「それじゃあ幹部さん。お勤めご苦労様でーす」


 そのまま森に消え入ったのだった。



「「――ヒロト様!!」」


 二人の声で俺は我に返った。


「ご無事ですか!?」


「お怪我は!?」


 ティアナとセシリーが口々に言った。


「だ、大丈夫だ。そこまで心配しなくても――」


「「良くありません!!」」


「えぇ‥‥‥」


 ――まぁ、確かに今回は心配するのも無理はないか。俺は今しがた、勇者に殺されかけたのだから。その勇者は完全に脅すつもりでそうしていたんだろうけどね。


 ひとまず帰ってくれたから良かった。


「とりあえず戻るか」


 俺は踵を返した。――と思ったが、一歩として動けていない。足元を見てみると、俺の足は、少しだが小刻みに震えていた。


 俺、ビビってるんだ‥‥‥。


 あまりに急な出来事で、自覚すらできていなかったらしい。それがなんだか可笑しくて。


「ふっ、面白い‥‥‥」


 と強敵みたいなセリフを呟いてしまっていた。


 状態を自覚できたからか、それからは足は普通に言うことを聞くようになった。俺は屋敷に戻った。



 *  *  *  *  *



 ソファーに寝転がりながら考えていた。


 勇者、強かったなぁ。まだまともに攻撃を見た訳ではないけど、どうとでも俺たちを殺せるって感じだった。もし自己紹介と言わずあのまま戦いが始まっていたなら、とても対処できなかっただろう。


 勇者はその気ではなかっただろうし、その後の展開がどうなるかは分からなかった。だが、はたから見れば"俺は勇者に殺されかけた"というのが事実だ。それが重要だ。


 良くも悪くもこの世界はテンプレに忠実だ。ここで言うなら、異世界ファンタジー作品のテンプレ。


 ここからはあくまで俺の推測にすぎないが、大体の見立てである。


 この時点で俺は現在、勇者より遥かに弱いということになる。しかしあの勇者の態度といい、佇まいといい‥‥‥。どうも悪役臭い感じが否めない。俺がレグリス王国に居た頃の勇者は超良い奴だったってのにな。時代は移ろうってことだな。


 それはともかく、あの他人を見下すような性格を鑑みれば、「勇者はいずれ何者かに敗れて改心する」、というのがテンプレのシナリオだろうか。


 そして誰が勇者を倒すのか。それは"ざまぁ要素"の視点で見れば、俺だろう。


 で、俺はどうやってあの勇者を倒すのか。


 物語には、教訓が込められていることが少なくない。それをこの場合で考えるならば、「善悪の立場に関わらず、真摯に努力した者には及ばない」といったところだろうか。俺は悪役で勇者はヒーローなので、こんな感じの教訓がちょうど当てはまるはずである。


 この仮説に仮説を重ねたような推測が正しいならば‥‥‥





 俺は努力しなければならないことになる!!!!

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