25話 断罪を

「そんなこと断じて‥‥‥!!」


 俺は勢い良く立ち上がっ――――――――――――――――あれ!?


 勢い良く立ち上がったつもりが、「ズッテン!」という効果音を添えてド派手に転んで見せた。


 ‥‥‥あれ、身動きが取れないぞ? 俺の瞳が天井を捉えて離さないぞ? 首どころか身体中の融通が利かないんだが。どうなってんの?


「ヒロト様、急に動いてはなりません。激しいそれはなおのこと」


 セシリーが俺の視界にひょこっと顔を覗かせて、そう言った。


「お前は何を言っているんだ?」


「包帯がほどけてしまいますので」


「いや、答えになって――」


 ‥‥‥ない、ことはないか。こいつ今、"包帯"って言ったよな。俺が動けないのってもしかして?


 俺の視界で、セシリーは手に持った包帯を広げた。そしてそれが俺の視界でどんどん大きく――


「止めろ止めろ! 包帯巻くような怪我なんてどこにもないだろう!?」


 セシリーは手を止めた。俺は危うく異議を唱える手段すら奪われるところだった。


 俺は、ミイラ男のように包帯でぐるぐる巻きになっているらしい。俺が考えにふけっている間に、なんてことを‥‥‥。


「あの忌々しき勇者と対峙なさったのです。入念に包帯を巻かなければ!」


 俺はため息をついた。


「入念に包帯って何。真偽を確かめずにこれやってんの? 俺の人権は一体どこへ?」


 入念に拘束しようとしてるよねこれ? まったく、どれだけ心配性ならこんなことができるのか。勇者がそんなに――


「勇者が恐ろしいです」


「なっ‥‥‥」


 セシリーは顔色一つ変えずにそう呟いた。俺は目を丸くして、口をポカンと開きっぱなしにしてしまった。こいつが言ったことを一瞬、信じられなかったのだ。


 あの口は、本音。セシリーの確かな心の声なのだろうと直感した。


 人間を嫌い蔑むセシリーが、感情をめったに表に出さない彼女が、人間である勇者を"恐ろしい"と形容したのだ。


 彼女らより強い奴が存在していることはかねがね分かっていた。しかし俺は、行動に躊躇のない従者メイドたちを心強くも思っていた。そんなセシリーの心を聞いた俺は、少し背中がぞっとするのを感じた。


 セシリーは俺の隣で正座をした。多分。顔動かせないから足元まで見えない。


 もう何日もセシリーを見てると、一見無表情でも、目を見れば多少の感情がなんとなく分かってくる気がしてきた。今の彼女の瞳には、悲哀の感情が窺える。


「正直にお話致します」


 セシリーは目を瞑って、息を吐くような弱々しい声で言った。


 ‥‥‥正直? こいつに限って隠し事とかあり得ないと思っていたんだが。あれか? 実はヒロト様が身勝手できないように拘束しようとしてましたってか? やっぱりそうだったのか。


「勇者が現れた時、その人間からは、とてつもないオーラを感じました。圧倒的な実力差が、手に取るように理解できてしまったのです」


「な、なるほど‥‥‥」


 包帯の話じゃなかったのか。うっかり拘束された定で反論するところだった。セシリーが真面目な話をしてるというのに、俺は何を考えているのか。自分をぶん殴ってやりたい‥‥‥ところだが動けない。


「あまりにも凄まじいオーラでした。そして一瞬とはいえ、私の脳裏には"諦め"の二文字がよぎりました。"絶望"とも換言できましょう」


 いよいよ、セシリーの表情全体が悲哀に傾いてきた。人間の勇者は、セシリーをそれほどまでに追い込んでいたらしい。皮肉にもそんなセシリーの表情は、悲しむ人間の少女のようだった。


「ヒロト様は同じ人間でありながら、それでも立ち向かわれました。もし私が貴方様の立場であれば、勇者に屈服していたかもしれません。これは万死に値する罪。‥‥‥どうか、私をお斬り棄てくださいませ」


 いつの間にか、セシリーの手には包帯ではなくナイフが握られていた。


 セシリーの言いたいことはよく分かった。俺にとってどうであれ、従者メイドとしてのセシリーにとっては、それはどうにもやるせないものだったのだろう。


 今さら、セシリーの言動に驚くことはなかった。こいつがどれだけ真面目かは、理解しているつもりだっただからだ。


 無論、俺は殺す気などない。それは恐らくセシリーも分かっている。ならば自分で勝手に死んでしまえば良いじゃないか。――否、それは違う。彼女にもプライドというものがあるはずだから。主にその罪を認めてもらいたかったのだろう。


 ここで俺はどうするべきか? もしセシリーを許せば、彼女は一人罪悪感にさいなまれ続け、今後生きづらくなるだろう。かと言って望み通り殺してしまうというのは倫理的にできない。


 ならば――――


「分かった。俺が断罪しよう」


「ありがとうございます。では、この首を――」


「誰が死んでいいと言った?」


 俺の言葉に、セシリーは目を丸くした。さぁ、弁解を始めよう。真面目なこいつが、納得のできる弁解を。


「そんなに自分ばかり都合よく話が進むと思うなよ? 俺が断罪するのだから、処罰の内容も俺が決めるさ。セシリー、お前はこれからしばらく、俺の指導を受けることを禁止する! 死んで償えるようなちっぽけな罪の意識なんざ、プライドと一緒に棄てた方が百倍マシだ。しばらくは自分の力だけで強くなる努力をすること。それが処罰の内容だ。オーケー?」


 俺は一息に言い切った。これだけ思い切って言葉を連ねることはあまりないが、セシリーの認識を変えるためにはこれくらい熱がこもってないとな。


 ――気づけば、セシリーから悲哀の表情は消えていた。すっかりいつもの真顔だ。そして、感情のないような声音で言った。


「はい、承知致しました」


 うん。これにて一件落着! セシリーも納得してくれたみたいで良かった良かった。


 え? そもそも包帯ぐるぐる巻きの状態で断罪なんてできない、だって? そんな状態で弁解されても説得力ないって? ‥‥‥うるさいうるさい! そんなこと言ったらせっかくの俺のセリフが格好つかないだろう!?


 後は包帯をほどいてもらえば、また日常ダラダラ生活とご対面だ。不自然なくセシリーの指導をしばらく取り消すことにも成功した。フフフフ‥‥‥。これぞウィンウィンというヤツだ。


 ――セシリーの手にはもうナイフはなく、再び包帯が握られていた。




 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ん?


「あの、セシリーさん? 何をなさるおつもりで?」


「お手当てにございます。まだお顔が終わっておりませんので」


 何も落着してねぇ! 一件落着っていうか、包帯が俺の顔に落着してきてるんだが!? 俺にはナイフよりも包帯の方がよっぽど怖いわ!! 命乞いってのはこういう時に使うもんなんだなと痛感したよ。


「誰か助けてくれぇぇぇ!!!!」

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