23話 自己紹介

 ――数時間前に遡る。


 ユリウスはレグリス王国の冒険者ギルドに居た。勇者一党で話し合うためである。


 ユリウスと他の三人は、ギルドに附属している酒場の席でテーブルを囲っていた。


「リーダーさん、魔獣の森の調査はさせてもらえるんですか?」


 肩や胸元が露見する白い衣服に身を包んだ少女が尋ねた。彼女は回復術師のミーリア=アルトレット。壊滅状態の騎士団を一瞬にして完治させられるほどの高い技術を持つ。


「ああ、快く任せてくださったよ」


 ユリウスは笑顔で答えた。


「しかし、森を視察する程度なら俺たちじゃなくても良いはずだ」


 腰に長刀を携えた男はそう言った。男の名はアーベル=サクリアス。"王国最強"と謳われる剣士である。しかしどういうことか、彼の剣技を見たことのある者はほとんど居ないらしい。


「ああ。だから今回は僕一人で行こうと思ってる」


「なるほど。確かにそれは効率的だ。ウチは研究に集中したいのでな」


 ユリウスの考えに頷いた、黒いフードコートを着た少女――アズサ=ワール=ヴァイオレット。世界で五人と存在しない、古代魔法を扱うことのできる魔法士である。


「そうだろう? そこでだ。アズサの実験も兼ねて、僕を森まで転移させて欲しいんだよね」


 ユリウスの頼みにアズサは勢い良く立ち上がった。その勢いでフードが脱げ、あらゆる方向に跳ねた紫髪が露になる。そして俄然口早になった。


「それは良い! 転移目標の座標データが足りなかったのだよ!! 常時お前を見張らせてもらうが、異論はないな?」


「ああ、構わないさ」


「大丈夫だと思いますが、一応気をつけてくださいね~」



 *  *  *  *  *



 ――まず、異変に気づいたのはティアナであった。屋敷に居ながら森に何者かが侵入したことを悟らせるほど、絶大なエネルギーであったのだ。


 ティアナはその素性を探るべく、自然技能ユニークスキル夢幻の魅惑ギヴハピネス》を使い、侵入者の自我の錯乱を試みた。


 しかし、勇者には微塵として通用しなかったのだ。ユリウスは景色が変わったことに気づいてすぐに、"聖剣"を掲げた。すると瞬く間に幻覚はかき消されてしまった。


 それからのユリウスの移動速度は人智を超えていた。ティアナがセシリーを呼び、ヒロトの元に報告するより早く、勇者は魔王軍幹部の屋敷に到達してしまった――。



 *  *  *  *  *



 屋敷の前に立っていたのは、青年であった。


「あっ! どうもはじめまして。ヴァルトリア王国で勇者をやっているユリウス=J=リリエーラです」


 その青年は爽やかな笑顔と共に名乗った。


 ‥‥‥え、今勇者って言った? あの、魔王を倒すべき存在である勇者? それが‥‥‥俺のところに?


「おかしいな。いくら勇者とはいえ、敵陣に単身で乗り込むなんて些か愚かじゃないか?」


 そう。俺の知る限りでは、勇者一党はバカではないはずだ。俺がこの世界に来た当時、ヴァルトリア王国の勇者一党は魔王軍幹部一人と戦うことが精一杯だったのだから。


「面白いことを言うんだなぁ、幹部ってのは」


「お、面白い‥‥‥?」


 ユリウスは腰の剣を抜き、俺に突き立てて見せた。


「勇者が魔王軍を倒しに行くのは、当たり前だろう?」


 その剣は、赤い輝きを伴っていた。まるで太陽のような、灼熱のような。


 ――よし、改めて考えよう。


 まず、ティアナたちの報告によればあのユリウスという男がかなり強いことは確かだ。恐らくどちらかが攻撃的な何かを試みたのだろう。だがユリウスはそれを越えてここに辿り着いた。


 性格は、よく分からん。魔王軍幹部を前にして余裕そうだが、厄介なのはちゃんと実力があることだ。こういう場合は大体、そいつはめちゃくちゃ強い。それがテンプレだ。


 ならばこいつは勇者で間違いないな。


「お前たちは下がっててくれ」


 俺は小声でセシリーとティアナに伝えた。二人は一礼し、玄関に残った。俺は数歩前に出た。


「勇者さん。今日はどんなご用件で?」


 とりあえず訊いてみた。するとユリウスは突き立てていた剣を下げ、目を丸くした。


「驚いた。まさか勇者対魔王軍幹部の状況で用件を訊くなんてね。そうだなぁ‥‥‥自己紹介、かな?」


 驚いたのはこっちだわ! と言いたいが俺の性根を悟られる訳にはいかないので喉までで留めた。


 自己紹介か。こういう奴が意味不明なことを言うのは分かるが、それを理解する必要がある。


 名前はもう聞いた。自然技能ユニークスキルでも教えてくれるのか? 何かを教えてくれるのだろうが、その"何か"がエッジの効いたものなのだろう。魔王軍相手に余裕そうなこの勇者なら――


 俺はユリウスが何をしようとしているかに気づいた。しかし既にユリウスは行動に移っていた。とはいえ、彼の目立って分かった動きは、"剣を少し傾けた"ということだけである。


 直後、あちこちで火花のように光が散り、凄まじくせめぎ合う金属の音が響いた。


 攻撃されたのは俺ではない。


 自己紹介というのは、勇者のお手前披露だったのだ。そして俺に、十分な実力を伝えるのに手っ取り早いのは――――――――従者メイドを殺すことである。


「おや?」


 ユリウスは首を傾げた。何故なら、従者メイドは無傷だったからだ。彼の目には映っているだろう、屋敷を取り囲む巨大な赤い境界壁シールドが。


 俺は攻撃が全く見えなかった。


 ――勇者。こいつはとてつもない強敵らしい。

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