22話 考えて、石を砕け

「参ります!」


 セシリーは手を前に出し、指を振った。見えない刃がどこかへ向かう。俺が見るのは刃じゃない、セシリーの指先だ。


 俺は即座に草むらの石を境界壁シールドで囲った。直後、金属が弾かれる音。


 上手く防げたようだ。刃の軌道は指先で操作される。そして石は離れた箇所に配置してあるので、指先を見ればある程度どこを狙ったのか予測がつくのだ。


 セシリーは色んな箇所の石を破壊しようと試みるが、悉く境界壁シールドに防がれていた。石ころなんて、人間や魔獣と比べれば小さすぎる的だ。セシリーの操作性は間違いなく高くなっている。


 しかしだからこそ、俺が保護するべき石が分かりやすくなってしまう。石を離れた箇所に置いたのと、セシリーが刃を二つまでしか使えないようにしたのには理由がある。


 "刃を乱暴に振り回して石を破壊する"という偶然がないように。そして、刃の軌道を撹乱させないようにすることだ。


 俺の境界壁シールドの展開に、距離による時間差タイムラグは発生しない。つまり、セシリーが動き出してから――後手後手でも対応できるということだ。


 セシリーはなんとか二つの刃を使って石を砕こうと努力している。しかしそれでも防がれてしまうので、だんだんと刃の動きが雑になってきていた。


 もしかしたらセシリーは気づいたのかもしれない。どれだけ速く刃を走らせようが、インターバルなしの境界壁シールドに対処されてしまう、と。


 さてセシリーはどうするだろうか。


 ――ルールが利己的で卑怯だって? 心外だな。このルールはちゃんとセシリーが勝てるように作ってある。それに彼女が気づくかどうかが勝負の要なのだ。



 *  *  *  *  *



 ――攻撃が全て防がれてしまう。何故なのでしょうか。私は二つの刃を、こんなにも高速で動かしているというのに。


 どの石も、刃が触れる直前で保護されてしまう。まるで私の動きを見透かしているかのように。未来予知の技能スキルでも獲得したというのでしょうか? ‥‥‥いえ、そのような強力な技能スキルを容易に獲得できるはずがありません。


 自分でも分かっています。だんだん軌道の設定が乱雑になってきているということは。焦燥という感情が表に出てしまっていることは分かっています。しかし、どうやっても刃は石に及ばない。あのお方は一体何を見て――――っ‥‥‥!




 ‥‥‥ようやく気がつきました。


 ヒロト様は指先を見ておられたのです。唯一刃の軌道を見ることができる、私の指先を。この勝負における私の思考は、指先を通じて全て見抜かれていた。軌道の把握を撹乱させようにも、刃は二つしか使えないので難しいです。


 私には勝ち目がない――。


「――はぁ、はぁ‥‥‥」


 私の攻撃の手は止まっていました。荒れた息の音が、とてもよく聞こえる。


「さっきまでのやる気はどうした、セシリー?」


 ヒロト様がそう仰いました。


「この勝負、私には――」


「勝ち目がないと思ったのか」


 ‥‥‥どうやらヒロト様は私の思っていることも全てお見通しのようです。そのようなお方に勝てるはずなど――


「あるぞ」


「えっ」


「勝ち目はある。そしてそのヒントも、お前はもう知っているはずだ。難しいことは何もない」


 ヒロト様のお言葉に、私のことを買い被っておられるのでは? と思ったのですがヒロト様が仰るには、私はもうヒントを得ているらしいのです。


 私は記憶を探りました。どこにこの勝負に勝つためのヒントがあるのか。


 "考えることが大切だ。考えれば未来をある程度予測できたりしてしまう。下手したら、一切攻撃をせずに勝負に勝てることだってありえるんだ。物事に行き詰まったら、とりあえず根本的なところから考えるんだぞ。"


 新しい記憶が、すぐに脳裏を走りました。考えること。それがこの勝負に勝つためのヒントなのでしょうか。


 どのように刃を走らせても、軌道を読まれては対処されてしまう。ヒロト様が仰る以上、勝ち筋は存在するのでしょうが、現時点では私には分かり兼ねます。ならば、私がすべきことは――――――――根本的なところから考える。


 根本的に、つまり何か簡単な事実に気がついていない、ということ。


 根本的というと、勝負のルールなどでしょうか。


 十箇所に設置された石を私は破壊し、ヒロト様はそれを防ぐ。攻防戦ということですが、これに深い意図は感じられません。純粋に技能スキルの特性を生かしたルールとなっています。


 他に根本的なところ、勝負の前提ともいえるものは‥‥‥両者にかけられた制限でしょう。


 ヒロト様は同時に一つしか石を守れず、私は刃を二つまでしか使えない。



 ――ヒロト様は一つ、私は二つ――――――――っ!!


 ヒロト様は石を一つしか守れず、私は刃を二つ使える。つまり‥‥‥!



 私はすぐに攻撃を実行しました。そして――




 "スパッ"




 石が刃に斬られる音が響きました。


 ヒロト様は石を同時に一つしか守れませんが、私は刃を二つ使え、石を同時に二つ攻撃することができたのです。


 確かに考えてみれば簡単なことでした。そしてこの仕組みを使えば、私は確実に勝利することができる。つまり、私が努めるべきことは、正確に二つの刃で同時攻撃すること!


 勝負は、これからが始まりだったのです!



 *  *  *  *  *



「――――終了です」


 ティアナの声が庭に響き渡り、俺たちは技能スキルの手を止めた。指導の時間である三時間が経過したのだ。思いの外、俺も夢中になっていた。壊れた石は五つ。決着は着かなかった。


「今日はここまで。お疲れ、セシリー」


「ありがとう、ございました‥‥‥」


 セシリーは息を切らしながら言った。かなり疲れているらしい。攻撃の仕方には気づけたが、同時に別の対象を攻撃することにはまだ慣れていないのだ。それは追い追い、練習していけば良い。



 *  *  *  *  *



 俺は屋敷に戻るとまた、当たり前のようにソファーに寝転がっていた。


 ――うむ。一仕事終えてからのダラダラはたまりませんなぁ。今日は俺も技能スキルを暴発したからな。身体中の力が抜けていくのを感じる。あぁ、なんだか眠気が‥‥‥


「おーい! この屋敷、誰か住んでるんですかー?」


 ――外から青年の声がし、俺の眠気はどこかに飛んでいってしまった。すぐにセシリーとティアナが俺の前に現れ、交互に言った。


「ヒロト様、冒険者です」


「他の幹部様と同等か、それ以上の戦闘能力を有していると思われます」


 ――冒険者? マジでか。俺の見立てではここまで辿り着ける冒険者なんてそうはいないと思っていた。他の幹部というのがヘルブラムしか参考にならんが、それ以上とは相当な手練れだな。


 またとてつもないイベントを用意してくれちゃって。一仕事終えた後だってのに、神様はトコトン俺をダライフから遠ざけたいらしいな。


 しっかし、以前のセシリーとティアナなら間違いなくその冒険者に突っ込んで痛い目を見ていただろう。今回の迅速な報告。優秀優秀。


「二人とも、成長しているようで何よりだ」


 俺はそう言って二人の従者メイドを付き従え、屋敷の扉を開いた――。

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