13話 食事を改革!

「なるほど! それは考えたことがありませんでした!」


 セシリーは目を輝かせながらそう言った。えっ‥‥‥。感激するほどだったのか。


 技能スキルについて、頭を使うという発想がなかったとはなかなかのものだ。しかしそれは、主を守るため必死になっているということか、或いは性根では闘争を好んでいないということかもしれない。‥‥‥ってのはさすがに憶測が過ぎるか。


「では早速ご教授を!」


「勤勉なのはとても良いことだし、俺もそうしたいところなのだが‥‥‥」


 俺の曇った表情にセシリーが首を傾げる。俺は懐から、まさに懐中時計を取り出した。この世界で最初の友人に貰った大切な時計である。時間感覚は俺の前世の世界と変わらず、一日は二十四時間で回っている。


 それをセシリーに示した。俺は悲哀の表情で言った。


「もう約束の時間を過ぎてしまっているんだ‥‥‥」


 俺が指導するにあたって提示した条件の時間制限。一日三時間まで。これだけは守ってもらわないと困る。俺のダラダラプライベートゾーンが傷つきかねない。


「なっ! もう終わりなのですか!?」


 セシリーにしては珍しい反応だった。時間に抜かりのないセシリーが、時間を忘れてしまうとは。


「ああ、今日は終わり。また明日な」


「分かりました‥‥‥。ありがとうございました」


 セシリーは少し悲しんでいるような表情だった。気のせいかもしれないが。多分、彼女の表情は普段と大差ない。ただ、少し明るいような雰囲気と、対して暗いような雰囲気が、印象の差を広げていたのだろう。


 そんなに、充実していただろうか。もちろん、セシリーは数時間攻撃を繰り返して、身体の方はほどよく疲れたのだろうが。あらましを言うなら、数時間を経て"頭を使うべし"ということに気づけた。成果はたったそれだけなのだ。


 セシリーのことなので、「これまでの自分がそれほど愚かだったとは!」って嘆くものだと思っていた。しかし実際はそうではなく、僅かな成果を喜んでいた。


 魔族というのは、俺が推察した以上に単純なのかもしれない。良く言えば、純粋。じゃなきゃ、こんなわがままな俺を世話し続けなければならない従者メイドなんて仕事、到底務まらないだろう。


「ヒロト様、お食事の準備が整いました」


 ティアナが玄関の前でそう告げた。もう昼か。


「よし、昼飯だ! 行くぞ、セシリー」


「はい」


 ――純粋だからこそ、ここまで優秀な従者メイドになったのだ。そんなセシリーやティアナを、ブラック企業の社畜みたく扱う訳にはいかない。より一層、ダライフを心がけなければならないようだ。


 ‥‥‥え? それは違うって? いや、違わない! ダラダラこそ正義だ!!



 *  *  *  *  *



 相変わらず宴でも思わせるような豪勢な食卓。これまでもそうなのだが、その席に着いているのは俺だけである。ティアナとセシリーは俺の背後で直立不動の姿勢をとっている。


「うん、おかしい」


 なぜこれだけ料理が並べられていて、食事をするのは俺だけなのだ? 悲しすぎやしないか。


「申し訳ございません。菓子類はご用意しておりませんでした」


 ティアナが俺の後ろで頭を下げた。一体何を言っているんだティアナは?


『おかしい』→『お菓子』


 俺の脳内でそう言葉が変換される。


「本日はデザートに果物をご用意しておりますので――」


「違うわ!!」


 おいおい勘弁してくれよ。ジョークにしてもボケにしても俺の役目だろう? 真面目なお前たちまでボケ始めるとボケの過密で窒息するわ。


「食卓はみんなで囲むもんだろう? なんで俺だけなんだよ?」


「このお食事は屋敷の主であるヒロト様のためにございますので」


 セシリーが淡々と答えた。さっきまでの輝いた目はどこに行ったんだ? 表情こそ分かりづらいが、指導してる時とそれ以外の時で全く見違えるのだが。さすが、メリハリはつけているらしい。


 もちろん、主のために尽くすのは大事だけれども、何も俺は王様気分を味わいたいという訳ではないのだ。他愛ない話とか、食卓を囲むとか、当たり前の日常の方がよっぽど欲しい。


 ダラダラを目指すのもそうだが、当面の目的は従者メイドの改革だな。そしたら今回はその第一歩だ。


 こいつらに俺の指示を通すには、魔王軍幹部という地位を利用して命令するのが一番確実だ。あまりそういうことはしたくないのだけれど、俺が目指す当たり前に理由とかを求められても答えられない。だから強制する!


 俺は席を立った。そしてセシリーたちの方を向く。


「よし。ならば主である俺が命ずる!」


「「はい、何なりとお申し付けください」」


 二人は声を揃えた。お前たち今、"何なりと"って言ったからな。


「今後一切の食事は俺たち三人、全員で行うものとする!」


 清々しく俺の声が響いた。セシリーとティアナは案の定、目を丸くした。やはりそのようなことは全く想定していなかったらしい。ティアナは尋ねた。


「私どもがヒロト様と共に食卓を囲むということですか?」


「そうだ」


 続いてセシリーが尋ねた。


「我々従者メイドがヒロト様と三食を共にするということですか?」


「その通りだ」


 そろそろ来るぞ。


「しかしヒロト様――」


 ほら来たセシリーの反論。だがそうはさせん!


「問答無用! これは俺の命令なのだ。断らせんぞ」


 二人は唖然として黙った。‥‥‥やはり強要するのは気が引ける。けどもこいつらの場合、こうでもしないと変わってくれないのだ。形から、変えていかなければ。


「お前らが危惧していることは分かる。もし食事中に何かが起こった時、どうするかということだろう。お前たちは何も案ずることはない。何かあった時は俺が境界壁シールドで屋敷ごと守る! 俺の技能スキルはそういう時のためにあるのだから」


 ‥‥‥多分。


「‥‥‥承知致しました。今後は食事の時間を合わせさせていただきます」


 ティアナがそう言った。うんうん、物分かりの良い従者メイドで助かった。セシリーはやはり少し不服そうな表情であるが、それ以上異論を唱えることはなかった。


 まずは一つ、従者メイドの改革を進めることができたようだ。

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