12話 師弟の在るべき形

「――くっ‥‥‥!! まだまだです! この程度では屈しません‥‥‥!!」


 ――数時間、境界壁シールドの中で胡座あぐらをかいている俺に向かって、ひたすら自然技能ユニークスキル狂想曲キリングリズム》で刻もうと試みるセシリー。


 その攻撃は境界壁シールドに触れると激しい機械音のようなものを発して弾かれる。弾かれて、また向かってくる。


 彼女は知らない、この境界壁シールドの存在は絶対であり、少なくとも物理的攻撃では破壊できないことを。


 汗だくで倒れそうになりながらも攻撃を続けるセシリー。


 ――何だこれ? まるで俺が仕打ちプレイを嗜んでいるみたいじゃないか。‥‥‥違うからね。


 "面倒臭い"という感情から、とりあえず境界壁シールド張っとけば何とかなるんじゃね? という安直な判断から、このような状況に至った訳であるが。


 しまったな‥‥‥。展開が全くない。俺から何か言おうにも言えない。何故なら、これはセシリーに課題があるのではなく、俺の境界壁シールドがセシリーの技能スキルではどうしようもないだけなのだから。


 と、とりあえずこれ以上このままにしておくのはまずい。


「セシリー、攻撃を止めてくれ」


「いえ! 私はまだ――」


「良いから止めてくれ」


 セシリーは解せないような面持ちで、攻撃の手を止めた。はぁはぁ、と息が整っていない。一体どこまで真面目な奴なんだ。頭にバカがついても良いほどだ。


 俺は境界壁シールドを解除し、立ち上がった。さて、何と言おうか。生半可なことは言えない。俺とて、さすがに本気で強くなろうと努力する奴の期待に背くようなことはしたくない。


 かと言ってそのまんま事実を伝えてちゃ、こいつの数時間は無駄だったことになるしなぁ。


「しばらくお前の攻撃を俺の境界壁シールドで受け続けてみたが‥‥‥、お前のスキルでは俺の境界壁シールドを破壊するに至らないということが分かった」


「も、申し訳ありません‥‥‥」


 セシリーは表情を暗くし、視線を落とす。


 まずは俺の境界壁シールドが破壊不可能という事実を悟られてはならない。あくまで、"今のセシリーでは破壊できない"ということにしておく。


「数時間かけて破壊できなかったのだから、俺の境界壁シールドはお前の攻撃による影響を何ら受けていない、というのも確かだな」


 セシリーは絶句した。


 努力なんて、そう簡単に実を結ぶものじゃない。少しの成長が垣間見えた時、その喜びをひとしお大きくするためにセシリーの技能スキルへの評価を必要以上に下げておく。今は耐えてくれ。


「なので方針を変えよう」


 と言って、"ただ境界壁シールドこもる"というミスったやり方を不自然なく闇に葬る。


「俺に初めてそのスキルを見せた時、"荒業"だって言ってたよな。それ・・を変えるんだ」


「どういうことですか?」


 うむ、教える立場としては嬉しい反応だ。教え子に未知の事物を教えるというのはこうもやりがいを感じるものなのだな。


 まぁ俺の場合、魔族について一つの確信を得れたことへのそれでもある。


 魔族は強力だ。そして従者メイドの様子を窺う限りでも優秀である。常の訓練も大事にしているというので懸念していたが、今のセシリーの反応で安心した。


 "魔族の知能は決して高くない"。


 魔族はそもそものステータスが高い。本来、努力などせずとも他種族の上で裕福に暮らせるはずである。なのである程度の表面的な知識があっても、教養はそれほどないのだ。


 それがどうしてか、従者メイドは違うみたいだ。幹部を守るためとは言え、ティアナは常に訓練が必要だと言っていた。奢らず、より強くなろうとしているのだ。これについては謎だが、今は構わない。


 ――強くなろうと励んでいるが、かと言っても知能は変わらない。あれだけ何もかもこなす従者メイドなので賢いと思いがちだが、あれは魔族の学校なる機関で習慣づけられたのであり、知能への影響はあまりないだろう(もちろん、魔族の習慣化の能力については別途称賛すべきであるが)。


 つまりセシリーに必要なのは、


「"力任せにしない"ってことだ」


 事実、セシリーの技能スキルでは俺の境界壁シールドはどうしようと破壊できない。だが、セシリーが数時間ひたすら同じ攻撃を続けていたことも確かなのだ。


 まぁ、セシリーが俺を信用してくれているからか、俺が"無敵の環境下でただ胡座をかいていただけ"だと疑わなかったというのも一つあるだろうけど。


「お前がどんな戦闘訓練を積んできたか俺には分かり兼ねるが、俺が知る限りじゃ攻撃が単純だ」


「計画性がない、ということですか?」


「そういうこと」


 俺が知る限りでは、魔族は自分より下の相手に対しての攻撃が単調になりがちだ。セシリーがケルベロスを皆殺しにした時も、ヘルブラムが俺を攻撃する時もそうだった。まぁそのおかげで俺はヘルブラムに殺されることなく生きているんだけどね。


「えっと、狂想曲キリングリズムだっけ? それがどんな仕組みか知らないけど、刻む軌道を描くことはできるのか?」


「はい。狂想曲キリングリズムはこの指で操作しますが」


 セシリーは自分の指を見つめた。それがどうしたのか、と疑問にでも思っているのだろう。


 さっきまでのセシリーの攻撃では、俺の境界壁シールドに触れる度に弾かれ、再び境界壁シールドに攻撃を向かわせているように見えていた。


 指を刃の如く、しかし乱暴に俺に殴りつけるイメージであった。


 彼女のスキルの殺傷能力は折り紙付きだ。ケルベロスが豆腐のように微塵にされるのをすぐ側で見ていたから分かる。


 だが俺のように装甲が硬い敵が現れるかもしれない。素早く回避する敵が現れるかもしれない。だから。


「その操作を工夫するんだ」

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