6話 周辺探索

 さて、のんびりするのは良いのだが、あまり何もしないのは退屈というものだ。ならば何をするか? ここを守るという幹部としての使命は十分に果たしている。――というかそれは従者メイドたちに投げやるつもりである。今のところ冒険者とかがここに来た試しはないが、守るだけならともかく、やむを得ず戦闘となるなら戦える従者メイドの方が適任だろう。それでダメならおしまい。大人しくここを明け渡そう。


 ふざけているのではない。真面目な話、俺は守りに徹することしかできないので、戦いでは足手まといなのだ。


 まぁ使命について考えるのはこれくらいにして。俺には後、何があるのだろうか? 剣や魔法ありきのバトルなんてしたくない。この前のような魔獣とも戦いたくない! この辺りは魔獣が多いらしいから気をつけないとな。まぁ、そのおかげで冒険者を遠ざけられているのかも知れないが‥‥‥。


 ――おっ? 俺は思いついた。すぐそこにティアナが居たので、話しかける。


「この辺りの地形とかを、散歩でもして把握しておきたいんだが、どうだろう?」


 もちろん個人的に興味があるというのも理由の一つだが、一番に、魔王軍幹部としてここらの地形や環境を知らないのは不利すぎると考えたのだ。


 敗走ルートはしっかり確保しておかなければならんからな!


「素晴らしいご提案かと。自ら理解し、制するそのお志、感服致しました」


 俺は散歩するのはどうかと訊いただけなのだが、ティアナは何故かお辞儀をしていた。本当にそのように思い込んでいるのか、煽てているだけなのか? いずれにせよ、誉められるのは悪い気はしない。‥‥‥あまりオーバーなリアクションは受け入れがたいが。


「――ではティアナを同行させましょう。鑑定関連の獲得技能アッドスキルを多く所有しているので、地理的にもお役に立てるでしょう」


 気づけば、いつの間にかそこにセシリーが居た。隠密行動に長けすぎじゃない? この子たち。俺のことを暗殺でもしたいのかしら。


「そ、そうなのか。じゃあティアナ、付き合ってもらって良いか?」


「喜んで」


 ティアナは快く了解してくれた。セシリーは俺を嫌っているようだが、ティアナはそうでもないのだろうか。大人な対応が、"お姉さん"って感じで心地良い。これから長く連れ添う従者なのだし、仲良くしてくれるに越したことはない。


「留守番はお任せください」


「あぁ、よろしく」


 俺はセシリーにお留守番を任せ、ティアナと周辺探索に出た。



 ――まず、屋敷の周囲はしばらく森である。


「この森は地図上で、クーゲラス森林と名がありまして。魔樹に富んでおり、多くの比較的強力な魔獣が縄張りとしているので、俗に"魔物の森"と呼ばれたりしているようです」


 森を進む道中、ティアナがガイドのように教えてくれる。‥‥‥なるほど、そんな危険な森にどっしりと屋敷を構えている訳か。一体どんな肝の据わった家主か、見てみたいものだ。


「南側に森を抜ければ、荒野が広がっています。冒険者はそこを経てこちらに侵入することがほとんどです」


 ふむふむ。つまり森の南側は荒野、そのさらに奥が人間の国ということだな。


 ちなみに今進んでいるのは、屋敷を背にした北側である。換言すれば、俺が幹部として守っている領域に向かっている。


 道中、魔獣と遭遇したりするのだが、いずれもティアナを見るなり一目散に逃げていった。やはり同じ魔族でも魔王軍幹部の従者メイドというのは周囲からかなり恐れられているのかもしれない。或いは何か魔獣を寄せつけないような技能スキルを使っているのだろうか。何にしたって、やっぱり従者メイドだけで間に合ってないか? 俺置物じゃん。


「なあティアナ」


「何でしょう?」


 先頭を行くティアナは足を止めてこちらを振り向いた。


従者メイドって出身はどこなの?」


 何となく、訊いた。するとティアナは再び前を向いて歩き出した。


「これから向かうところにございます」


「え、そうなの?」


 魔族であることは出会った時に知っていたが、そうか。話題と目的地が一致していたらしい。


 俺――もとい魔王軍幹部が十人係りで守護している場所。もちろん最奥には魔王様がお座しなのだろうが、幹部の屋敷と魔王様の城と、その間には一体どのような空間があるのだろうか。


「私からも一つ、質問させていただいてよろしいでしょうか?」


 今度はティアナから俺に訊きたいことがあるようだ。


「ああ」


 それから、だんだん空気が冷えてきた。視界も悪くなってきている。雰囲気というヤツが変わった。


「なぜ、幹部の役をお受けになったのですか?」


 そんな中でティアナは平然と質問をした。俺はしばらく頭が回っていなかった。雰囲気の異様さに、耐えかねていた。俺はなぜ、幹部を引き受けたのか――――。


 風が吹き出した。弱いが、冷たい風。景色一帯は霧がかっている。毒でもあるような、紫の霧。


 俺は何か・・を想起した。しかし何かは分からない。ところどころ、ちょうどこの霧のようなものが覆い被さっていて分からない。


 考えている内に、ティアナは足を止めた。俺は一回り小さいその背に軽くぶつかり、気づいた。


「さぁ、着きました。――――――魔界です」

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