7話 従者育成学校

 赤黒い空。草木は枯れている。どんよりとした空気。――魔界。


 おいおい。霧で視界がボヤけてた間に、何がどうしてこんな景色になったんだ? 空とか暗転しちゃってるじゃん。異世界に来てもう三年だけど、こんな場所初めてだ‥‥‥(無論、怠惰な俺は冒険者としてのクエストをおいて一切国の外へ出ていなかったのだ)。


 そんなこんなで俺はその景色に見とれていた。


「至極当然なのですが、ここには魔族しかおりません。そういう環境・・・・・・となっておりますので、お気分を悪くされた場合はお伝えください。即座に退却致します」


 ニッコリして言うティアナ。――いや、笑顔でそんなこと言われても困るよ? 何、人間に有害な毒でも流れてるの? いくら対立してる種族だからって、そこまでテンプレ通りに人間が嫌う環境整えなくたっていいじゃない。


 あ、考えたら心なしか気分が悪くなってきたかも。いや、大丈夫だ。人間は頭が良いから、そういう具体的な想像をして気分が悪いと錯覚してるだけだ。そう、きっとそうだ。‥‥‥というかそう信じないとやってられないわ。


「だ、だいじょうび」


 露骨に怯えてるのが伝わる発言をしてしまった。しかし、そこはさすが従者メイドである。明らかに俺の本心に気づいているだろうが、それ以上に俺がこの魔界に興味を持っているという意思を汲み取り、「わかりました」とだけ返事をしてくれたのだ。多分。


 それにしてもファンタジーを絵に描いたような空間だ。もちろんこの世界自体もファンタジーなのだけれど、魔王軍という組織もちゃんと俺たち地球人の想像した通りに存在していて、若干の感動を覚えた。


 自分が魔王軍幹部であるということをここでもって初めてまともに実感した。


 ティアナは前方を指した。


「少し進めば、私が育った学校がございます。ご覧になられますか?」


「学校!?」


 あまりに懐かしい響きだった。何せ、この世界に来てから"学校"という言葉は一切耳にしたことがなかったのだ。学校って、俺の知る"勉学に励む教育機関"って認識で間違ってないよな? 全く意味の違う"ガッコー"って言葉がある訳ではないよな?


「‥‥‥学校って、何だ?」


 悩んだ挙げ句出た言葉であった。するとティアナは


「ご存じないのですか?」


 きょとんとした目で俺を見つめた。"え? 学校知らないの? これまでの人生二十数年間で一体何を学んできたの?"と思ってそうな顔である。‥‥‥うわぁ。俺セリフ間違えたな、コレ。とてつもなく常識のない人間って印象与えちゃってるよな。


 まぁ言葉のニュアンスを窺う限り、俺の思う学校で間違いないのだろう。


「あ、いや‥‥‥。魔族にも学校って施設があるんだなぁって」


 ティアナは納得したように表情を元の笑顔に戻した。


「ええ、従者メイドを育成する学校です。とても賑やかですよ」


 ‥‥‥へぇ。案外、俺の元居た世界と変わらないものなんだな。であればぜひとも見てみたい。魔族ながら、無邪気にわいわいやっている学校とやらを。


「それではご案内致します」


 俺たちは、従者メイド育成学校へと足を運んだ。



 *  *  *  *  *



「ぎゃあああああああ!!」


「待てぇぇ!!」


 俺は逃げ回っていた。――――チビッ子たちから。


 俺を追うのは、ちょうど小学生くらいの女の子たち。無邪気で可愛いじゃないか。俺も最初はそう思ってたよ? 


 でもその子たち、俺を見るなり「おいかけっこだぁ!」って叫んで俺を追いかけてきた。まぁそれだけならまだ可愛いなぁって頭にお花咲かせてたさ。


 そうじゃないんだ。あの子たちめちゃくちゃ足が速いの。運動不足とはいえ、成人男性である俺の全速力とどっこいどっこいだ。


‥‥‥そうだよ、かつての学校生活を想像してたからそれとこれを重ねて見てたけど、この子たち魔族だったよ。俺がどうにかできる相手じゃないんだよ。だから――


「ティアナよ! 助けてくれぇぇ」


「かしこまりました」


 ティアナはすぐに俺の前に来てくれた。迷わず答えてくれる従者メイド。本当に頼りになる。俺はすぐさまティアナの背に隠れた。チビッ子たちは依然として猛ダッシュしている。


「せっかくの機会ですので、私の自然技能ユニークスキルをご紹介させていただきます」


 ティアナはそう言うと、手を空に掲げた。すると、光の粒子が一帯に降り注いだ。そして瞬く間に視界は――


「「わあああ! きれい!」」


 晴れ間のお花畑になっていた。


 先ほどまでの闇景色が嘘のように、花が咲き誇っている。チビッ子たちはそれに夢中になっていた。


「私の自然技能ユニークスキルは《夢幻の魅惑ギヴハピネス》。幻覚を見せる能力です」


 その景色を見渡しながら、それが幻覚であると、俺は信じ切れない。あまりに高精度すぎる。自分の好きな幻覚を相手に見せることができるなら、やっぱり最強じゃん、従者メイド。そりゃあ魔獣たちが逃げていく訳だわ。


「にしても、従者メイドになる子たちって、みんなあんな感じなのか?」


「はい。賑やかでしょう?」


「よくお前みたいな完璧従者メイドに成長できるもんだな‥‥‥」


 俺は従者メイド育成学校という機関に少なからず感動したのであった。


「それでは、そろそろ屋敷に戻りましょうか」


「ああ。今日は良いもん見させてもらったよ」


「お喜びいただけて、光栄の極みにございます」


 だからそのオーバーリアクションさえなければなぁ。



 *  *  *  *  *



















 ――それは何の前触れもなく始まった。あまりに急であった。もちろん魔王様を守るため、常に警戒を怠ってはならない。しかし今回の来客は、そうではない。


「おっ、待ってたぜ。‥‥‥幹部様ぁ」


 男が、セシリーの首を掴んで持ち上げ、殺戮に歪んだ笑顔で俺を見ていた。

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