2-3.

 にわかには信じられない言葉に、僕は二の句が継げなかった。対して、イチイは真っ向から否定した。


「ありえねえだろ! なんでお前らみたいなのが、Sランクを捕まえられんだよ! 意味分かんねえよ!」

「そりゃあ、俺らが強いからだろ?」

 ウエダとウメナとタケハラ。三人が優越感をたっぷり備えたまま、イチイに嘲笑を向ける。


「そして――、お前らは弱い」

「――――」


 マズい――。僕は咄嗟にそう感じて、三人を押し退けてイチイの前に立った。同時に手を後ろに回し、イチイの胸を押して壁に押し付けた。

 背中に風を感じる。イチイは既に能力を展開していた。「落ち着け」と、僕は更に強く彼の胸を押した。

「俺らが――、俺が弱えだと……? 調子コイてんじゃねえぞオイ……ッ!」

 イチイの体が怒りで震えている。手の平越しにそれを感じた。


「ちょっと先輩! もうやめてください!」

 アセビが彼らの背中から、大声を上げた。周囲の人間も振り返り、僕らの事態に気付き始めていた。

「あ? 何?」

 タケハラが口を開く。顔立ちはいいが、女癖が悪いという噂があって、当の女子からは疎まれているという残念な奴だ。彼はアセビの顔を見た途端、瞳の中で鈍く光る物があった。気色の悪い色だ。……いやまあ、僕が言うのもアレかも知れないけれど。

「可愛いじゃん。え、どうしたの? こいつらとどういうカンケー?」

「同じチームです」

「え?」

 タケハラが失笑した。その色は嘲りと――、憐れみか?

「そんな可愛いのに、こんなザコいチームにいるの? 勿体ないねー。俺らのトコに来なよー」

 タケハラが気安くアセビの肩へと手を伸ばす――が、彼女はその手を力強く叩き飛ばした。面食らった顔で、タケハラが後ろへ一歩下がった。

「触らないでください、私は先輩達が嫌いです」

 嫌悪の瞳で強く三人を睨むアセビ。タケハラの青筋に血管が浮かんだ。しかし僕の血液も沸騰寸前だ。これ以上、彼女に手を出してみろ。僕がお前を――と、思った時にタケハラが動いた。


「てめえ、ナメてんじゃ――」

 ウエダとウメハラの間を抜けて、素早く前へ出る。アセビへと伸ばし掛けたタケハラの右手首を、僕は左手で握り締めた。

「あア、なんだオイ!」

 タケハラは即座に振り返り、僕の胸倉を掴んだ。互いに強く眼光をぶつけ合う。


 彼と正面から相対して、僕は初めて気付いた。タケハラの手は小刻みに震えていた。僕を睨む瞳は、病的に赤く血走っていた。怒りやストレスに因る体への変化かも知れないが、どうもそういう類の体調の変化とは思えなかった。


 まあいいと胸中で呟いて、僕は思考を切り替えた。

「聞いてんのか、あア?」

「そんなにデカい声が聞こえないわけないでしょう?」

 口元を歪めて見せる。タケハラの眉とこめかみが凶悪にヒクついた。

 彼の足が動く。握られた拳が僕の顔で炸裂する――直前、僕は踵で強く彼の爪先を踏み付けると同時に、跳ね上げた右肘で彼の顎を弾き飛ばした。

「……!」

 呻き声すら上げず、タケハラは大きく首を後ろへと仰け反らせた。ガクガクと揺れる体。僕が彼の足から自分の踵をどけると、そのまま背中から大の字になって床に倒れた。肘打ちが意識をも吹き飛ばしたのだ。


 ざわめく周囲。呆然とするウエダとウメナ。やがて僕は敵として認識される。


 まず動いたのは、僕の右正面にいたウエダだった。彼の能力は『身体の伸縮』。簡単に言えば、某ゴム人間だ。

 右腕が開手のまま、僕の顔目掛けて宙を切る。僕は正面だった体を横に向ける事でそれを避ける。同時に後ろ足で床を蹴り、彼に向かって真っ直ぐに突っ込む。彼の腕が元の位置へ戻り切るその前に、走る勢いをそのまま拳に乗せて――しかし、僕とウエダの間にウメナが割って入った。故意か偶然か、僕の拳が射出された絶妙のタイミングだった。

 マズい。ウメナの能力は確か、『身体の鋼化』。文字通り体の一部を鋼鉄のように硬くできる。このまま彼を殴り付ければ、壊れてしまうのは僕の拳だ。


「っ――」

 コンマ一秒の思考の隙。そこを突く為に、僕はウメナと視覚を入れ替える。僕は僕自身を、彼は彼自身を正面から捉える事になる。

「!?」

 僕の能力を初めて体験する人間は、自身に起きた事態に困惑し、必ずと言っていいほど体を硬直させる。

 ウメナは体の一部しか鋼化出来ない。彼が攻撃を受ける際は、体のどこに攻撃が当たるのか、適確に見極めなければならない。しかし、僕の能力がその見極めに必要な時間を奪った。

 跳び込みながら、体重と勢いを乗せた拳をウメナの顔面に炸裂させる。感触は肉の弾力。策は上手く功を奏したようだ。


「――イチイッ!」

「オラよ――ッ!」

 ウエダとウメナの背後から、回って来たイチイ。合わせられた手の平の中では、風の塊が唸りを上げていた。僕の打撃により体を浮かせたウメナと、その彼に押されて同じく浮いたウエダを、イチイによって生み出された暴風が大きく吹き飛ばした。


 昇降口に風が舞う。張り紙を、誰かの靴を、埃と砂利を、生徒達の衣服を乱した。

 ガラス戸を突き破る大きな音を響かせながら、ウエダとウメナが昇降口前の砂利の敷かれた広場まで転がった。


「悪い、僕の所為でこんな事になった」

「謝んなよ、お前がやってなかったら俺がやってた」

 不敵な笑みを見せ合い、僕とイチイはウエダとウメナの下へと足を運んだ。

「人の女に馴れ馴れしく手ェ伸ばしやがって」

 呻きながら起き上がる二人に向けて、イチイが獰猛に吠えた。

「糞ッ、糞ッ、糞ッ!」

 悪態をついて、ウエダが僕を強く睨む。目は爛々と血走って――おや? タケハラと同じように、その目は赤く染まっていた。手足の震えも同様だった。これが「外」だったら、ドラッグを疑うところだが、生憎ここは「中」だった。この「中」には違法なドラッグは存在しない。

 まあいい。奴の体調など、僕の知ったところではない。僕は腕を下げたまま、体の右側面をウエダに向ける。


「貴方達が本当にSランクを捕えたんですか? とてもそうは思えないですけれど」

 煽ってみる。ウエダは簡単に引っ掛かった。

「ザコの癖にナメてんじゃねえよッ!」

「台詞が三下なんですよ、自覚してます?」

「――――」


 ウエダの両腕が左右に伸びる。目測で、およそ五メートル。その腕を鞭のように振り回し、右と斜め左上から同時に襲い掛かって来た。

 僕は体の向きを変えずに、真っ直ぐに突っ込む。彼の能力は『伸びて縮む』だけだ。その後の制御は出来ない。真っ直ぐに突き出した物は、ただそのまま真っ直ぐに伸びるだけなのだ。だったら、後ろにも横にも動かず、ただ相手に向かって行けば良い。

「――――っ」

 そして、腕が離れている以上、攻撃を防御する事すら叶わない。ならば、僕のやりたい放題である。ウエダの懐に飛び込んだ僕は、振り上げた右拳を彼の顔面に重力に任せて振り落とす。鉄槌打ち、肉がひしゃげる音。鼻血と折れた歯が宙を舞った。


 ――弱い。どう考えても、弱い。能力を使うまでもない。

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