2-2.

 街を歩く。広いとは言え、敷地に限界のあるドームの中、建築物のほとんどは高層化されていた。狭い空が余計に狭くなる。「外」にある僕の故郷は、田んぼと畑、そして山しかないような田舎だったので、余計にそう感じさせる。


「あっ」

 ふいに、歩道の隅に目を向けたアセビが声を上げた。僕がそちらへ振り向くと、そこにいたのは子猫だった。四肢を投げ出し、静かに目を閉じて眠るようにして――死んでいた。

「可哀相に……」少しも躊躇ためらわずに、アセビはその子猫を抱き上げた。「最近、多いね」

「そうだね」


《ネヴァーランド》では子供達が連れて来たペット達が、結局世話出来なくなり捨てられ、野放しになっていた。糞尿や夜鳴き、感染症などの衛生管理――。渦巻くペット事情は、『中』で大きな問題になりつつあった。


「ちょっと待っててね」

 アセビはそう言うと、小走りで道から外れていった。子猫を埋葬するのだろう。彼女はああいった動物を見掛ければ、丁寧に弔いを行っていた。

「お待たせ」手に付いた土を払いながら、アセビが疲れたような笑みを浮かべた。

「朝から、嫌になるね」

「ホントにね」

 僕がアセビにそう答えると、彼女は重い息を吐いた。


 硬いアスファルトの歩道を歩いている内に、僕らが通う高校の校舎が顔を見せた。校門に吸い込まれていく制服姿の子供達。僕とアセビもまた、その中の一人だ。

「よっ」

 教室に入るなり、気安く手を上げて挨拶してきたのは、イチイだった。僕は微笑んで、手を上げ返した。

「いよいよ今日だな」

「まだ昇降口の掲示板には貼られてなかったよ」

「なかったよー」

 僕とアセビが合わせて言うと、「知っとるわ」とイチイがうんざりと顔をしかめた。

「今日は遅いなあ、糞っ」

 少し苛立たし気に、イチイが机を指で叩いた。


 順位発表で一位を取ったチームは、簡単に言えばヒーローだ。イチイは盛大に絶賛される事が嬉しくて堪らないのだろうが、僕は居心地の悪い事この上ない。そもそも僕は地味な人間なのだ。目立つ事には慣れていない。


 時刻は七時三十分。始業までは残り三十分。いつもなら既に掲示板に結果が貼り出されているのだけれど、さてどうしたのだろう。

 イチイはその後、登校してくるクラスメイト達全員に掲示板の様子を尋ねていた。僕は自分の席に鞄を置いて、読みかけの小説を流し読む。ドームの中では「外」の物は手に入らないので、《ネヴァーランド》では新しい娯楽に中々出会えない。この小説は「外」から持ち込んだ私物で、もう何度読んだか分からない。


「おい、シクラ、アセビッ!」

 唐突に、イチイの大声が僕の耳を突き刺した。頬杖から頭を落とし、慌てて彼へ振り向く。

「な、なんだ、どうした?」

「やっと来たってよ! 結果が!」

 満面の笑みである、まだ結果なんて見ていないのに。イチイは叫ぶや否や、駆け足で教室を後にした。僕はアセビと目を合わせて肩を竦め合い、一緒に昇降口へと向かった。


「――目立ちたがりのアバズレ」

「――気持ち悪い、ウザくない?」


 その最中、耳がそんな囁きを捉えた。咄嗟に声のした方へ振り返ると、僕の視線に気付いて顔を背ける二人組の女子生徒がいた。

 僕は足を止め、今の言葉の意味を問おうとして――アセビに腕を掴まれた。

「いいから。行こう」

 俯き、決して視線を彼女らの方へ向けずに、アセビは早口でそう言った。

 僕はそれを聞いて何も言わず、黙って彼女の言う通りにし、二人で昇降口へと急いだ。


 昇降口は既に人で溢れ返っていた。全校生徒が集まっているんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。チーム活動についての皆の注目度の高さが伺える。

 イチイの姿を見つけた。しかし、彼は掲示板の近くではなく、離れた壁に寄りかかっていた。僕はそれを訝しく思い、眉を寄せながら彼に近付いた。

「どうした?」

「…………」

 イチイは見るからに不機嫌だった。腕組みをして、眉を厳つく吊り上げている。彼は僕を一瞥すると、黙って掲示板を顎で指した。


 首を傾げ、僕は人の壁を押し分けて、掲示板を見る。張り紙が貼られ、十位から一位までのチーム名が下から羅列されており、その横にそれぞれの成績が記されている。捕縛数、ポイント数、総合ポイント。この総合ポイントで順位が決まるのだけれど――、


「うん?」

 僕は思わず張り紙を見返した。

 僕らのチーム、『AICe』の今月の順位は、二位だった。イチイの機嫌が悪いのは、これが理由だろう。

「あれ、二位だね」

 いつの間にか、僕の隣にアセビがいた。顔を見合わせ、首を傾げ合い、イチイの下へと戻った。


「う……っ」

 人の壁を抜け、イチイの姿を見た途端、思わず僕はそう呻いてしまった。


 イチイは三人の上級生に囲まれていた。見なくても険悪そうな雰囲気を感じる。僕はこういう事態には基本的に近付かない質なのだけれど、そうもいかないんだろうな……。


 僕は溜め息をついて、彼らへと近づいた。

「何してるんですか?」

「あァ?」

 上級生の一人が物騒な声を上げて、僕に振り返った。……おや、こいつはどこかで見たぞ。坊主の短い髪を茶色に染めるってなんなんだよって、ツッコミたくなったことを思い出した。確か……、ウエダだかそんな名前だったような気がする。他の二人にも見覚えがあった。ウメナとタケハラだったか?

「先輩、何してるんですか?」

「二回も言うな、聞こえてんだよ」

 なんだかなあ……。なぜこうも他人をイラッとさせる言葉を吐けるのだろうか。思わず眉を上げてしまった。

 それを目敏く気付いたイチイの左にいたウメナが、気持ちの悪いニヤケ面を浮かべ、僕の胸を肩で押した。

「オイ、何だお前。今、イラッとした顔したよな?」

 カラんでくるにしても、もう少し頭のいい言い草はないのだろうか。ダラダラ髪だけ伸ばして汚らしい。僕は押されてよろめきながらも、強くウメナを睨み付けた。


「なんの用かって聞いてるんですよ、先輩」

「一位のチームがよ、二位のチームを慰めに来てるんだろうが」

「一位?」

 ウエダが揶揄するような笑みを浮かべて、僕とイチイを交互に見た。

「おかしいだろ、なんでお前らが一位なんだよ」

 イチイがウエダに喰ってかかる。ウエダは良くぞと言いたげに、更に笑みを深くした。

「お前、張り紙見てないのか? お前らはチマチマと捕まえた数を稼いだかもしれねーけど、俺らは最初から高ランク狙いだったんだよ」


 ランク――。成程、それなら捕まえた数が少なくても、総合ポイントでは負ける可能性がある。けれど、犯罪者のランクが高くなればなるほど、自分達に降りかかる危険も高くなる。僕らはBランクまでしか相手にしていなかった。けれど彼らは違った。恐らく、Aランクまでを狙いにして――、

「俺達はな、Sランクの奴を仕留めたんだよ」

「「――――」」

 僕とイチイは、目を見開いて絶句する。


 Sランク。能力者のランキングで最高位。《ネヴァーランド》の中に十数人しかいないと言われている、規格外の能力者。そのランクの犯罪者を一人捕えただけでも、一位が確定する。けれど、Sランクと相手できる者など、それこそ同じSランクでないといない筈だ。


 そんな怪物を、彼らが捕えただと……?

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