1-4.

 自室に戻り、風呂から出た僕は、髪を乾かすこともせぬまま仰向けにベッドに転がった。


 ……そろそろだろうか。イチイとアセビと別れてから、一時間が経過した。

 僕は部屋の灯りを消して、目を閉じた。


 罪悪感と、自分自身への嫌悪感で吐きそうになる。毎度の事ながら、一向に慣れる気はしない。それでも、僕はコレをやめられないでいた。

 眼窩から透明な眼球が飛び出て、部屋を横切って外へ飛び出し、宙を飛ぶ姿をイメージする。その眼球が彼の下へと飛び込んだ瞬間、真っ暗だった視界が色と光を取り戻した。


 ――ベッドの上に仰向けに倒れている彼女。衣類は脱ぎ捨て、床に散らかっていた。両脚が大きく広げられていて、結合部がよく見えた。彼が腰を動かすたびに、形のいい乳房が揺れた。恥ずかしがるように目を腕で覆い、けれどその口は悦びに綻んでいた。


 僕の閉じた瞼がスクリーンで、そこに投じられた映画を見ているようだった。

 僕の能力は視覚の『交換』。しかし、僕が能力を使った際に目を開かないでいれば、一方的に他人の視覚を『共有』できた。それは相手には決して気付かれない。


 こうして、僕は彼の視覚を借りて覗いているのだ。……友人達の情事を。


 熱を持ち、硬くなった自分のモノを握り、手を上下に動かした。

 段々と荒くなる呼吸。彼女を抱いているのは僕だ。彼じゃない。僕だ。僕なんだ。

 彼女の顔が急激に近付く。睫毛の一本一本がよく見える。今、彼女に口付けしているのは僕だ。彼じゃない。


 欲望のままに彼は/僕は、彼女を貫くように腰を前後する。

 彼女を抱いているのは彼だ/僕だ。彼女にキスしているのは彼だ/僕だ。彼女を悦ばせているのは彼だ/僕だ。彼女を抱いているのは彼だ/僕だ。彼女を抱いているのは彼だ/僕だ。


 ――彼女は、僕の物だ。


 ふいに、彼女が自分の顔から手をどかした。頬は赤らみ、潤んだ瞳で彼を/僕を見詰める。

 顔が熱くなる。息は絶え絶えに。頂きに向かって上り詰める欲望を必死に堪えながらも、手の動きは荒々しさと速度を増していく。

 彼女が彼を/僕を見詰める。彼は/僕は彼女を見詰め返す。呼吸の交換。唾液の交わり。粘膜の接触。

 彼女が手を伸ばして、彼の/僕の頬を手に包む。そして――、唇が声もなく、その名を紡いだ。


『スーちゃん……』


「――!?」

 心臓が固まった。欲望。脈動。白濁。視覚。言葉。名前。慌てて能力を解除、僕の意識が明滅する。視界が点滅する。感覚が反転する。

「は、ッ、つ、あ――」

 呻く。体が言う事を聞かない。何がなんだか分からない。僕は、僕は、僕は? 僕は今、どこにいるんだ?


 ――しばらくして、僕はようやく我に返った。心臓は固まってなどいないし、体はベッドに仰向けに寝たままだ。目の前にあるのは、毎日見ている自室の天井。呼吸だけが相変わらず荒いが、僕の意識は明白だった。


「…………」

 腹と手にこびり付いた粘着液。……僕はもう一度、シャワーに入ってから床に就いた。

「……最低だ」

 今更な事を口にして、僕は目を閉じた。

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