1-3.

 風紀委員会がハタダを連行する様を見届けてから、僕らは公園を後にした。僕らの住居である集合住宅団地へと辿り着く手前にあるファミリーレストランに寄り、夕食を摂る事にした。


「今日もやったな! 今のところ、今月も暫定順位は1位……。いい調子だ!」

 イチイが誇らし気にそう言い、切り分けた最後のハンバーグを口に放り込んだ。一足先にパスタを食べ終えた僕はコーヒーを啜り、

「それにしても、やっぱりイチイの能力は派手で良いね。チームの顔役としては適任だったよ」

「まあな」イチイは褒められた事を得意げに笑いながら、「でも、派手な分、目を付けられる。今日の奴は俺の事を知らなかったみてーだけど、前の奴は俺の顔を見た途端、必死こいて逃げやがったから時間がかかったしな。――やっぱりお前とアセビみてーなサポートが必要だ」


 彼の攻撃は威力を求めれば求めるだけ、風力を蓄積する為に時間が掛かる。その間の足止めとして、僕の『視覚交換』が必要となる。更には敵の攻撃を避ける為に、アセビの『未来予測』が必要となる。


 チームはそれぞれがそれぞれの弱点を補い、利点を高め合うものだ。それを言えば、僕達の相性は合っていた。抜群と言っても過言ではないかも知れない。

 けれど、僕らは能力を考慮してチームを結成したわけではない。ただ単に仲良し同士で組んだと言うだけなのだ。それがこうも上手くいくとは考えもしなかった。


 ――ただ仲良しなだけだったら、もっと良かったのに。


「良し、飯も喰ったし、そろそろ帰るか」

「そうだね――、あっ」イチイの言葉に立ち上がったアセビが、彼を見て声を上げた。「ほっぺたにソースが付いてるよ、イチイ」

 アセビの声に釣られて目を向ければ、イチイの口元をハンバーグのソースが汚していた。

「マジで? 取って」

 甘えたような声で、イチイは自分の顔をアセビに近付けた。

「やだよ、もー。子供じゃないんだからー」

 たしなめるようにそう言い、けれど笑いながらアセビがイチイの頬のソースを指で拭った。そして、指に付いたソースを躊躇いなく、自分の口に咥えた。

「……イチャつくなら外に出てからにしてくれよ」

 僕は苦笑混じりにそう言った。酷く渇いた声だった。


「じゃあ、支払い頼むわ」

 頷いたイチイが財布から紙幣を取り出して、僕に寄越した。それで自分とアセビの分を払ってくれということだろう。僕は伝票を持ってレジへ向かった。

 支払いをしている間に外に出たイチイとアセビが、店の戸を開いた僕を振り返る。彼らはしっかりと手を握り合っていた。僕は街灯に目が眩んだフリをして、顔をしかめた。

 並んで歩く二人のすぐ後ろを歩きながら、僕は夜空を見上げた。等間隔に並んだ星が光り輝く。それら全てが電球によって飾られた偽物の星空だ。「中」で暮らす人々が「外」にいた頃と違和感がないように――という配慮らしいが、それならもう少しそれっぽく造って欲しかったと考えるのは、恐らく僕だけではないだろう。


「うおっ!」

 急にイチイが声を上げて飛び跳ねた。僕は驚いて、彼に駆け寄る。

「なんだ、どうした?」

「うわ、糞! 出やがった! うわ、糞、来んなよ!」

 イチイは僕の問いに答えず、足元を見ながら跳ね回り、何かから逃げていた。


 地面に目をこらすと、そこには地を這いまわる何かがいた――ゴキブリだ。イチイは道端の草陰から飛び出してきたゴキブリに驚いたのだ。


 イチイは動物全般が苦手だった。特に虫、中でもゴキブリは写真を見る事すら絶対にしない。なりふり構わず何がなんでも逃げるのだ。その様子は、普段の彼からは想像出来ないくらいに情けない姿だった。


「何よ、まだ虫がダメとか言ってんの?」

 ここぞとばかりにアセビがイチイを煽る。対してアセビは、虫だろうがカエルだろうが蛇だろうが、お構いなしに近付いていく。彼女は子供の頃、野山に分け入っては捕まえた小動物を掴んで、逃げるイチイを追い掛け回していた。

「ムリムリムリ絶対ムリだからマジでもうホント勘弁してくれマジで無理なんだって……!」

 駆け足で逃げたイチイに僕とアセビが追い付いた時、彼は荒い息と共に早口で弱音を吐いていた。本当に、昔と全く変わらない。


 足はいつの間にか団地へと辿り着いていた。南にある入り口から手前側に一号から五合棟が、奥側に二号棟から十号棟が並んでいる。それぞれの棟に居住可能な人数は二百五十人。二千人以上の人間を一挙に収納する巨大な建造物群。それは一つの町と言っても過言ではないのではなかろうか。こういった施設がいくつかあり、全ての住人を収容している。


 僕が住まう三号棟に差し掛かった時、イチイとアセビが足を止め、僕に振り返った。

「じゃあな、また明日」

「じゃーねー」

 二人は朗らかに手を振った。僕は小さく笑んで、手を振り返した。その笑顔が、ぎごちないものでない事を祈りつつ。

 イチイとアセビは再び手を握り合って歩き出した。彼らが目を離した瞬間、僕の顔から表情が失せた事を自覚する。根が這ったように足が動かせず、僕は彼らをひたすら見つめ続けた。


 イチイとアセビがふと、足を止めた。動かない僕に気づいた訳では、勿論ない。彼らは互いを見つめ合い、どちらからでもなく顔を近づけると、まるで当たり前の事であるかのように、その唇を合わせた。


「――――」

 僕の思考は停止した。感情は停止した。感覚は停止した。呼吸すらも停止した。


 彼らは唇を離し、何事もなかったかのように歩き出した。その手は握られている。その手は握られている。その手は握られている。。愛情を確かめ合うように握られている。


 僕はひたすら拳を握り締めて、胸の内に渦巻く自分でも把握できない感情を必死に押し殺した。

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