無銘・最弱
episode1
夢を見ていた。もしも、私に一つでも有能な異能があったら。
これが現実ではないことは最初からわかっていたはずなのに。それなのにそんな幻想から逃げられないでいた。
しかしそんな急造の脆い夢など、すぐに壊れるのが定めで——。
「……あぁ、この世界は夢ですかね」
そうだったらいいのに。と思いながらベッドから起き上がる。
さっさと料理を作って冷ます間に顔を洗いにいく。
やる気のなさそうな自分の目と、鬱陶しく伸びたような手入れしきっていない髪の毛。極め付けにみんなと同じの左目とは違いなぜか変色して黄色ないし黄土色に変わってしまった私の瞳。
ただでさえ自分が無能なのにこういう厨二病のような格好だからさらにいじめられる。一度は自分の目玉をクラスメイトの前で引っこ抜いてやろうかとも思ったくらいだ。
「はぁ……。今更こんなこと悩んだって意味ないか……」
そう、諦めたようにため息を吐きつつ私は朝食を食べる。いつも通り超絶に美味しい、というわけではなかった。
「じゃ、行ってきます……」
家には誰もいないが癖で挨拶をしてしまう。まぁ別にどうだっていいのだが。
私は人に顔を見せないためにマスクと伊達メガネを取り出す。伊達メガネは私の目が日光に少し敏感だから日光を軽減させるメガネなのだが。
日中は大抵メガネをかけないと生活できない。別に普通の光はどれだけ向けられても問題はないんだけれど……。
通学路を歩くと、そこに嫌な影を見かけた。いつも私をいじってくる集団のリーダーだった。名前は確か……、緋暁コウだっただろうか。最近は『脳筋猿』と考えることが多くなってしまったからかすぐにこいつの名前が浮かばなくなってしまう。
できるだけ音を立てずに抜かすか……。と思って音を立てずに横を通ろうとするのだが——。
「あ、できそこないじゃねぇか!おいおいもっと堂々と歩けよ。あそっか、お前にそんな自信も実績もないんだったな!」
「う、うん……。そうだね……」
やっぱりこいつのことは苦手だ。私を見かけるや否や私を無碍にしてくるこの姿勢。事実だから否定はしないが大っぴらに言ってくるところがどうしても嫌だ。
「ったく。面白みも能力もないとか……。お前、生きる価値ないんじゃないのか?」
「あはは……」
私はもはや処世術よろしく、愛想笑いを続けるのがもはや日課なのだろうか。
緋暁に会うたびにそう思ってしまう。
(もし、私が強い異能を持ってたら……、こいつと私の関係値は逆だったのかな……)
言わずもがなこんな高圧的に当たることはするつもりはないが、私にこいつが跪く、みたいなそんなシチュエーションが存在したのかな、と考えるとどうしてもこいつには苛立ちを感じてしまう。
自分の能力を過信して、下のものの努力なんてものは知ったこっちゃあるかで踏み躙っていく。そして上に立つものには媚びへつらう考え方に、私は頭が痛くなる。
この世界、主に国内ではそんな風潮が顕著に現れている。国の政治を牛耳る奴は大抵強力な異能を持っている。
警察などもそうだ。なんだかんだ言って警察も国に洗脳されているから一般市民を助けるなんてことはしないが。
それもこれも異能のせいだったりする。
異能があればちょっとした事件であれば自分の力で逃げれるし、逃げられない無能はこの国には不要だからそのまま処分するには都合がいい、みたいなことをトップが決めてからはずっとその風潮が残っている。それで何度死にかけたことか。
これでも汎用性の高い異能があったことがまだ救いだろうか。『瞬光羅閃』があったからなんだかんだ命からがら生き残ってきたが……。
緋暁の能力は『炎矢朱雀』。異能の中で汎用性が悪い代わりに一撃のエネルギーもといダメージが異能の中で最大である【炎】の属性に位置している。
また、異能の階級も私の『瞬光羅閃』は1なのに対し、あっちは7。階級7となるとそこら一般の貴族と同等だ。この国の王は10なのだが。
一度逆らったことがあるが、その時に簡単に腕が半分焼けちぎれてからはどうしても逆らえないでいた。
次の日目を覚ますと腕がブランブランになってなくてきっちりくっついていたことは驚いたが。
「やっと着いた……。ほんと聞いてて虫唾が走る……」
いじめでの精神ダメージじゃないが人前でああやって情報を公表されるとどうしても精神的にキツいものがある。まあ私が極端な人付き合い嫌いなのもあるが。
とりあえず靴を履き替えるか……。と思ってロッカーを開こう、とした途端。
「うわっ!?」
突如レーザーが飛んできた。多分私のロッカーが開いたら発動するような設定にされていたのだろうが、これもまた『瞬光羅閃』がなければ風穴が空いていただろう。
私が避けるのは措定していなかったらしく、罠を設置したであろう男子生徒の顔の顎が外れていた。そいつのことはどうでも良かったが他クラスの靴箱に風穴を開けてしまったことに少し申し訳なさを感じつつ靴を履き替える。
廊下を歩くたびに嫌そうな視線を向けられるがそんなことを気にしていたら埒が開かない。入学当初は気にしまくっていたが徐々に変わらない嫌悪の視線に気にする価値もないと気付いてからは全くを持って気にする気はなかった。
私のクラスの教室に着くとみんな私のことを見て見ぬふりをする。そちらの方がありがたい。一斉に見られてもただ困るだけだ。
カバンの中から適当に小説を取り出して自分の席に座って授業開始まで小説の世界に没頭することにした、のだが……。
(今日は、一段とうるさいな……っ)
いつも陽キャの集団のせいでクラスがうるさいのは重々承知なのだが、今日はいつもよりも異様にうるさかった。仕方ないからこいつらの話を傍聴することにした。どうせ本を読もうにもうるさかったら読む気にもならない。
……うるさくても耳障りじゃなければいいのだが。
「それでさ、今日転入生くるらしいよ〜?」
「え、ほんと?できればイケメンがいいなぁ……」
「確かに。よく行けばお近づきに……」
「でも、可愛い女子でも——」
「「ぜっっっったいにイケメンっ!」」
「い、イケメンだったとしても近寄りがたかったら意味ないじゃん?それだったら可愛い女子とかの方が仲良くなりやすいし」
「まぁ、それでもなんでもいいけど……」
そういうと私の方に視線を向ける。それを気づいた私は咄嗟に新しい本を取り出す動作にシフトする。あのまま見続けたら喧嘩をふっかけられていただろう。
(にしても転入生か……。優しい人だったらいいけど)
私に優しくする人なんてこの国の中で異能持ちであればいないだろう。だけれど我関せずのように接してくれるくらいの距離でいてくれる人だったら。
……まぁ転入生だという情報が本当ならそれはあり得ないだろうが。
この学院の転入試験はただでさえ入学試験が難しいのにそれ以上に難しく設定されている。
力を持つものは大抵その力の強大さに溺れ、驕り高ぶる。そして弱者を見下すようになる。もはや自然の摂理と言っても差し支えないような現象だった。
「おーい、授業を始めるぞー!」
担任が大きく声を上げながら教室の扉を開けて入ってくる。その声にさっきまで後ろでうるさく話をしていた陽キャらは各々の席に戻って行った。
「どこから噂が流れ出したか知らないが、皆知っているだろう転入生を紹介する。それじゃあ、入れ」
そういうと教室の扉が再度開かれる。
私と違いきちんと手入れされたであろう淡い水色の長髪。急遽転入することになったからかこの学校の制服ではなく、前の学校のものであろう制服を着ていた。
アキレムア連邦国。異能に関する研究が世界で一番進んでいる国の一番有名な学院の制服だった。
私は目を奪われていた。自分とはかけ離れた存在。そんな人間を憧憬に写らせてしまうことが他の人間からしたら大罪であることを承知の上で、私は目を離せないでいた。
「初めまして、私はアリア・夜宵・メディスンです」
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