王女様はイケメン王子様との婚約破棄を願う〜絶対にもふもふな殿方に嫁ぎますわ!〜

三桐いくこ

短編

「結婚なんて絶対に嫌!かならず婚約破棄させてやりますわ!」


 婚約式のあと、私はあてがわれた部屋でこぶしを振り上げました。

 私はノアタメラ国第三王女、シュゼットと申します。

 ここはエスヴレビア国。私はこの国の王子へ嫁ぐために、婚約式の主役として訪れているのです。


「シュゼット様!みっともないです!」


 そういって叱るのは、私が連れてきた侍女のマリー。乳母兄弟のマリーは、私とくだけた会話ができる数少ない友です。


「だってマリー!婚約してしまったから、次は結婚しなくてはいけないのよ!?」

「当たり前です。シュゼット様はおいくつですか?」

「15歳よ!でもそんなこと、今はどうでもいいわ。

 私はたくましい半獣の方と結婚すると決めているの!」

「……まだ、言ってるんですかソレ」

「もふもふでたくましい太い足を持つ、ワイルドな殿方と結婚するまで言い続けますわ!」


 マリーは、遠い目をしました。いつもどおりの光景です。


「だって仕方がないでしょう!人間の殿方にはまったく興味が持てないのですから!」


 そう、私は人間の男性にまったく興味がありません。

 人として素敵だとは思いますが、他の令嬢たちのようにきゃあきゃあと色めき立つことが無いのです。


 最初は幼い頃に決まった、この国の王子との結婚が私を恋愛から遠ざけているのだと思いました。


「興味を持つ練習をされると良いのでは?」

「だって、夜会もダメだったわ。

 恋愛小説もダメ。演劇もダメ。絵画もダメなら、完全に人間の男性がダメなのよ?」


 不満げな私にマリーが呆れます。


「そのわりに狼だの虎だの恐ろしい獣には、キラキラと目を輝かせていらっしゃいますものね。

 ……まったく、シュゼット様が迷子になった日に戻りたいものです」


 マリーはため息をついて言いました。


 ──そう、それは私が5歳くらいの頃。

 外交に連れて行かれた先で、私は迷子になったことがあります。

 気づいたらまったく知らない場所。

 私は自分がどこにいるのか、分かりませんでした。

 心細くて泣いていた私は、男の子に出会いました。


「どうしたの?」


 私は迷子になったことを伝えると、男の子は言いました。


「僕があなたの御父上を見つけて、送っていってあげる」


 そして、男の子は小さな狼へ変身しました。

 人が狼に変身したのです!びっくりして固まる私に、彼は近づきます。


「震えているね、寒い?」


 狼の柔らかな毛並みと暖かな体温が私の手を温めます。


「暖かい……」


 一人ぼっちで心細かった私は、思わず抱きついて彼の首元へすり寄りました。

 彼は私が落ち着くまで、ずっとそうしてくれていました。


「……落ち着いた?」


 こくんとうなずいた私を、男の子はあっという間に父の元へ返してくれました。

 ほんの数分。たったそれだけ。それだけなのに、私は今でもその狼になった男の子がわすれられません。


「あんなに小さいのに野性味あふれる牙があってあんよも太くって毛並みもふかふかって最高」


 ほぅっと、ため息をついて私は過去の出来事を思い出していました。


「シュゼット様、声に出ています。あと早口」


 呆れ顔のマリーは、お茶を淹れながらもツッコミを忘れません。


「いいじゃない。大切な思い出なの」

「その思い出のせいで振り回される私の気持ちになってください。

 狼のように走りたいと、泥だらけになるまで野山を駆け回るシュゼット様を何回追いかけたか……」


 くどくどとマリーがぼやきます。

 マリーは、おてんばな私に振り回されるうちに、ここまで遠慮しない侍女になったのです。


「もう少ししたらベルンハルド王子がおこしです」


 しれっとマリーが言います。そういえばお茶セットが二人分用意されているような。


「はあ……」


 私はため息をつきました。


「シュゼット様、お疲れのところ申し訳ない」


 ベルンハルド様がいらっしゃいました。

 銀色の髪を後ろへなでつけて、金色の瞳で優しいまなざしを私にくださいます。

 いつだったか、マリーが淑女殺し……と呟いた王子スマイルです。


「ベルンハルド様、お待ちしておりました」


 私は淑女として、優雅に礼をとりました。


「式は終わったんだ。いつも通りでいいよ」

「そう。今日はとても疲れたわ」


 少し砕けた私が椅子に座りなおすと、ベルンハルド様も椅子に腰掛けます。


 私の国と彼の国はお隣同士なので、王族は何かと交流があります。そのためベルンハルド様とはそこそこ仲が良いのです。


「婚約しただけでお披露目パレードまであるのね。驚いたわ」

「半獣族はお祭りごとが好きなんだ」


 私のしかめっ面に、ベルンハルド様が笑います。船で渡るほどの大きな河が両国をへだてていますので、だいぶ文化が違います。


「半獣族に会えるのは嬉しいです。 私の国は人族だけですもの」

「ははは、本当に動物好きだね」


 私は動物好きとして通っているようです。


「半獣族に会えるのと、動物好きは関係ないわ」

「同じだよ。彼らは自らにある獣性を誇りに思っているんだ」


 やっぱり、それとこれとは違うのでは?と思いました。


 そう、ベルンハルド様の国であるエスヴレビア国は半獣族の国。

 なのに、国王をはじめベルンハルド様たちは、嘆かわしいことに人族なのです……!

 エスヴレビア国の最初の王は半獣だったと学びました。

 しかし強大な力を持つ半獣は人間に警戒されます。

 諸外国との友好を築くために、人族との婚姻が増えて血が薄れてしまったそうです。


「……ガッカリですわ」

「ん?なにか言ったかい?」

「いいえ」


 不安げな王子へにこりとほほえみ、マリーが用意したお茶で喉を潤しました。


「しばらく滞在するんだ。色々と案内したい」

「そんな、公務もあるでしょう?」

「未来の奥さんを蔑ろにしては、民に怒られてしまうよ」


 未来の奥さん……それを聞いて、ツキリと胸が痛みます。

 私は彼を欺いているのですから、多少の罪悪感はあります。

 しかし、残念ながら彼は人間なのです。恋愛感情は湧きません。




「よし!逃げましょう!」


 夜、なかなか寝付けない私は、ベッドの中でひらめきました。

 まさに天啓。

 婚約が嫌で逃げ出す姫など、前代未聞でしょう。でもそのほうがいいのです。


「はしたない姫として、婚約破棄されたら最高ですわ」


 私の身勝手な行動がどれだけの人の迷惑になるのか。私は分かっています。

 でも、そんなものはどうでもいいのです。

 夜の思いつきはロクなものでは無いと言うそうです。しかし、このテンションで動けるのは今!


「愚かな女でないと意味がないのです」


 何度も来ている隣国の王城。どこに番兵がいるのかを精一杯思い出します。


「うーん。正攻法は無理ですね」


 なんとなくのルートは決まりました。

 ですが、本当にそれで逃げられるのか不安が残ります。

 そもそも国賓として招かれているのです。

 安全に滞在させるのは迎えた国の義務。それを破るなんて……。


「それでも、やらないといけないのです……!」


 私は勇気を振り絞って、窓から逃げ出しました。

 窓から枝へ、枝からまた次の枝へとつたってスルスルと降りていきます。トサッと軽い音とともに、無事に地面に着地しました。


「良かった……」


 私は、ホッと息をつきました。

 半獣族の妻となるための修行と称し、毎日のように野山を駆け回った成果です。汚れた手を払って、前へ進もうとしたその時。


「シュゼット、眠れないのかい?」


 ギギギと錆びついた扉のようにぎこちなく振り向くと、そこにはにこやかなベルンハルド様が闇を背負って佇んでいました。


「ベルンハルド様……」

「夜着で外へ出ると風邪を引くよ。私が送ろう」

「……はい」


 ベルンハルド様は自身が着ていらした上着を私に、羽織らせてくれました。

 ……暖かい。

 そのまま部屋へ帰された私は、マリーの監視のもと休むことになりました。




 一夜明け、非公式に両国の王族が集まる朝食会。

 いつからか、どちらかの国へ滞在した時は朝食と夕食を一緒にとるのが、習慣となっていました。


「シュゼット、昨夜のことは聞いている」


 私のお父様が重々しく口を開きます。昨夜のハイテンションはどこへやら、私はきたる叱責に身を固めました。


「口を挟むことをお許しください。

 ノアタメラ国王、シュゼット様はマリッジブルーなのです」


 ベルンハルド様が突然話し出します。いつもはこのような事をしない方なのに。


「え?」


 そしてその内容に、当の私が首を傾げてしまいました。

 マリッジブルー?

 ベルンハルド様が続けます。


「いえ、エンゲージブルーとでも言うのでしょうか。

 結婚が現実になり、姫は環境が変わることに不安定のようです。

 昨日、婚約式の時から様子がおかしかったので……」


 ベルンハルド様の言葉に、私のお父様とお母様には思い当たる節があるようです。


「そういえば……」

「確かに顔がぎこちなかったわね」


 私の不機嫌がこんなにもバレバレだなんて……。

 淑女失格ではありませんか!?しかし、これを利用しない手はありません。


「皆さまに心配をおかけして申し訳ありません。

 故郷を離れて嫁ぐことを考えると、とても心細くなってしまい自分を抑えきれませんでした」


 不安げな演技を頑張ります。婚約してしまったとはいえ、結婚までの日取りをできるだけ引き延ばすのです。


「シュゼット様、申し訳ないがパレードまでは滞在していただかないといけない」

「ええ、分かっております」

「とはいえ王城だとゆっくり出来ないかもしれない。

 僕と森の別邸へ行きませんか?」

「え?」


 森の別邸?初めて聞く場所にぽかんとします。遠出などできないはずでは?


「それはいい。別邸とはいえ、この城の敷地内にあるんだ。

 ここより静かだから、シュゼット姫も穏やかに過ごせるだろう」


 はてなを浮かべる私に、ベルンハルド様のお父様であるエスヴレビア国王が説明してくださいます。

 なんと、乗り気です。


「今日は散歩がてらに見に行こう。

 シュゼット様が気に入ればそこに滞在すればいいから」


 にっこりと、いつもの穏やかな笑顔でベルンハルド様がおっしゃります。


「はい……」


 私は厚意に押される形でうなずきました。




「まあ素敵!」


 しかし、そこは天国でした!

 明るく陽の光が差し込む木立にはちょうちょがヒラヒラと飛んでいます。

 少しずつ奥へ入ると、静かな森の中にぽつんとお屋敷がひとつ。

 本当に王城がある土地かと疑ってしまいそうです。

 王城の敷地がこんなに広いと思わなかった私は、思わず声を上げてしまいました。


「ここは建国の王の加護をうけた土地なんだ。

 神聖な場所として王家が守っている」


 私の隣にいるベルンハルド様が教えて下さいます。

 さらに後ろから、私のお父様とお母様が不安げに歩いてきます。


「ベルンハルド王子。私たち、すこしこの子を甘やかしすぎたかもしれないわ」

「遅くにできた娘だから可愛くてねぇ」


 私がいるにも関わらず、少し失礼なことを両親がベルンハルド様に言っています。


「お任せください。それにここは王城かそれ以上に警備が厳重な場所です。

 シュゼット様をお護りするのにとても適した場所です」

「では、やはり……反人族派が……」


 お父様が顔を曇らせます。


「反人族派は、半獣の誇りを捨てて人となった王族など要らないという集団のことでしょう?

 あなた方は大丈夫なの?」


 私の母はベルンハルド様を始めとする、こちらの王族を心配していました。


「できるだけのことを行っています。

 この結婚も破談にしろという要望があるようですが、知ったことではありません」


 建国の王のように獣性を取り戻せという主張を何度も国へ要望しているらしく、私とベルンハルド様の結婚にも反対しているそうです。

 ある意味で私の味方にできそうですが、けっこう過激な集団らしいので無理でしょう。


「そもそも、この結婚は十年も前に決まっていたこと。

 僕を始めとする王も大臣も、この結婚をないものにするつもりはありませんよ。

 シュゼット様は国をあげてお護りします」


 なんてありがたくない決意なのかしら。

 それでも、私の両親は安心したようです。

 そうしてベルンハルド様は、いつもの爽やかスマイルで父と母を見送りました。


「シュゼット様も安心してください」


 輝く王子スマイルで、私を振り返ります。


「えぇ……心強いわ……」


 全く、なんてことでしょう。

 心のなかで盛大にため息を吐きます。


「シュゼット様。やっぱりどこかおかしいくないか?」


 そんな私の様子を心配するベルンハルド様。 

 心配そうに金色の瞳を揺らすさまは子犬のようでキュンとします。


「だって、お父様もお母様も離れて暮らすなんて……」


 とりあえずエンゲージブルーの設定を守ります。


「シュゼット様が安心してこちらに嫁げるよう、僕が力を尽くすよ」


 なんて人格者……!

 私にはもったいない方です。

 一刻も早く婚約破棄してさしあげなければ!




「完敗だわ……」


 その後、私はベルンハルド様と森を散策しました。

 森の中では虫を捕まえたり、木に登ろうとしたり、はたまた、お茶の時間に音を立ててお茶をすすったり、と考えうる限りの幻滅行為におよんだのです。

 なのに……。


「何をしても許すなんて……!

 なんて方なの!」


 就寝前のお茶を待ちながら、私は額に指を置いてうなだれます。


「スパダリってやつですね。なんて優良物件」


 マリーはお茶を蒸らしながら、呪文のような言葉を唱えます。


「え?」

「庶民のスラングですわ」

「あなた伯爵令嬢よね?」


 王族に使える娘が庶民なわけがありません。


「ふんふ〜ん」


 マリーは何かを誤魔化しながら、お茶を注ぎ始めました。




 そうして婚約パレード当日。

 私の気持ちとは対称的な青空です。

 このパレードで民に顔を知られてしまえば、もう婚約破棄など恥ずかしくてできないでしょう。

 たくさんの花を飾った馬車に、私とベルンハルド様、そして護衛が数人乗っています。


「姫様ー!ベルンハルド様ー!」


 民が私とベルンハルド様の婚約をお祝いしています。


「きれいだわ……」


 みんなが手を振って歓声をあげて。

 誰もがこの婚約を喜んでいる。

 ……私は猛烈な罪悪感に襲われました。


「みんなが僕らを祝福している。なんて喜ばしいことだろう」


 嬉しそうなベルンハルド様の声が、さらに拍車をかけます。

 私は自分の身勝手で彼を裏切り、国民を裏切ろうとしていた。

 このパレードのお金だって税金が入っています。

 それは民が汗水垂らして得たお金です。


「私は愚か者ね」


 つぶやいた言葉は、心からの反省でした。


「シュゼット様?どうかしたのかい?」


 ベルンハルド様がこちらを見ます。

 愛することは出来ないけれど、私が一生をかけて支える相手。

 私は静かに笑みを浮かべました。


「いいえ。なにも」


 私の言葉にでしょうか、ベルンハルド様は少し怪訝なお顔をしました。

 しかし、すぐに切り替えてまた民へと向き直りました。



 パレードはつつがなく終わりました。


「シュゼット様、とても素敵でございました」

「パレートをみたの?」

「城門から出られるときですけどね」

「そう」

「……シュゼット様?」

「どうかしたの?」

「……いえ……」


 私はマリーに微笑みました。

 マリーはなにか言いたそうでしたが、すぐに口をつぐんで私の着替えを始めました。


 そうしてパレードが終われば夜会です。

 私とベルンハルド様の婚約を祝して、この国の貴族たちからお祝いの言葉を受け取ります。

 ベルンハルド様にエスコートされながら大広間へと向かいます。


「大丈夫?」


 大広間へと続く廊下。

 ベルンハルド様は私の顔をのぞきこんで尋ねました。


「え?」

「パレードからすごく大人しくなっていただろう?」

「なんでもバレてしまうのね」

「君のことなら何でも分かるよ。

 僕は鼻が利くんだ」 


 冗談なのか本気なのか分からない言葉に、私は思わず笑ってしまいます。


「そうやって笑っている方がシュゼット様らしいよ」

「そんな、淑女失格じゃない……!」

「ここ数日の君は淑女ではなかったよ」


 ……うっかりしていました。

 婚約式から今日まで、私はとても楽しく野山を散策していたのでした。

 ……ベルンハルド様付きで。

 しかし、それは過去の私。今までの私は死んだのです。


「シュゼット様?」


 私は静かにベルンハルド様を見つめます。

 たとえ理想の相手ではなくとも、たとえ愛がなくても、きっと情は湧くでしょう。

 私はこの人のために尽くす。

 決意を新たにベルンハルド様へ向き直ります。


「ベルンハルド様、いきましょう」


 もう、戻らないのです。

 まるでパレードの時のように心が凪いできます。

 心のどこかに蓋をして、私は大広間へと足を運びました。





 そうして、すべてを終え、帰国のために港へと向かうさなか。


「きゃあ!」

「シュゼット様!」


 突然、馬車が大きく揺れて止まりました。

 マリーが慌てて私の無事を確認します。


「危険ですのでじっとなさってください」

「どうしたのかしら」


 盗賊に襲われたのかと私とマリーは身をこわばらせます。


「護衛が併走しているはずです」


 しかし争いの音は聞こえません。


「!」


 突然、馬車の戸が開きました。


「人間臭ぇな」


 中へ入ってきたのは見知らぬ男の人です。

 男は馬車のにおいに顔をしかめます。


「ノアタメラ国の王女だな?

 人族の嫁をご所望とは、王族ってやつは悪趣味だ……。

 なぁ!!」


 突然の男が大声をだしました。

 怖くて泣きそうになりますが、そのようなことは許されません。

 私はノアタメラ国の王女。冷静に対処しなくては。


「あなたは反人族派のかたですね。私の護衛はどうしました?」

「あ?周りにいた騎士共か?あんなの俺たちが吠えれば一発よ」


 そういって男は口を開けます。

 するととても甲高い、聞いていられないような音がして、あっという間に私の体が動かなくなりました。


「俺らはコウモリの半獣族だ。相手を気絶させるなんて朝飯前さ。

 それより王女様、お前が嫁ぐと迷惑なんだよ」


 私は声を出そうとしましたが、出せません。


「そのしびれはすぐに取れる。だが逃げ出そうと思うんじゃないぞ。

 周りは俺の仲間が包囲しているからな」

「無礼者!王族にそのようなことをして許されるとお思いですか!」


 マリーが男をキッとにらみます。


「マ、ゲホッ。マリー、大人しくなさい。ゲホッ。

 あなたが傷つくのは耐えられないわ」


 私は首をふってマリーを大人しくさせました。


「シュゼット様……」

「さすが、ご主人さまは賢いねぇ」


 男が軽口をたたきますが無視です。

 しかし、護衛が倒された以上は大人しく従うほかありません。

 私は夢であればいいと思いながら、天を仰ぎました。


 ──その時。


「シュゼット様!」

「ベルンハルド様!?」


 どうしてでしょう。

 ここにいるはずがない、ベルンハルド様がいらっしゃいました……!


 ベルンハルド様の身体が光ると、あっという間に大きな大きな狼へと変身しました。


「シュゼットを離せ!」


 グルルルとうなり声をあげながら、私を捕まえている男をにらみつけます。


「なっ!? 半獣の王子だと……!」

「悪いな。先祖返りなんだ」


 そういうと、ベルンハルド様は驚いている男へ体当たりをしました。


「外へ出ろ」


 ベルンハルド様は倒れた男の洋服を引きずりながら、馬車の外へ出ていきました。


「シュゼット様、おケガは!」

「無いわ。……あれはベルンハルド様だったわよね?」

「はい。ベルンハルド様です。

 ……ってシュゼット様!外へ出てはいけません!」

「念のため確認したいわ」

「あぁもう!」


 マリーに止められないうちに、私も外へ出ます。


 襲撃犯は全員、地面でうずくまっていました。

 馬車の前で、私たちを守るようにうなり声をあげるベルンハルド様。


「かっこいい……」


 私は自分の頬が赤らむのを止められません。

 しばらくして騎士たちが到着しました。

 襲撃犯のことは彼らに任せ、私達は一度安全な場所へ避難することになりました。

 馬車に乗せられて、この地の領主の城へ向かいます。


「ケガは?」


 馬車の中で、ベルンハルド様がしきりに私の心配をしています。

 警戒しているせいか、いまだに狼の姿をしたベルンハルド様は私の隣に伏せのような格好で乗っていました。


「傷一つないわ」

「よかった。シュゼット様にケガでもあったら僕は自分を一生責めてしまう」

「そんな、大げさよ」

「この国では、つがいほど大切な存在はいないんだ」


 つがいだなんて……。

 私は再び顔が赤くなるのを感じました。


「どうして場所が分かったの?」

「あなたの香りを辿ったんだ。シュゼット様のことはすぐに探しだせる。

 ……寒い?」

「いえ、いまさら怖くなって……」


 急に蘇った恐怖に身体の震えが止まりません。

 ベルンハルド様が私にくっついてきます。

 大きなもふもふの身体が、私を安心させました。


「ありがとう。本当は不安だったの……」

「……」


 ベルンハルド様は何も言いません。

 それが妙に優しくて、私はベルンハルド様の首に自分の顔を埋めます。

 懐かしい、安心する香りがしました。


「昔、迷子になった時を思い出すわ」

「ああ、王城のすみっこで泣いていたね」

「やっぱりあなただったのね」

「あなたのことはすぐに探しだせるって言っただろう?」

「本当にありがとう……」


 緊張の糸が切れた私は、そのまま眠ってしまいました。




 そうして私たちは領主の城で、急きょ用意された部屋へ泊まることになりました。

 様々な連絡や知らせのためにみんな忙しそうです。

 私は被害者なので、しばらく静かに過ごしなさいと部屋で待機です。


「シュゼット様、どうぞ」


 マリーがお茶を用意してくれます。


「ありがとう。ベルンハルド様は……そのお姿だとお茶は飲めないわね」


 私の言葉に、向かいの席の堂々とした銀毛の狼は自分の姿を見下ろします。

 そして弾かれたように床へ降りてしまいました。


「そうだ、獣になっていたな。忘れていた……」


 突然、ベルンハルド様がしゅんとうなだれてしまいました。

 力なく耳が寝て、まるで怒られた犬のようです。


「シュゼット様、黙っていてすまなかった」

「……ベルンハルド様」

「先祖に半獣族がいると、突然その血に目覚める者がいる。王族だとそれが僕だ」

「ベルンハルド様」


 私は気持ちを必死になって押さえつけます。


「もうバレてしまったけど、正直君に嫌われたらどうしようと思ってい……」

「ベルンハルド様!素敵ですわ!素晴らしいもふもふ、ふさふさ!

 なんてワイルドなお顔なの!?なんてこと!?あぁ、たくましい身体……。

 やだ、なんてがっしりとした太い脚なの!最高」


 私は両手で顔を抑えつつ一気にまくし立てます。

 そうしないとあふれ出る感情で、心臓が破裂すると思ったからです。

 目の端でマリーが呆れているのが見えました。


「シュ、シュゼット様?」

「待って、無理、尊い……」


 ヘナヘナと崩れ落ちながらも、口は止まりません。


「大丈夫か?」


 慌てて人に戻ったベルンハルド様が、私を支えてくれます。

 いつも見ていた人族の男性として。


「はぁ……人間……」


 先ほどの興奮が、スーッとしらけていきます。


「どうして人に戻るとガッカリするんだ!?」


 ため息をついた私にベルンハルド様は大混乱です。


「この際だから言いますけど、私は人間の殿方には興味ありませんの。

 もふもふでたくましい太い足を持つ、ワイルドな殿方と結婚するのが私の夢ですわ」

「狼の僕なら最適な相手なのか」

「ええとても!」

「今の僕は?」

「残念ながら……」

「うーん……。僕が理想の相手なのか?

 しかし人だとそうじゃない?」


 ベルンハルド様は頭を抱えました。


「そうだ、シュゼット様。これはどうだろう?」


 そう言うとベルンハルド様はまた変身しました。

 体は獣ですが、服を着ていて、人族のように二本足で立っています。


「……!素敵!狼のお姿なのに人のように動けるのね!」

「他国の人がこの姿に驚かないなんて。初めてだよ」

「私以外にも見せた!?」


 私は少し嫉妬してしまいます。


「子供の頃にね。半獣族が珍しいなんて知らなかったんだ。

 相手には驚いて気絶してしまったけどね」

「まあ!もったいない!」

「もったいない……?」

「私だって小さな半獣族に会いたかったわ!」


 地団駄を踏む勢いで悔しがる私。

 だって小さなもふもふの狼なんて絶対に可愛いですもの!


「僕と君の子供なら会えるよ」


 ベルンハルド様が私の隣で笑います。

 時折見える牙がワイルドで頭がとろけそうです。

 なるほど、私とベルンハルド様の御子なら可愛い半獣族かもしれません。


「血が薄まらないかしら?」


 そこだけが不安になります。

 人族との婚姻で半獣族の血が薄れたのが今の王家なのですから。


「言っただろう?僕は先祖返りだって。

 僕たちの子供を半獣族と結婚させれば血の濃さは保たれるだろう。

 まあ、子どもたちの選択次第だけどね」

「それなら安心かしらね」


 当たり前のように私の髪にキスをするベルンハルド様。

 あれだけ反抗していた私は、いともたやすくそれを受け入れていました。


「ちょろ姫様……」


 壁際のマリーがぼそりと呟きました。

 私も自分のことながら心底そう思います。


「もう!どうして結婚式は来年なのかしら!」

「あらあら、真逆のことを言いだしちゃって……」


 言葉とは逆にマリーは嬉しそうです。


「ええ、マリー!必ず結婚してやりますわ!」


 そう言うと私は、未来の旦那さまのほっぺにちゅっとキスをしたのでした。

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