第13話 決別
バイト先が一緒の靖と顔を合わせるのも気まずくて、暫く距離を置くことにした。
このままだと依存してしまいそうで、新しい仕事をして没頭したいと考えた。
没頭できるものを見つけたくて、求人情報をチェックした時に目にとまった事務の仕事を新たにすることになった。
◇ ◇ ◇
今までの居酒屋の仕事は、暫く休むことにした。
「おはようございます」
「橘さん、おはよう」
新しい職場では、同世代の女の子たちが数人働いていた。
上司も指示が的確で仕事ができる人で、チームワークもよく、日々悩まされることはなかった。
私は、目の前の仕事に没頭することで、彼らとのことを忘れられる気がした。
仕事中、スマホが鳴った。
暫く連絡を取るのを控えていた靖から催促するように何度も来る通知が段々面倒だと思うようになってきていた。
「なんで連絡くれないの?」
「話したいことがある」とだけ打って、送信した。
*
「なに?話って」
「あのね、私考えたんだけど……靖とはもうやっていけない」
「は?いきなり意味わかんないんだけど」
「いきなりじゃないよ。ずっと考えてた。
新しい仕事して、靖と離れてみて、やっと分かった。
環境を変えて、今は目の前の仕事に集中したい。」
自分で言いながら、理由になっていないかな?と思いつつも、本心だった。
「居酒屋は?どうすんの」
「店長に事情を話して辞めることになると思う」
「そうなんだ」
つかの間の沈黙の後、靖が言葉を発した。
「俺から離れたいの?」
「靖とは友達のままでいたかった」
涙が勝手に溢れ出てきた。
恋人という近しい存在になると、彼女を過剰に心配するあまり、私にとって彼は重たいと感じてしまう。
……このままじゃ幸せになれないのかもしれないけれど。
でも、なにが私にとって幸せなのかもう分からなくなってしまっていた。
「どういうこと?」
「近すぎると苦しくなる。心配してくれているのは分かるけど、心配しすぎて窮屈に感じる」
「それは、お前が心配かけるようなことするからでしょ。
それに、恋愛ってそういうものなんじゃないの?
楽しい時もあれば、そういう時だってあるでしょ。
少なくとも俺はそう思ってる」
何を言われても、何を言っても、平行線にしかならない気がした。
結局、話がまとまることはないまま、靖とは一旦分かれた。
*
近くの公園のブランコに跨がった。
頭がボーッとして、物思いに耽った。
あの頃、新がいなくなったら、私は生きていけないと思い込んでいた。
代わりに靖がいてくれたおかげで、散々傷付いた私は救われたのに。でも、現実は違っていた。
他の人と付き合えば変わると思っていたけれど、また傷付けられて、他の人の存在で埋めても、必ずしも全ては上手くいかない。
問題は、別のところにあるのかもしれない。
かれこれ30分程経った頃だろうか。後ろから肩を叩かれて、思わず振り向いた。
「恭花?」
そこには、久々に見た新が立っていた。
「あらた……」
「久しぶりだね、見間違いかと思ったけど」
スーツ姿に身を包んだ新は相変わらずスラッとしていて、なんだか公園と不釣り合いに思えた。
「珍しいね、こんな時間に」
いつもなら仕事で忙しい時間帯なはずなのに。
「たまたま通り掛かったんだよ。まさか恭花に会えるとは思いもよらなかったけど」
話しながら笑う彼の姿は、なんだか元気そうだった。
目の前に新がいると、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
「なんか目腫れてない?」
彼が私に手を伸ばして顔に触れた。
……あぁ、そんなことされたら、また心が揺れ動いてしまう。
「なんかあった?」
靖と話した直後に新に会ってしまったせいで、私は話さずにはいられなかった。
*
「……俺たち、やり直せないかな?」
ひとしきり話し終えたあとの新からの思いがけない言葉だった。
「俺、アイツと幸せになって欲しいから恭花と別れたんだよ。でも、今の話聞いてたら、どうもそうじゃないっぽいじゃん。
しかも暴力振るわれてるとか聞いてないんだけど。そんなの許せねぇよ。
……俺、こんな思いさせるために恭花と別れた訳じゃねぇのに」
その言葉に思わず気持ちが揺らいだ。
新の言葉は嬉しかったけれど、ここで承諾してもまた同じことの繰り返しだと思った。
「新の言葉は嬉しいけど、私、前に進みたいから。正直、やり直してもまた同じことの繰り返しだと思う」
きっぱりと言うと、新には笑って「そっか」と返された。
「恭花、言うようになったな」
「靖とは別れる。だから心配しないで」
「いや、普通に心配だろ」
困ったことがあったら報告することを約束して、新とも分かれた。
* * *
一晩、お互い考えて答えを出すことにした。
「俺、考えたんだけどさ。恭花のことが心配し過ぎて、つい過剰になってたのかも。それが恭花にとって負担にさせてたんだなって。反省したよ」
靖の方から考えを改めたことを告げられた。
「お前はさ、周りに心配掛けすぎなんだよ」
呆れたように彼が言った。
「だから男が放っておかないんだろうな」
靖は、悟ったような口調だった。
「なにそれ、どういう意味?」
「とにかく!嫌な思いさせて悪かったよ」
「私の方こそ、……ごめんなさい」
お互いに謝った。
「それでも、別れたいんだろ?」
「うん」と頷くと、「なんだよ」と軽くあしらわれた。
今すぐに立ち直るのは無理な気がしたけれど、靖と別れることになってからは、連絡も一切取らないことにした。
今までの私だったら、きっとまだ未練タラタラだったと思う。
◇ ◇ ◇
同僚に誘われて、新しくベリーダンスを始めてみた。
華やかな民族衣装に身を包み、お腹や腰を動かす踊りだ。
体が引き締まってきて、なにより自分を表現するのが楽しい。
通い始めたダンス教室が楽しくて、ハマっていく自分がいた。
あの頃の私は、男の人がいなきゃ生きていけないとばかり思っていた。
でも、実はそうじゃないのかもしれない。
自分を満たしてあげれば、案外生きていけるのかもしれない。
私は、自ら進み出すことによって、前よりも自分に自信が持てるようになった気がする。
異性に頼らず、自分が輝けるものを見つけた気がした。
◇ ◇ ◇
仕事の帰り道、街で偶然、新と会った。
別れたことを告げると、そっか。良かった。と言われた。
「後悔してないか?」
「してないよ。男だったら他に幾らでも居るし」
「強くなったな。泣いてばっかりだったじゃん」
「そんなことないよ」
「よくいうよ」
はは、とお互いに笑った。あの頃よりは、お互い少しは大人になれたかな?
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恋愛至上主義 藤井 @koiai
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