第8話 彼以外の男

シャワーを借りて、靖のぶかぶかのTシャツを被って浴室を出た。



「靖……」



自然と彼の胸に飛び込んだ。



「新、浮気してるのかもしれない……」



靖に言ったところでどうしようもないことは分かっていたけれど、吐き出さずにはいられなかった。

勝手に涙が出てきて、靖の腕の中で抱き締められていた。





その日は靖に抱き締められたまま、気付いたら彼の胸の中で眠った。

不思議と新とはまた違った安心感があった。


翌朝、新からの着信で目が覚めた。



「……もしもし?」

「恭花。ねぇ、どこ居るの?」

「友達んち」

「ごめんな」



謝られたって、そう簡単に解決できる問題ではなかった。



「俺。恭花がいねーと生きてけねーわ」



いつも大人の余裕がある新がこんなにも弱気になるのは初めてで、少し戸惑った。



「……わかった、もうすぐ帰るから」



そう言って新との電話を切った。



「ごめん靖、私帰るね」

「彼氏?」

「うん」

「帰さないって言ったら?」



後ろから抱き締められて、胸が切なくなった。

なにも言わずにいると、靖の方から身体を離された。



「ごめん、困らせるつもりじゃなかったんだけど……」



戸惑う彼をよそに、笑って彼の家を後にした。



**



鍵を開けて家に帰ると、玄関で出迎えられた新にぎゅっと抱き締められた。



「恭花。俺、恭花がいないと無理だわ……」



帰るなり抱き締められて、心が揺らいだ。

つい許してしまいそうになったけれど、簡単に許す訳にはいかないと思った。



「あれから一人で考えたんだけどさ、やっぱり恭花じゃないと俺、ダメみたいだわ」



まるで誰かと私を比較しているようなセリフ。

私の肩に手をまわしてスマホを取り出して、目の前で連絡先一覧を開くと、入っている女の名前をすべて消去した。



「これで恭花以外の女との連絡は一切取らないから。他の女なんてどうでもいい」



なにもそこまでしなくてもいいのに。とは思ったけれど、彼の決意と行動で誠実さを感じられた気がした。



「俺が愛しているのは恭花だけだよ」



そう言って抱きしめられた。


新から「愛している」なんて愛の言葉、初めて囁かれた。

例え、嘘だったとしても、彼のことを信じてみたい。そう願った。




彼から久しぶりに求められたけれど、いつも以上に扱いが優しかった。


バカみたいだけれど、凄く幸せな気持ちになった。


私の方も気持ちが高ぶって、互いに幾度も求め合った。




バイトが終わった後、通用口で待っていた靖と居合わせた。


「忘れ物」


靖の右手でピアスが揺れていた。


「あ……」


返して貰おうと掴みにいくと、手の届かないところまで高く掲げられた。


「これ預っとくからさ、返して欲しくなったらまた家取りにおいで?」

「そんな……返してくれないの?」

「さあ。それは恭花次第じゃん?」

「なにそれ。靖っていじわるだね」


フッと意味深に笑った。


「そんなに大事?」


揺らしながら、手に持つピアスを眺めた。


「新から貰ったの」

「ふーん」


あからさまに機嫌が悪くなった。


「靖?」

「なんでさ、恭花は他の男のものなんだろうな」


スッと髪を触られて、後頭部を引き寄せると抱きしめられた。


「じゃあな」


そう言って去っていった。

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